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やさしさのバトン

「人のつながり」「人からもらったやさしさ」についての短めのエッセイです。

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学生の頃、電話ボックスにテキストを置き忘れた。

すると、私の後に入った二人組の酔っ払った男性が、それを持ち出し、留められていたブックバンドを外そうとした。だが、うまくいかず、あきらめて近くの土手に放り投げた。

それを見ていた、幼い子を連れた女性が、彼らが遠ざかるのを待って、テキストを拾い、交番に届けた。

交番から連絡を受けた私が、彼女に電話し、事の一部始終を知った。

子育てで大変な時期なのに、わざわざ届けてくれた。
それを思うと、余計に、ありがたかった。


ある昼下がり、地下鉄のホームで立っていると、電車が入ってきた。すると、その風で片方のコンタクトレンズが、はらりと落ちた。

隣に立っていた三十代のサラリーマン風の男性が気付いて、一緒に探し始めた。すると、電車から降りてきた数人の客も気付き、探し始めた。

その後すぐに、最初の男性が見つけ、レンズを私の手のひらに、そっと乗せた。

私が「どう、お礼をしたらいいか」と考える間もなく、男性はすぐに、その場を立ち去り、他の人達も離れていった。

家に着くと、礼状がわりに、このことを新聞に投書しようと思った。

当時とっていたA新聞に送ろうと思ったが、彼らがそれをとっているとは限らない。Y新聞かもしれないし、M新聞かもしれない。

「いっそのこと、全部に出そうか」

などと迷っているうちに、出しそびれてしまった。


でも、ある時、気付いた。

「そうか、私もそれを誰かに返せばいいんだ」と。

見知らぬ人に限らず、学校でも職場でもいい。困っている人がいたら、出来る範囲でいいから、手を貸してゆけばいい。

私から、やさしさを受けた人が今度は、別の誰かにそれを返す。そうしてゆくうちに、めぐりめぐって、あの地下鉄の人達に届くかもしれない。

やさしさには、そういうチカラがあると思った。


さて、その、やさしさのバトン。

今頃、どこの誰の手に渡っているのだろうか。



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