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日本の資本主義は欧米より劣っているのか?

新聞、テレビなどの論調として、「日本の資本主義は遅れている」「欧米の資本主義に倣うべきだ」というものが、よく目につきます。
もちろんそういう点があるのも確かですが、日本の方が優れていると思う点も多々あります。
(そもそも資本主義を優劣で議論することがおかしいと思うのですが、ここでは敢えてそのような表現を採用しています。)

1.財務諸表(決算書)の比較しやすさ

例えば「営業利益」

「営業利益」ルール統一 という見出しで2024年7月11日の日経新聞の1面で報じられていましたが、国際会計基準における「営業利益」は、企業が自由に定めて計算できます。

その意図としては、企業が自らの事業を投資家に対して分かりやすく示すために適した「営業利益」を算出する。というものなのでしょうが、これは投資家、中でも個人投資家にとっては大変困った問題です。

企業ごとに「営業利益」の定義が異なるということは、企業を比較するときに補正しなければならないということです。

例えば、同じ業界の企業Aと企業Bがあるとしましょう。
企業Aは「営業利益」を減価償却費を引く前の金額、と定義し、
企業Bは「営業利益」を減価償却費を引いた後の金額、と定義したとしましょう。
同じ業界の企業ですから、営業利益率などを比較したいわけですが、そのためには「営業利益」の基準をそろえなくては、きちんとした比較をすることができません。
このため、決算書を比較する投資家は、わざわざ企業Aの営業利益から減価償却費を引いて企業Bの「営業利益」にそろえる(あるいは逆に、企業Bの営業利益に減価償却費を加算して企業Aの「営業利益」にそろえる)ことが必要になります。

国際会計基準で作成された決算書は比較しにくい

機関投資家であれば、このような補正も可能でしょうが、個人投資家にこのようなことができるでしょうか?
とてもできないと思います。
一部のセミプロのような専門性の高い個人投資家には可能でしょうが、大半の個人投資家にとってこのようなことは無理でしょう。

つまり「国際会計基準によって作成された財務諸表(決算書)は比較可能性が低い」といえます。

このような会計基準を導入しているヨーロッパの方が、日本より優れた資本主義だとはとても考えられません。
個人投資家にとても使いこなせない、理解できないような決算書を義務付けているのですから。
アメリカの会計基準も、「営業利益」を柔軟に定めることができます。

他方、日本の会計基準は「営業利益」が一定のルールに従って定められているため、決算書が比較しやすくなっています。
個人投資家に優しいです。

日本の株式市場は個人投資家に開かれたものである

日本の株式市場に上場している企業は、国際会計基準と日本会計基準を選択適用できます。
ただ、国際会計基準を採用している企業でも、「営業利益」を独自の定義にしてしまって他社と比較しにくくなっているの一部の企業で、多くの企業では比較しやすさを意識したものになっています。

このような点で、日本の株式市場は(ひいては資本主義は)、個人投資家に広く門戸が開かれたものであるのに対して、欧米の株式市場は機関投資家や一部のエリート投資家のためのものであると思います。

そもそもバフェットさんのような桁外れの資産を株式投資によって稼ぎ出す人がいるということは、それだけアメリカの株式市場が非効率で、誤りに満ち溢れているからでしょう。


2.「のれん」の会計処理

実態は同じなのに「のれん」で利益に差が出る

国際会計基準においては、原則としてのれんを償却しません。

のれんとは、M&Aの際に、買収先の企業の純資産に上乗せしたプレミアムです。買収先の企業のブランド力やノウハウなどで、具体的な資産などとして認識できないものです。

例えば、P社がS社をM&Aしたことにより、のれんが100億円発生したとしましょう。

このとき、P社が
・国際会計基準を採用している場合、のれんは100億円のままで原則として償却しません。
・日本会計基準を採用している場合、のれんは例えば10年などの期限を決めて償却します。つまり、100億円÷10年=10億円/年を、毎年費用として認識します。損益計算書の利益が10億円減少するということです。

P社の実態は同じなのに、採用している会計基準が国際会計基準か、日本会計基準かによって、利益に10億円の差が出ます。

同時に、純資産にも差が出ます。
国際会計基準の方が日本会計基準よりも、純資産が10億円多くなります。

償却の違いがどのような企業行動をもたらすか?

