見出し画像

リサイクルに出したカバンを買い戻しに行ってきた

春だ。本当に春が来た。
温かい空気が当たり前になって、その柔らかさが通り過ぎた。

今日は確かに晴れた日で気温は高いのだけど、風が強かったから肌寒く感じる瞬間もあった。
「さむっ」「風つよっ」
と、言いつつ全然暖かいのだけれど。

それくらい毎日暖かくて、冬もいなくなった。

いよいよ春本番とでも言いたくなるくらいの突風が前から吹いてきて、目を細めて歩いた。眉毛が上がって眉間のストレッチになったと思うけど、あの顔で人とすれ違うことはできない。
だって春風に向かって顔ヨガしてるっておかしいから。
ところで、向かい風を歩くときの顔で小顔になれるのか?おでこのシワも伸ばすように心がれば、幾分デカ目効果が期待できそうだ。

風の中を歩いてリサイクルショップへ行った。
半年以上前に部屋を片付けていたら、大切な思い出が詰まったアイテムが発掘された。その時は、「新しいステージに行きたい、私は変身したい」と言う動機で部屋を片付けていた。移動に備えた断捨離をしていたようなものだ。実際どこかへ引っ越したり転職するわけでもないのだけれど、このままではいけないと思ってとりあえず掃除に着手した。

もともと物は少ない方だけれど、ゴミ袋はどんどん膨らんでいく。
「物の処理より、気持ちの整理!喝!」
と言い出しそうな気合で、マンマ・ミーアを熱唱しながらクローゼットからガラクタを降ろしていく。
「失恋したわけでもないのにこの勢いでこの歌かよ。ロックでもいいじゃん。」
内心ざわつきつつも、部屋は綺麗に片付いた。

同時にガラクタもたくさん出てきた。
ゴミは捨てよう。
使わない付箋、スカートについていたけど外したままのベルト。ためていた紙袋と、包装紙の切れ端に、しわしわのリボン。

それと、貰ったけど使わなかったもの。
大切な人に「何かちょうだい」とねだって貰ったけど、やはり自分に似合わなくて使わなかったものが床の上に残った。

大切な人に貰った大切なものには、自分が使っていなくても愛着があって処分に困る。

使っていた人がこの物とどんなところへ出掛けたかは知らない。
いつ買ったのかも知らない。
私だって、貰ったときのあの家と、自分の家の鏡の前での思い出しかない。

それでも捨てがたいのは、私にプレゼントしてくれたあの人の気持ちが物を通して伝わってくるからだ。物への愛着ではなくて、あの人が私を愛らしいと感じたことが詰まっているから。
自分も互いに大好きな気持ちを確かめたくて、物をねだった。

お互いの求めたこと。
あげることと、もらうことが、同時に昇華された瞬間が床の上に置いてある。


数日放置していると、改めて部屋が汚れてきた。

手放そう。

床の上に物があると、つい他の洗濯物やら帰ってきたカバンをぽいぽい投げてしまう。 
一度全てをクリアにしてみよう。

そう思って思い出の貰い物をリサイクルショップへ持っていった。

あれからしばらくしたけれど、あのアイテムは今どうしているかしら。
誰かが買ったのかしら。
それとも棚の奥で、密かに日焼けから見を守っているかしら。
はたまたワゴンの下で潰されていないかしら。

ええい。今日行くついでに見てやろう。
これだ。

私の部屋の中にあったものに、値札がついている。なんだか寂しい。
この値段なのか。
気持ちとしては安いけど、お財布からは
「高いよ?高いよ!」
と声がする。

でも買った。買い戻した。お財布は大損したけど、オンリーワンをゲットした。

前回リサイクルショップの自動ドアをくぐった私と、今日春風をくぐった私はきっと違う。
「私には大人すぎるな。」
と思ったこのアイテムを、自分に似合うよう使うことを学んだ。
だからこれからは物として、私がこれに愛着を持つ。愛を注いで自分のスタイルを闊歩する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?