小説「Desert Drive」番外編 - ファンイベントのお仕事 -
このお話は小説「Desert Drive - デザートドライブ -」の2章-3章間の番外編です。
「Desert Drive - デザートドライブ -」本編は下記にて無料で読むことが出来ます。
「――さてお前たち。朝飯はしっかり食ったか?」
ゲンの明るい声が、レーサーを乗せたトレーラーに響く。
総勢二十名のレーサーを乗せたトレーラー内は、冬という季節にしては暑く、少々空気が悪い。
志真は一番後部の座席に座り、けだるげに窓の外を見ていた。
天気はいいが、風が吹いている。
本物の樹木が風にあおられる中、ホログラムの樹木だけが風の影響をうけずに堂々と立っている。
志真はその妙でアンバランスで不自然な光景を眺めながら、通信端末機の時計を見た。
AM 11:00。
――早い。”早朝”に呼び出してやることではない。
「今日は待ちに待ったファンイベントだ。皆も楽しみにしていたと思う」
ゲンは気合十分と言わんばかりに、全員の顔を見ながらニコニコ話している。
メンバーの大半はうんうんと頷きながらゲンの話を聞いている中、志真だけは無表情だ。
「イベントの前売り券は数日前に完売してるし、当日券も行列が出来てるらしい」
「物好きな……」
志真の小さな小さなつぶやきは、トレーラーのエンジン音に混ざって消えた。
どうして朝っぱらからこのようなことをしなければいけないのか。
志真には全く理解出来なかった。
「志真様、機嫌が悪いのですか?」
「よくはないね。会場も遠いしさ……」
こっそり話しかけてきたウルに適当に返事をする。
志真が朝を苦手としていることはチームの全員がわかっているため、話しかけようとする者はいない。
だが志真に気遣って静かにしようという者もいなかった。
「さぁ、頑張って盛り上げよう!」
ゲンの声に、他のレーサーたちが「うおー!」と大声で応える。
「はぁ……」
その側で、志真は大きなため息を吐いた。大声に消されて、誰も聞くことはなかったけれども。
みんなみんな、朝から元気だ。
夜を活動の主としているのは志真以外にもいるはずなのに、どうしてここまで違うのか。
それにだ。
「僕はイベントじゃ頑張れないよ」
レース以外に興味のない志真は、どう頑張っても気合が入らない。
志真にとっては、ファンイベントは退屈な時間に過ぎないのだ。
ファンに笑顔を振りまき、握手を求められれば応じ、写真を撮られ続ける――
寝ていたほうがはるかに有意義で生産的であるとすら思っている。
だが、今日はなんだかトレーラー内の雰囲気が違った。
イベント時は遠足のような、ゆるく楽しげな雰囲気が漂うことが多いが、今日に限ってはピリッとしているではないか。
気のせいだろうか。前日夜ふかしをしたせいで、感覚がバグっているのかもしれない。
違和感を覚えつつも、ファンイベント関連ということには変わりはない。志真には関係のないことだ。
志真が大あくびをすると、ゲンが志真に問いかけた。
「シーマ、メビウスだけのレースがそんなに憂鬱か?」
ゲンの発言に、あくびが途中で止まる。
今、なんと言った……?
「これでも、お前が楽しめるようにイベントを組んだつもりなんだぞ」
「……レース?」
「そうだ。今日のイベントでは、一軍も二軍も全員がファンの前で走る。めったにない機会だから、楽しんでいこうじゃないか」
窓の外にあった視界をゆっくりとゲンに向けると、ゲンはいつも通りの笑みでこちらを見ていた。
「レースを、するの?」
驚きすぎて若干カタコトになってしまった。
よもや幻聴ではあるまいな。いや、幻聴なのか?
