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盛岡藩雑書・藩政日誌の現代語訳【1677年6月27日】

※画像は、Chat GPT 4oが作っています。

※江戸時代の暦で書いてます。

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延宝5年6月27日 雨 当番:治太夫

愛宕堂ニテ仁王経執行

(愛宕堂で仁王経を唱える儀式を行うという意味です。)

於愛宕堂御初尾三貫文被遣
愛宕堂(「あたごとう」と読みます。火の神である火産霊命(ほむすびのみこと)を祀っており、火事や災害から守ってくれる神として信仰されています。)に初めての参拝として、三貫文(お金です。現在の日本円に換算するのは難しいですが、価値でいうと、3万〜30万程度でしょうか。)を贈りました。

大殿様為御祈禱仁王経執行仕候様=と、
これは大殿様のために祈祷(守護と加護を願う)して仁王経を唱える祈祷を行うために、

広福寺看主被仰付、則勤上候、
広福寺の住職の指示で、その指示通りに祈祷の儀式を行いました。

巻数・御札差上ル、高橋忽左衛門披露之
祈祷の際に使用した巻数やお札を奉納(神物に捧げる)し、その様子を「高橋忽左衛門」が人々に公開しました。

新山舟渡高札


(高札とは、江戸時代に掲示された公的な掲示板のことです。新船山に立ててある公的な掲示板です。)


是より内役人之外出入仕間敷候、若相背候ハ→捕させ可申候、以上是八新山舟渡=立置六月廿七日
六月廿七日是八江刺小路=立申筈

これにより、内部の役人以外の出入りを禁止する旨の命令が6月27日に新山舟渡で決定され、同じ日に江刺小路にて告知されることが示されています。

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