インタビューその7:最強のフリーランスとは、自分に「できないこと」を知っている人
イラストレーター・取材&コラムニスト・陽菜ひよ子です。
今回の記事はインタビュー企画です。わたしのまわりにいる「クリエイティブな活動をしている人」に「仕事や創作」について赤裸々にきき、その人の「クリエイティブのタネ」を見つけよう!という企画の第7回。
今までのインタビューは↓コチラでごらんになれます。
今回お話を伺ったのは、フォトレタッチャーの吉田聖未さん。
吉田さんの略歴など。
吉田さんのことは「HIYOさん」と呼んでいます。HIYOさんはわたしを「ひよこさん」と呼びます。HIYOひよコンビです。
HIYOさんとは2014年、名古屋出身で東京在住のイラスト仲間S氏が、帰省の際に仲間を集めて遊んでいるときに知り合いました。
フォトレタッチャーってどんなお仕事?
今回HIYOさんにお話を伺おうと思ったのは「フォトレタッチャー」という仕事に興味があったから。
フォトレタッチャーと言われてもピンと来なくても、「レタッチ」という言葉は聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
レタッチとは「写真の修整や合成などの画像処理をすること」プラス「撮影では物理的に無理なシチュエーションのものをつくり出すこと」。フォトレタッチャーとは写真のレタッチをする職業です。
わたしのようなイラストレーターも、イラストのレタッチを行う事があるので、チョイと写真をいじってみました。
これは「やりすぎ」のパターンですが、このように、フォトレタッチとは、商品やモデル等を「よりよく」見せるために加工を行うものです。
この瀟洒な建物写真は、この記事の写真担当でカメラマンの宮田のレタッチのビフォーアフター。
宮田自身もレタッチの技術は写真の学校で学んでおり、プロとして十分通用する腕前ではあります。
この技術の精度をさらに上げた「フォトレタッチのスペシャリスト」が、今回ご紹介する「Photoshop使いの魔女(※)」の異名を持つ「HIYOさん」こと、吉田聖未さんなのです。
(※Photoshop=フォトレタッチに使用するAdobe社のソフト)
ではなぜ、HIYOさんの作品を載せないのか、といえば、フォトレタッチはその性質上、守秘義務のあるお仕事が多いのだそうです。確かに、モデルのビフォーアフターなんて絶対公開できませんよね。
HIYOさんに来るお仕事の場合、上の電線のように「いらないものを消す」だけではありません。
たとえば樹木の写真のちょっとさびしいところに枝を足したり、複数の商品写真の中で映りの良い部分だけを切り貼りして一枚に仕上げたり、商品写真が1色しかない場合に複数のカラーバリエーションを用意する、なんてこともします。
「1色しかない場合、黒はやめて欲しい。できればグレーがいい」のだそう。そういうものなんですね。
「だからWebsiteも作れなくて」とHIYOさん。それでもちゃんと仕事が来てるんだから、ノープロブレムですよ!
フォトレタッチャーはナゴヤにいない?
ずっと前に、「フォトレタッチャーは、ナゴヤにはいない」と聞いたことがありました。というのも、写真撮影の際に、レタッチのために予算を組めるような大きな案件はナゴヤでは少ないからです。
ナゴヤの場合、カメラマンがレタッチまで行うことがほとんど。レタッチだけで食べていくことは容易ではないのです。
そこで出会ったHIYOさん。今回最初に「ナゴヤにHIYOさん以外にレタッチャーっているの?」と尋ねると、意外にも「いますよ」と即答。
「わたしの知るだけでも、5人。フリーが4人かな」・・・え?たったそれだけ?「東京には?」「星の数ほど」・・・やっぱり全然違いますよね!!
