結局旧帝大生も僕も同じようなことを考えている
僕は行きたかった大学には入学できませんでした。原因は単なる勉強不足です。
そして高校を卒業してから1年後、家から離れた私立大学に入学しました。
学歴コンプレックスに苛まれてしまう夜もあって、そんなときは過剰に高学歴の人を羨ましいと思ったり、実際以上の評価をしてしまいます。(この感情に当てはまる言葉はあるのでしょうか。「侮る」の対義語である「尊敬」のようですが少し意味が違う気がしてます。)
高学歴の人がすごくないと言いたいわけではないです。
大学生になって実感しますが勉強とはどれだけ時間をかけたかがものをいう営みです。基本的には、人よりもたくさん勉強して己と向き合った人が偏差値の高い大学に行くのはあたりまえのことです。
しかし問題なのは高学歴の人を自分とは別の天才だと思ってしまうことです。
彼らはyoutubeもみますし、Xもみると思います。電車のなかでは僕と同じような曲を聴いて大学に向かっていると思います。同じ文化に触れて生きているんです。
また彼らも僕も同じ日本に住んでいて、コンビニでジュースを買ったり風邪をひいたら病院に行くような同じ価値観をもって生きているんです。
これは当たり前のことですが僕はついつい忘れてしまいます。
彼らが人を超えていて、僕とは違う世界を生きているんだと思ってしまう。
僕には為せなかったことを為し遂げた人だからでしょうか、自分とは違うと思いたくなってしまうのかもしれないです。