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電脳虚構#2 |ファストトラベル

傾いた廃ビルの一角、いまにも崩れそうな壁に貼られた広告をみる。

【 闇ポータル!¥49.800!大特価 】

男はその場で崩れ落ちた。

「・・・これだ、これがあればウチも再建できる!」


「ファストトラベル」が世界的なインフラとなり、常用化されて10年。
公共事業として、世界各地にポータルが設置された。

ポータルというのは正式にはTPS(トラベル・ポータル・ステーション)という装置だ。

大きさは高さ50cmほどの「ひし形のクリスタル状」の物体。
青白く発光していて、反重力装置によりプカプカと上下に浮遊している。

このデザインは、ゲームやSF・ファンタジー作品によくみられた「ファストトラベル」のイメージがそのまま採用されたという。

そのポータルにふれると、自動的に生体認証がされる。
そして行き先を選択することで、別のポータルへと瞬時に移動できるというものだ。

この技術の安全面に懸念する声もたくさんあり、常用化されるまで10年余かかる。

最大限の安全が保障されると、世界中で大規模な予算が組まれ、世界各地のランドマークにポータルが設置された。

生体認証をする際に、入出国の手続きも同時にされる。国境の概念もなく、誰でもいつでも世界中を飛び回れるようになった。

その生体認証に基づくパーソナルデータは世界共通のサーバー、通称「ワールドサーバー」で一括で管理される。

「ワールドサーバー」は誰がどこにいるのか、その動向をリアルタイムで全て把握できるシステム。
不正な入出国は厳重に監視され、セキュリティーの問題も解消された。

このシステムを医療サーバーと直結させ、個人の健康状態を24時間365日管理することが可能となった。

世界人口の推移、その増減の異常値も瞬時に検知することができるため、災害やテロなどの対策として優秀なシステムとなった。

「ファストトラベル」は「クローン技術」の応用である。

クローン体を生成するにあたり、詳細な生体データを完全にスキャンする必要がある。

技術的に人体の生成は容易にできるものの、記憶中枢の結合が難題とされていた。

当初はクローン生成から、記憶の定着までは最低でも10日の時間を要していて、安全面でも不安があった。

今ではクローン生成に1秒もかからない。
大規模な装置も要らず、手をかざすだけで瞬時に完了する。

この技術が定着し、応用することで「ファストトラベル」が可能になったのだ。

以下が「ファストトラベル」、すなわち”瞬間移動”のからくりだ。


現在地である「A」地点で、生体データを完全にスキャン、そしてそのデータを
目的地である「B」地点に転送。それを基にクローンを生成する。

「A」地点のオリジナルは、その瞬間に分子レベルで分解されその場で空気のように消滅する。

この工程に要する時間は、わずか1秒。まさに「瞬間移動」だ。

「消滅」というのはクローン技術の「倫理的側面」が関係している。

【 この世界に同時に同じ個体が存在してはならない 】

これは世界共通の厳粛たる要項である。


当初は「消滅」を不安視する声が多く、その恐怖から使用を控える者も少なくはなかった。

ポータルの設置には国の認可が必要で、定期メンテナンス、不具合がないかの最大限の安全の確保は必須事項だ。

「ファストトラベル政策」から10年余、もう怖がる者は誰一人としていない。

政策は国の事業から民間に委託され、様々な機能・形状のポータルが開発され、世界のランドマークだけじゃなく、ありとあらゆる場所に設置された。

企業や商業施設などの事業ポータル、富裕層は独自のプライベートポータルを設置することがステータスに。

世間一般に常用化はされたものの、設置にかかる費用はまだ安くはない。

安全面の確保のため、定期メンテナンスは必須。
ランニングコストも入れると相当な金額となり、資金面では余程の余裕がないと厳しい。


そのため、地域格差が問題となる。

ポータルのある地域は、またたく間に繁栄し
ポータルのない地域は、またたく間にゴーストタウンと化した。


ポータルの設置ができない資金のない企業・商店は軒並み倒産。

光があれば、必ず闇が現れる、もう負の連鎖は止められなかった。


「ファストトラベル事業」は金のなる木。