東京の場合は数も多いけれど、その分ピンキリで、ナゴヤのレタッチャーは名のあるスタジオ出身者が多く、精鋭ぞろいなのだそうです。確かに、ナゴヤでレタッチャーに依頼する件数を考えれば、相当優秀じゃないと生き残れませんよね。
少女マンガ家にあこがれた少女時代
子どもの頃からマンガを描くことが大好きだったというHIYOさん。
ヒマさえあればマンガやイラストをちょこちょこ描いていたそうで、教科書やノートに空いてる場所があれば必ずラクガキしていました。ノートは授業のメモよりむしろラクガキがメインだったそうです。
その感じ、すごくよくわかります。お絵描き好きの教科書は、大概ラクガキだらけでしたから。
マンガは読むのも大好きで、当然のように、漫画家になりたかったそうですが、気持ちはあるけど、実行には移せないタイプだったと言います。うん、これもよくわかります。
おそらく、日本中のマンガを描いていた人の中で、実際に投稿までした人ってほんの一握り。
デビューできるのは、さらにその中の一握りで、ヒット作を出せるのはって考えると、本当にすごいことなのだと思いますよね。
小さい頃はどんな子だった?という問いには「どんくさい子だった」と返答されて、ソファからずっこけそうになるわたし。
「どんくさいというのは、運動神経が悪いとか?」「そうです、もう『どんくさい』としか言いようがないんです」
HIYOさん曰く、自分はバイクに乗るし、マラソンもする、ボウリングを習っていたこともあるので、運動ができる人だと誤解されているけれど、実際は運動神経はないそうで。
けれど、運動は嫌いではないとのこと。体育の授業は嫌いだったけど、ちゃんと教えてもらえればできるということがわかったのだそう。
わたしも体育の授業は嫌いだったけど、大人になって「体を動かすこと自体のは結構好き」だと気づいたクチ。そういう人、割と多いんではないのかなぁ。
教師志望→デザイナー→レタッチャーへ
中学生の頃は教師になりたかったというHIYOさん。ご本人曰く理由は安易で、中学時代の体育の先生が好きだったから、なのだそう。イケメンだったのだそうです。
愛知教育大学附属高校に進み、美術教師を目指しますが、附属から大学に行ける枠がなく、県外の行きたい大学は親に反対されたため、大学進学はあきらめることに。
名古屋市が本拠の「トライデントデザイン専門学校」で3年間学び、「DTPオペレーター兼グラフィックデザイナー」として印刷会社に就職します。しかし2年後、23歳で退社。
その後結婚しますが、23歳で結婚は、周りでもかなり早い方だったようです。しばらくのんびりしたあと、ご主人の友人の紹介でデザイン事務所にグラフィックデザイナー手伝いとして勤務しますが、「デザイナーに向いてないかも」と、約2年で退社。
大須のPDA専門店(※)で半年ほどアルバイトをします。
PDAユーザーグループで知り合った人に写真スタジオに誘われました。何をするかも知らされないまま行き、そこで「フォトレタッチャー」として働き始めるのです。
ええっ!!
今は「レタッチの申し子」のようなHIYOさん、最初は自分の意思「0」だったんですね。
流されるように働き始めた「レタッチ」の仕事ですが、「デザイナーより合ってるかも」と思い、続けることに。それはなぜかと言えば「Photoshopが好きだから」に尽きるそう。
さすが「Photoshop使いの魔女」!
Adobeには「Photoshop(以下フォトショ)」と「Illustrator(以下イラレ)」という2大ソフトがあって、前述のように写真のレタッチにはフォトショを使います。
一方デザイナーが主に使うのはイラレ。フォトショとイラレは、できることも操作感も異なります。イラレには「ベジェ曲線」という高い壁があり、そこを超えられないと、手足のように使いこなすことは困難です。
HIYOさんの場合、スタジオ時代には一日に何百もの商品の切り抜きを行っていたこともあり、ベジェは当然使いこなせています。実際「ムチャクチャ早い」けど、ベジェの切り抜きは好きではなかったのだそう。
毎回「1個何分で切り抜けるか?」とゲームのようにチャレンジしながらこなしていたそうで、「そうでもしないと、数が多すぎて精神的にやられてた」といいます。
デザイナーの仕事では1~2年で退社していたHIYOさんですが、レタッチの仕事は性に合ったようで、この会社には8年以上在籍。
2011年、34歳で離婚と同時に退社し、フリーランスになりました。2021年の今年はフリーになって10年、レタッチャーになってから18年。すでに会社員時代よりフリーの方が長くなりました。
フリーランスの適性
ナゴヤにおけるフォトレタッチのように、ニッチな分野で長くフリーランスを続ける秘訣はあるのでしょうか?