会計基準の違いが、企業行動にどのように影響するでしょうか?

端的に言えば、国際会計基準の企業は、積極的にM&Aを進める。
日本会計基準の企業は、ある程度、スピードを調整しながらM&Aを進める。

なぜなら、国際会計基準の企業は、M&Aをすれば、売上・利益がダイレクトに増加するのに対して、日本会計基準の企業は、M&Aをすれば、売上・利益は増えるものの「のれん」の償却による減益、純資産の減少も生じるからです。

日本会計基準の企業が積極的にM&Aを進めすぎると、売上は増えるが利益は増えない、むしろのれんの償却により減益にすらなる、ということが起きるのです。

経営者・株主にとってどちらの基準が望ましいか?

それでは経営者・株主にとってどちらの基準が望ましいでしょうか?

想定する時間軸によって異なると思います。

数年間という企業経営にとって短めの時間軸で考えるならば、国際会計基準です。
M&Aを繰り返し、売上・利益をどんどん増やして、株価を上昇させることで、経営者の報酬は増加し、株主の資産は増加するからです。

しかし、10年やそれ以上の長い時間軸で考えれば、日本会計基準でしょう。
というのも、のれんを償却しなければ、資産として積みあがっていきます。業績が良いときはいいのですが、なんらかの要因で業績が悪化したときにはこののれんを取り崩し、大きな損失が発生します。ときには債務超過になることもあるでしょう。
このようにのれんを償却せずに資産として積み上げていくことは財務上のリスクを高めることにつながります。

短期的・近視眼的な経営をもたらしがちな国際会計基準と、長期的な経営に適した日本会計基準。
私は、長期的な経営に適した日本会計基準の方が望ましいと考えます。

債務超過になるほどの高配当、自社株買い

アメリカ企業のなかには、高配当、多額の自社株買いを行う企業が散見されます。(そうでない堅実な財務戦略を採用するアメリカ企業もたくさんありますが)

多額のというのはどれくらいかというと、債務超過になるくらいです。
マクドナルドやスターバックスなど、強力なブランドを有する企業は、純資産などほとんどなくても良いのかもしれませんが、とはいえ債務超過になるほどの高配当、自社株買いというのは度が過ぎていると思います。

それほどまでの高還元をいったい誰が求めているのでしょうか。

高配当、多額の自社株買いを行えば、株価は上がり、時価総額は上昇しますから、経営者の評価は高まるでしょう。
株主も資産が増えるでしょう。

アメリカの感覚でいえば、「日本のPBR1倍割れなんて、考えられない!」でしょう。
これは私も、否定しません。
一方で、日本の感覚でいえば、「債務超過になるまで株主還元なんて、考えられない!」です。

少なくとも、どっちもどっち、でしょう。

このような点でも、欧米の資本主義が、日本の資本主義よりも進んでいるとは、とうてい思えません。


3.まとめ

ポイント1
国際会計基準で作られた財務諸表は、比較可能性が低い。
株式市場が機関投資家やエリート個人投資家のためのものになっている。
日本会計基準で作られた財務諸表は、比較可能性が高い。
株式市場に、一般の個人投資家も参加しやすいものとなっている。

ポイント2
国際会計基準は、企業経営の近視眼を招きやすく、
日本基準は、企業経営を長期的に行うのに適している。

本稿は、単なる会計基準比較ではありません。
会計基準とは資本主義のインフラであり、そこには価値観が反映されています。

国際会計基準は、機関投資家、エリート個人投資家、そして経営者が短期で金儲けするのに適したものであり、
日本会計基準は、庶民が長期で資産形成するのに適したもの。

少なくとも、「欧米の資本市場、資本主義が先進的で、日本の資本市場、資本主義が後進的」とは、言えないでしょう。

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