移ろいゆく光の美しさ「吉田博展」
久しぶりの東京都美術館。「吉田博展」に行ってきました。
吉田博さんの作品を知ったのは2年半ほど前。登山関係の仕事をしている友達が「生まれて初めて美術品を買った」と。絵に興味があるなんて思ってもいなかったので驚いて、詳しく聞いたら、それが吉田博さんの木版画でした。
なるほど、劒岳、穂高、富士山、甲斐駒ヶ岳など、山が好きな者なら思わず足を止めて見入ってしまう作品がたくさんあります。
私も直に見てみたいとずっと思ってきました。
今回初めて知ったのですが、吉田博さんが木版画を始めたのは49歳のときだったそうです。49歳といえば、私よりも年上ではありませんか。木版画初期の作品はどことなく平板な印象がありますが、どんどん絵に奥行きが出ていき、独特の色彩が空間に溶けて拡がっていくようになるのです。そしてその後の20年間をかけて250点もの木版画を残しました。
山岳を描いた作品の他にも、瀬戸内に浮かぶ帆船、東照宮、八百屋や金魚すくいなど庶民の日常生活を描いたもの、ナイアガラの滝、スフィンクス、タージマハル、と画題が豊富で多岐にわたり、国内に留まらず海外の風景の作品がたくさんあることにも驚きました。
同じ版木を使って、色調を変え、同じ風景の昼と夜を別の作品で表現したものも素晴らしかったです。瀬戸内の静かな波と光を、朝、午前、午後、夕、夜と、やはり同じ版木で色を変えて表現した連作もありました。
景色は刻々と変化して、光は多彩な色を移ろわせていきます。時代とともに消えてゆく景色もあります。その一瞬を過ぎればもう存在しない風景が、素晴らしい構図と確かなデッサンに支えられ、豊かな色彩表現によって永遠に息づいている。
ああ、美しいなあ…。
作品の前に立つと、その風景に招き入れられて、自分もその景色の中にいるような感じがします。
少し離れて眺めると、また違った印象を受ける。
子どもの頃に眺めて育った瀬戸内の海、これまでに登ってきた山々といった私自身にとって身近な風景から、世界中の国々や、時代を遡った明治大正期の東京といった見知らぬ風景まで、たくさんの美しい景色に遊んだ、贅沢な時間でした。