【メイドの日】今日だけのメイドお兄さん【メイド / Vtuber / 女装】
「……ま。ご……さま」
声が聞こえる。優しげでふわふわとした、それでいて男性的な声だ。幾度となく聞き、眠たい意識のなかでも覚えているくらい、身に染みたあの声だ。
目を開けば声の主、雛杜雪乃がほんの少し困ったような微笑みを浮かべて、私を見つめている。
「おはようございます。ご主人様?」
違和感を覚える呼び方に疑問を覚えながら、目を擦り視線を落とす。その視界に入った姿に、脳がスパークを起こしたような衝撃を覚えて目が覚める。
「ふふふ、目が覚めたようで何よりです」
少し汗ばむのはこの暑さのせいだろうか? いや、そうではない。
目の前のーーどちらかというと中性的な容姿のーー彼が、メイド服を着て、私を覗き込んでいたからだ。
胸元からは鎖骨が見え、その奥に視線を落とそうとする。が、奥の暗闇に紛れた瞳と目があったような気がして、慌てて視線をそらす。
「ダメですよ? そこは何もしてないんですから」
ノータイムで、そこ以外は何かしたのかという疑問が浮かぶ。が、彼はそれに応える前に、私に手を差し出す。
その手には、ホワイトブリムと呼ばれる、メイドの彼女達が着けるカチューシャが握られていた。
「今日はメイドの日らしいので、せっかくなのでそれらしい雰囲気を出してみようかと思いまして? 今日は配信もおやすみなので、そういうコトにも向いているかと……とか思ってみまして?」
思わず彼からカチューシャを受けとる。意図することは、なんとなく分かる。これを彼に着ければ、彼は今日一日、私の専属メイドなのだろう。
「さあ、どうぞ?」
差し出された彼の頭は、相変わらずふわふわとした桃色の髪に包まれている。
震える手で、ホワイトブリムを彼に近付ける。
そんな私の様子がおかしかったのか、彼は先ほどまでの穏やかな笑みの端に、別の笑みを浮かべる。
その笑顔が彼の企みの一環だとしたら、彼は笑みのなかに潜めた牙を、私に向けるのだろう。
肉食獣のように鋭い牙で噛んだものを、シロップのようにドロドロと甘く溶かしてしまう。そんな恐ろしい猛毒の牙で。
一瞬、この手を伸ばしていいのか躊躇う。私が伸ばした手に食らい付き、考えていた主従関係と逆の結末がやってくるような、うっすらとした予感がある。
それは、とても恐ろしい事でーー逃げ出せないほど、ヒドく甘美な結末をもたらすのではないか?
「さあどうぞ。迷ったりしなくていいんですよ。
これは、僕が言い出した事なんですから」
彼が私の手をとろうとする姿に生唾をのむ。興奮か、動揺か、恐怖か。呼吸さえ震えるなか、吸い寄せられるように白い冠を彼に近付ける。
ーー指先に、柔らかな感触が触れた。