どんな人と関わった方がいいのか?

つい最近の出来事。
「日本のカカオでチョコレートを作る時、重くなるのか軽くなるのだろうか?」
とあるチョコレート職人さんから出た言葉。

要するに、カカオの産地によってカカオバターの融点の違い等、その豆が持つ性質によってチョコレートの粘度が変わり、混ぜやすかったり、混ぜにくかったりするのだ。

チョコレートづくりを日頃からする訳ではない僕からしたら持ち得ない視点だ。
そんな視点で自然と言葉が出てくるのは、職人さんが日頃からチョコレートづくりを楽しみ、誠心誠意を持って向き合っているからこそ。そして、その言葉からはワクワクしているような非常に強い好奇心が感じられた。
この質問に対して、今の僕からは何も回答しようがない。けど、思ったのは、早くこの方に自分が作ったカカオを届けたいということと、日頃からカカオやチョコレート好きと話せてたら楽しいだろうし、何か一緒にやっても何でも上手くいきそうだなあということだ。

2年間、カカオのことを考え続けてきて、そしてカカオを通じて様々な方々との出会いがあった。農家さん、カカオ・チョコレート関係の事業者さん、飲食店事業者さん等々。面白く、熱く、賢く、魅力的な方々と出会える機会をいただけたことに感謝してもしきれない。

様々な方との出会いがあり、さらに様々な形での交流を重ねてきた中で思うことがある。

それは、カカオ関係の仕事を本格的にやる際は、根本的にカカオやチョコレート好きであった方がよいということだ。

カカオ関係に携わっている方々の中には、本当にカカオが好きで仕事をしている人もいれば、まあまあ好きな人、好きでも嫌いでもない人、特にカカオに関心はないけど金のためだったり、承認欲求を満たすために仕事をやっている人たちもいる。今は本業としてカカをやっているわけではないので、何週間、何年間と同じ人と関わる訳ではないが、話していて違和感を感じる瞬間があるのだ。
例えば、カカオの木を見て「どれが実なの?」と聞かれたことがある。カカオ関係の仕事をやっていながら、カカオの実が分からないということがあるのだろうか?本物を見たことがある人は確かに少ないかもしれないが、大手が売っている有名な製品にも実は描かれてるし、ネット上でもいくらでも見れる。意識してなくても数十年生きていれば、目に入る瞬間はそれが絵であれ、写真であれ、カカオ好きやチョコレート好きであれば、何度も必ずあるはずだ。
また、Bean to barを名乗るお店でありながら、チョコレートを買ってみてもテンパリング(光沢を出したり、パリッとした食感を良くするための加工過程)が不十分なものを売っていたことがある。あえてそういう製品に仕立てたということなら話しは違うが、その時はそうではなかった。テンパリングが上手くできてるかどうかは、そのチョコをパッケージングする前に分かるものではないだろうか?
細かい言動や態様の中でも、その人がそもそもカカオが好きか?何を目的としているのか?というのが見え透ける瞬間があるのだ。
結局、そういう人たちとカカオ関係で連携していくとどうなるかというと、事業が上手くいかなくなったり、関係性が破綻する時が来る可能性が高いということだ。

とある事例がある。某製菓会社が国内でカカオ栽培を手掛けたいと思い、ある農家に栽培を委託して生産を進めていった時期があった。結論から言うと、この事業は失敗した。会社側と農家側のミスコミュニケーションが起こり、不満がたまった農家は、全てのカカオの木を切り倒したという。双方もしくは一方がカカオを大して好きではないなかで事業が上手くいかなかった事例の一つだ。
カカオ好きではないと物事に対する熱意も湧かないし、知識が不十分な中で話すと、現場のイメージが湧かなかったり、チョコレートであれば、その製造過程が分からなかったり。
例えば、「カカオ生産が軌道に乗り、大量生産はできるようになったが、良い香りが出ない。これは何故だろう?」という状況で対応策の議論を行う場面があるとする。
香りが変わってくる要因は、土壌や品種といった栽培時の要因、発酵、乾燥、焙煎といった加工時の要因という基礎的な知識がまず頭の中に入っているか入っていないかで議論の質が大きく変わり、その議論の中で出てくる対応策の質・量が大きく変わるのではないだろうか?Bean to barが好きであれば、色々な産地別のチョコレートを食べているだろうから、「○○産の香りが良かった!そこの栽培・加工の過程を調査してみようか?」という発想も生まれるかもしれない。

そしてカカオ好きと関わった方が良い一番の理由は、一緒にいて、話してて総合的に楽しいということだ。
お金で得られない貴重な瞬間。
小学生の頃、友達の家に集まって好きなゲームを皆でワイワイしながらやってる瞬間。強力なボスを倒すためにどうやって戦うか話し合う。
好きなスポーツの部活に入部して高い目標を掲げながら、苦しい練習を共に乗り越えた時の達成感、練習後の大量のご飯、合宿時のオフの観光。
これらは好きなものを一緒に共有しながら何か連携して物事を進めている時の人との関わり合いだ。

一方で特段好きではないことに対して連携をとりながら物事を進めている時もある。
とりあえず入ってみた会社の仕事や、団体戦と言われる大学受験勉強。合唱コンクールの練習。
これらをやっていて楽しい瞬間が多かったか少なかったかは、人によると思う。しかし、総合的に楽しいかそうではないかが明確に分かれる上に先に例示したものより楽しいと思う人は少なくなるのではないだろうか?

結局どちらでも楽しくないことはある。ゲームや部活であっても意見のすれ違いから喧嘩は起こることもある。好きでもない仕事や勉強は言うまでもなく、本質的にはしたくないことという人の方が多いだろう。

アンケートをやってみて、
「あなたは今、他の人たちと連携してやってる○○を楽しいと思えますか?」
と聞かれたときに「はい」と答えられるかどうかだと思う。
プラス・マイナスの感情を感じる瞬間瞬間の合計を重ね合わせた時に「総合的に」楽しいといことが重要だ。

この総合的な楽しさを感じているか否かで、ひいては人生の幸福感が大きき変わってくると思っている。
そしてこの総合的な楽しさを決める最大の要因が楽しいものをしっかりと共有できる関係を築けているかどうか。結局、すべて人間関係に帰結すると思うのだ。

①好きなもの同志の集合

②一緒に何か取り組む

③総合的な楽しさ

④幸福感、人生の充実感

カカオに関わるなかで、特に最近楽しいと思える瞬間と反面教師となりうる瞬間を立て続けに体験したので、今回の記事を書きました。もっと具体的にどのような事が起きたか書ければ良いですが、あまり詳しく書くとバレちゃうんで。笑
今後、カカオ関係の物事を進めていく自戒としても書き残しておきます。

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