想像していなかった言葉に固まっていると、テンマが「あ、やっぱ聞いてなかったんすね」と言う。
「今日のイベントの目玉はレースっすよ。メビウスだけの。それがファンイベントにもなってるってわけっす」
「それ、本当に言ってるの?」
「嘘なんて言いませんよ。それにこのことは前から告知されてたものなんで、レーサーもファンもみんな知ってるっす」
なんということだ。
レースの情報を聞き逃していただなんて、間抜けにもほどがある。
てっきり従来同様、作り物の笑顔を張り付けたまま一日中過ごさなくてはいけない地獄イベントなのかと思っていた。
「そういうの早く言ってよ」
レースが出来るのならば、気合いの入り方が違うのだから。
「いつものイベント」すなわち「地獄のイベント」の詳細に関して、志真は全く興味がない。
そのため、詳細を知ろうとせず、当日はその場しのぎでなんとか乗り切るだけで、やる気なんて微塵もないのだから。
「俺は何度か詳細を話そうとしたぞ」
ゲンが溜息を吐く。
そういえば、今回のイベントに関しては妙にゲンが話したそうにしていた事を思い出す。
いつものイベントだと思って適当に流してしまったが、このことだったとは。
「ま、お前が話を聞かないのはわかっていたことだ。今回のイベントやレースについてまとめた資料を端末に送るから、レース前までに読んでおけよ」
前方の座席から「ばーか」という笑い声が聞こえた。明らかにニイナなので無視をする。
「シマくん。今回のイベントは僕が進言したんだよ。今までとはちょっと違ったイベントもいいんじゃないかって」
近くの座席に座っていたユウキが言う。
「最近シマくん、ちょっと疲れてるっぽかったし。シマくんの好きなことに寄せようって」
「お前……最高」
「でしょ? それにシマくん、”シーマ”のイメージが崩れる~みたいなこと毎回言ってるから、イベントも見直したいねって話になってさ」
ユウキが言うと、テンマが「イメージなんて絶対崩れないと思うんすけどねぇ」と口をはさむ。
「崩れるから。”シーマ”は孤高の最強レーサーなんだ。ファンとニコニコ楽しんでるキャラじゃないんだよ」
「……いや、絶対そのイメージないですって」
うるさい、黙れ。
じとりと睨むと、テンマは苦笑した。
志真は十三歳でデビューしてから、ずっと”シーマ”を作り上げてきた。
人助けやファンイベントをすることに反対したいわけではないが、やるなら「シーマらしく」やりたい、という思いはずっとある。
「今回、お前はただ走るだけだ。シーマらしいだろ?」
志真はゲンの言葉に「シーマらしい」と力強く頷いた。
そうこうしているうちに、トレーラー内のアラームが鳴る。
「レースまで一時間ある。それまでに完璧に準備をしておけよ。身内のレースだからといって手を抜くな」
アラームの音を聞くと、覚醒してゆく。
まるでこれから、命をかけたレースをするような、ギラギラと冴えわたってゆく感覚に陥る。
「今回、メビウスの一軍二軍を混ぜて数チーム作った。勝ちはないが負けもないレースだ。好きに走ってお前たちで勝ちを見つけろ。以上だ」
「勝ちを見つける……? そんなのレースじゃない」
「”そんなの”から生まれたのがスカイバイクだろ?」
ゲンはそう言って、マイクの準備をし始めた。
志真は今のゲンの言葉を頭の中で反芻させてから「そうだったね」と呟く。
「元々スカイバイクはめちゃくちゃなものだったしね」
まだスカイバイクという名前が定着していない頃には、「めちゃくちゃなレース」と呼ばれていたことがある。
――あの頃は今以上にルールも常識もなかった。勝敗がついていたことが奇跡だと思うくらいに。
「了解。僕の勝手にさせてもらう」
好きにしていいのなら、やってしまおうではないか。
勝ち負けがないのなら、ファンの前で”シーマ”のあり方を再確認してみるのもいいだろう。
「イベントの邪魔はもちろんしない。けど、自分に利のある走りをする」
それが今回の、志真にとっての「勝ち」であり、「得るべきもの」だ。
志真がライダージャケットを羽織ると、ゲンが笑った。……ような気がした。
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