委託された民間企業の利益は莫大なものに。

事業に参入しようと各企業が競争をするも、認可が下りるのはほんの一部。
そこにかかる開発費も、同様に莫大なものだった。

そういった「競争に敗れた企業」が開発費の負債に倒れ、苦肉の策にでる。

裏社会で未認可のポータルを販売する、いわゆる「闇ポータル」だ。


正規のものと比べると、格段に安く設置が可能で、メンテナンスも必須ではない為、ランニングコストもかからない。

耐力のない企業、過疎化した地域でも少し無理をすれば設置できるほどの導入コストだ。

国も地域格差には頭を悩ませていたため、広がる「闇ポータル」の波紋も見て見ぬふり。
規制はするものの、あくまでも「タテマエ」のみで基本的に黙認。

事実上の規制緩和となった。


世間の安全に対する意識も、この頃には完全に薄れていって、正規品の定期メンテナンスすらもオザナリに。

闇ポータルについても粗悪品が多く出回り、各地で不具合が散見されるようになった.

不具合・・それは別のポータルに誤って飛ばされたりならまだしも、転送・生成の失敗で人体が消滅する「死亡事故」も年々増加するばかりだった。

それでも人々は躊躇なくポータルの利用を続けた。

「交通の時代」に飛行機の墜落や、交通事故による「死亡者」がどんなに増加しようが、人々は「テクノロジーの利便性」を当たり前に選択する。

時代はくり返す、もはや「ファストトラベル」なしでは世界は成り立たない。

世界はもう「交通」から「ポータル」の時代へと完全に移行していた。



・・とある潰れかけた店の店主。

その男は灰色に煙ったボロボロのスーツをまとい「ある場所」へと向かっていた。

傾いた廃ビルの一角、いまにも崩れそうな壁に貼られた広告をみる。

「闇ポータル!¥49.800!特価」

男はその場で崩れ落ちた。


「・・・これだ、これがあればウチの店も再建できる!」

這いつくばり、立ち上がり、その広告の先の一室にかけこんだ。

闇ポータルは政府が黙認しているとはいえ、そう簡単に誰でも買える代物ではない。

特にこの価格は、闇ポータルとしても相当に安いものだ。

「もう・・これしか手はないんだ、、、」

男はなけなしの金をそこにばら撒いた。


そして、一年の時がたち・・・


ポータルを設置したことで、男の店は大繁盛。

一発逆転の再建に成功したのである。

「交通」の弊害があった時と違い、時間と場所を選ばない「ポータル時代」

ブームになったものは、世界中から一瞬で集客される。

男の店は一日に平均4〜5万人の客をさばき、世界的な有名店に。

ブームが終わることを恐れ「今が商機!」と1日も休む間もなく営業を続けた。

しかし客足は途切れることはなく、男の店は「ショップ・オフ・ザ・イヤー」を受賞。

その年に世界でもっとも話題になった店に贈られる栄誉ある賞だ。

授賞式は男の店で行われることになり、あわせて一大イベントの開催を決意。

世界中から一斉に集客されるため、当日の来客の見込みは全く予想できない。
それがポータル時代の特徴。

予想の2倍、10倍・・いや100倍だって平気で越えてしまう。

そして当日。授賞式の2時間前。

男の店にはまだ誰も来ていない。

ブームがすぎれば、また別のブームへと一気に客は流れる。

熱湯が一瞬にして氷になるような、そんな落差があるのもまたポータル時代の特徴。


男はガクゼンとした。
どこか別の新しいブームに敗北したのだと、その場に倒れた。


その時、

うなだれる男の背後のポータルから、けたたましいアラートが鳴った。


--緊急事態!!--
  --緊急事態!!--


「ワールドサーバー」からの警告だった。


立ち上がり、恐る恐るその警告文を読んだ。

男はその場でまた崩れ落ちた。

そしてあることを確信した。

ブームが終わったわけではなかった、むしろその逆だ。

予想をはるかにはるかに上回る【とんでもない集客】だったのだ・・と。

そう、、この事故さえなければ・・。

男は店のポータルを両手で抱え、床に叩きつけ・・粉々に砕いた。

忙しさにかまけて、正規品への交換も、ろくなメンテナンスも一度もしてこなかった

・・・その粗悪品の「闇ポータル」を。


その日、世界から人口の1/3が消滅した。

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