HIYOさんと話していると、「フリーランスの適性」があるな、と感じます。
フリーランスって「会社員ができないから」という消極的な理由でなる人も多いのですが、中には「会社員もできなくはないけど、フリーランスの方が向いている」という人もいて、HIYOさんは後者のタイプ。
子どもの頃からおとなしい子で、集団行動は苦手だけれど、いじめられるというタイプではなかったそうです。どちらかといえば「一匹狼」。「やりたくないことはやらない」という意志の強さも感じます。
だからといって、友だちもいないわけではなく、HIYOさん曰く「コミュ力の瞬発力が高い」のだそう。つまり「初対面に強い」のです。
これって『営業』にもってこいですよね。
フリーランスって、社交的である必要はないのですが、コミュ力は必須です。特に初対面で相手に好印象を与えられるのは重要なポイント。
とはいえ、この10年「営業」には行ったことがない、というHIYOさん。もともと消極的で「受け身」。自分からガツガツ行くタイプではありません。
ほぼ「紹介」で10年間、仕事に困らずにやって来られたのだそうです。
それはすごい!その秘訣って何だと思いますか?と聞いてみると、意外なようで「当たり前」というべき答えが返ってきました。
「やるべきことを、コツコツとやっているだけ」なのだそうです。要するに「期限をちゃんと守る」さらに「可能であれば、期限より早めに送る」ということ。心がけているのはそれだけで、特別なことはありません。
「一定のクオリティで早めに送る」ことが大事。「キレイ」で「早ければ」それだけで仕事は来るものだと言います。当たり前といえば当たり前。だけど、それができない人が多いんですね。
わたしも展示やワークショップの企画で、ほぼ仕事をしていないフリーランスとやり取りすることがありますが、のん気な人が多い印象です。中にはメールもくれない、提出期限も守ってくれない人もいて、困り果てたこともありました。
その点、キチンと仕事をしている人は、その分忙しいはずですが、連絡もキチンとしています。
フリーランスのお悩み
フリーランスのお仕事事情として、今押さえておくべきは「コロナの影響ってありましたか?」です。
HIYOさんの場合、去年は本当に大変だったそう。もともとポスターの仕事が多かったため、行楽関係は全滅に近かったといいます。今年になって多少戻ってきました。
忙しいときとヒマな時の差が激しすぎるのが辛い、とは、世のフリーランスに共通する悩みでしょう。
HIYOさん、繁忙期には肩が「骨くらい」に硬くパンパンになるので、知人の紹介で鍼に通っているそうです。そこで太い方の鍼を「曲げた」ことがあるとか。
「刺された瞬間にビリッとしたので、おかしいと思ったら曲がってました。見せてもらったら2か所曲がってて。鍼師さんにも『これを曲げるのは珍しい』って言われました」
肩こり防止には「ラジオ体操」がいいそうで、公開動画のキレッキレの動きを真似してやると、かなり効果があるそうです。実は我が家も朝10時と午後2時の2回、5分間のNHKの体操を日課にしています。5分と侮るなかれ、結構いい運動になるし、気分転換にもなります。
ちなみに、レタッチにはペンタブを使っているので、腱鞘炎にはならないのだそう。
しんどいけど、会社員には戻りたくないでしょう?と聞いてみると「最近はそうでもない」とのこと。インボイス制度や電子保存など、今後始まる制度のことを考えると、フリーはきついと感じるそうです。
確かに、コロナには関係なく、フリーランスにとっては生きにくい世の中になりつつあるなぁとは、わたしも感じて、暗澹となることもありますね。
フリーランス的「副業」
話題は、フリーランスが金銭的にも精神的にも安定して生活して行くにはどうすればいいのか?というテーマに。話の中心は「副業」になりました。
わたしもイラストの仕事を15年以上やっているのでわかるのですが、長くやっていると、仕事に新鮮な喜びは感じにくくなります。仕事が楽しいのは何と言っても、「自分の成長が肌で感じられるとき」なんですよね。
HIYOさんも、最近は「他のこともやってみたい」とも思うそうですが、他に何もできない、といいます。そんなことはないと思うけどなー。コロナ禍でヒマな時に動画編集もしてみたらやれたそうだし。
HIYOさん、カメラマンを目指してワークショップに通ったこともあるのだそう。そのワークショップの先生が、宮田の写真学校の恩師でもある秦義之さん。HIYOさんとは前述の通り、東京のイラスト仲間を介して知り合ったのですが、秦先生とも繋がっていて、ナゴヤってホント狭い。
カメラマンに関しては、写真スタジオでカメラマンの先輩方の仕事ぶりを見て来ただけに、安易に名乗れないのだそうです。写真はカメラさえあれば誰でも撮れることもあって、簡単にカメラマンと名乗りがちですが、プロの世界は厳しいです。
わたくしごとですが、昔、帽子の勉強をして一時は帽子作家を目指していました。今もイラストの合間に帽子を販売すれば?といわれることもありますが、片手間でやるのは、真剣に帽子作家をしている人に失礼です。帽子づくりは職人の世界で、10年20年と修行をして、プロになってからも勉強し続けて行くもの。
クリエイターの世界も、職人の世界に近いものがあります。本気で頑張っている人へのリスペクトを忘れてはいけませんよね。
「そもそも、帽子を『Creema』や『minne』で売れば?って言うけど、そう簡単に売れるか!」とわたしが叫ぶと、「売れましたよ、『Creema』」とHIYOさん。
「ええっ?何を売ってたの?」「レジンで作ったアクセサリーです」写真を見せてもらいましたが、か、かわいい!素敵!
もともとイベントで売るために作ったら全然売れなくて、ダメもとでCreemaに出したらほぼ全部さばけたのだそう。価格帯を聞くと「3,000円程度」だそうで、適正価格。激安だから売れたというわけではありません。すごい!
