【ハロウィーン】死者のお祭り【クトゥルフ神話 / 日常 / 思い出話】
「昔からよく言うじゃないですか。ハロウィンには本物の死者が現れるって」
夕食のお皿を洗いながら、この部屋の住人ーー雛杜雪乃は、楽しそうに鼻歌を歌いながら話を始めた。
「雪乃さんは、本当のことだと信じてるんですか?」
「もちろん。夢があっていいと思いませんか? 喪った人が一時とはいえ、帰ってきてくれるんですよ?」
よほど楽しいのだろうか、彼は鼻歌に収まらず、小刻みにリズムをとって踵を上下させて弾んでいる。
「……私にはそんなにいいものだとは思えません。だって、毎年会いに来られたら、忘れたくても忘れられないじゃないですか」
彼の手が、ピタリと止まった。
先程とは打って変わって、悲しそうな声色で彼は言う。
「……会いたいけれど、会えなくなってしまった。そんな人の事を、あなたは忘れたいですか?」
「……分かりません。そんな人、あなたしかいませんから」
答えようがない。いつも私に声を聞かせて、恋人でもなく、友人でもない。ただ私の中にあろうとする人なんて、あなたしか居ないんだから。
そういうと、彼はまた楽しそうな様子で、鼻歌を歌い始める。
「そうですか? まあ、そうならないのが一番ですから」
……なんだか、彼の言うことはいつもよく分からない。
壁掛けの時計が鐘を鳴らす。気が付けばもう日付も変わってしまいそうだ。
「遅くまでお邪魔しました。また遊びに来ます」
「ちょっと待ってください。もう終わるので、玄関まで送りますよ」
彼は、犬だと称するキツネが描かれたエプロンで手を拭きながら、パタパタと私の後ろを追いかける。
玄関には、彼の透明なサンダルの隣に、私の冬用ブーツが並んでいる。
……そういえば、なんでこの靴を履いていたんだっけ。
「それじゃあ、気を付けてくださいね」
「……部屋、隣なんですけど」
ただの隣人のくせに、過保護な事を言う彼を少しだけ咎める。
「あはは。でも、世の中何があるか分かりませんから」
さほど面白くもない冗談を聞かされ、思わず半目で彼を睨みつけて……やめる。どうせ彼だってさほど重く受け止めないだろうから。
「分かりました。お気持ちだけ受け取っておきます。……それじゃあ、また来ーー明日」
「ーーはい、また明日」
そろそろ、夜風も涼しい季節になった。
室内から透き通るような高音の鈴の音が響き、日付の変更を告げる。
ハロウィーンは、もう終わるべきだろう。
「ショゴス」
ブレスレットが形を変え、銀色の鍵の形を成す。僕はしっかりと、内側から鍵をかけてーー備えついている鍵のツマミで、開け直した。
「……さ、明日からはまた頑張りましょうね!」
僕には、何度だって明日が来るのだから。
「(仮題)死者のお祭り」【完】