HIYOさんいわく「コンスタントに売れればいいですけどね。それに今はレジンで作る人も増えたんで、もう無理ですね」とのこと。れ、冷静だなー。
考えてみたら、HIYOさんはデザイナーでもあるので、戻ろうと思えばいつでも戻れるわけです。でも「わたしの知識は20年前で止まってるんで無理です。デザインには流行もあるし」とバッサリ。
HIYOさんの強みのひとつは、自分の立ち位置や価値を冷静に見極められること。そうした「自分自身に厳しい人」が「レタッチに特化」しているわけですから、説得力があります。「最強」なのは当たり前なんですよね。
世の中には「ちょっとかじっただけ」で、すぐに「プロ」を名乗りたがる人って多いです。そういう「厚かましい人」って強いな、と思うのですが、長い目で見ればメッキは剥がれます。生き残っていけるのは「本物だけ」なんですよね。
フリーランスを「快適に」やっていく方法
フリーランスというのは、だらけてても叱ってくれる上司がいません。気楽といえば気楽なのですが、自分を律したり、うまく気分転換を図って行ったりすることが課題になります。
最近の若い人は、映画を早回しで見るらしい、という話から、なんとHIYOさん「実はやるんですよね、早回し。1.5倍速くらいがちょうどいいです」と言い出しました。
1.5倍速だと、セリフはわかるそうです。1.5倍速でドラマを流しっぱなしにして仕事をするとはかどる、はかどる。画面は見ないで聴くだけ、という感じ。
集中できないでしょ、という声が聴こえてきそうだけど、何もつけていないと、ついネットを始めてしまうので、何か音が欲しいのだそう。うーん確かに、ちょっとTwitterを覗くと、ついニュースなど読んでしまい、次々ページをめくって気づけば数時間経ってることも。。。「そうなんですよ」とHIYOさん。
ドラマを1話から12話まで見る間に、大量の仕事を終えてるのだそうです。「(仕事が)全然終わらない~」といいながら『鬼滅の刃』と『呪術廻戦』を見ながら仕事をしていたら、朝になっていた、ということも。
これ、いいかも。「人生2倍得してる感じ」ですよね。
でもどんな仕事でもできるわけじゃなくて、わたしの場合、イラストはイケても文章は無理だなぁ。これでも頭めちゃくちゃ使うし、集中してしまうので。
我が家ではテレビがついていても、レタッチしてる宮田は見てるけど、文字の原稿書いてるわたしは頭に入ってないことも多いのです。今度イラストの仕事が立て込んだらやってみようっと。
HIYOさんは1日の終わりは「ゲームで締める」と決めています。ゲームをすることによって仕事モードを強制的にリセットする役割があって、守らないと翌日のパフォーマンスが落ちるそうです。
ゲームはジャンル問わず何でもします。発売後1年経っても未だ入手困難なPS5も、昨年12月には入手していたのだそう。
ゲームだけでなく、ガジェット全般が好きなんだそうで、浪費家だというお金の使い道はほぼPCやスマホ、タブレットなどのガジェット類。仕事のレタッチでも、人や食べ物などより車などのメカ類が好きとのこと。
こういう言い方って今はよくないのかもしれないけど、好みが「男性的」なのですね。最新機種が出るとつい買ってしまうので、お金がたまらないのだとか。。。
HIYOさんの場合、ガジェット類のほとんどは仕事で使うものです。購入したガシェットは、まだ高値で売れるうちに売ってしまうのだそう。それを元手にまた最新のスペックのものを購入し、快適に仕事をすることで、ストレス回避にもなるし、対外的にも信頼されるそうです。
その『対外的な信頼』って大事ですよね。PCは中古で充分という人もいます。確かに、ネットとExcelやWordくらいしか使わない人なら、それでも「スペック的」には十分かもしれないけれど、仕事で使うPCが中古というのは、あまりよくないように感じます。
特にわたしたちのようにグラフィックソフト(Adobeソフトを代表とする画像や映像の編集用ソフト)を扱う人は、PCのスペックの高さや動作が安定していることは重要です。
おまけ:インタビュー後
このインタビュー、最初の中島さんを除くと、ずっとZoomが続いていて、7人目のHIYOさんとは、久しぶりに対面でお会いしました。
1件目から移動して、2件目は大須に昨年Openした『昔の矢場とん』へ。
(ここからの写真はすべてワタクシひよこ撮影です)
『矢場とん』と言えば味噌カツですが、このお店、味噌カツを出さないのです。その代わりに出て来るのは、味噌串カツや味噌おでんなどの「居酒屋料理」。
大須にあった顔はめパネルに顔を当ててみました。実際にはやってません。これもレタッチです。(ひよ子作成)
HIYOさん、長丁場お疲れさまでした!楽しかったです!!
最初に登場したお店はコチラ♪ ピザおいしくてオススメ!