【実録】今更プロセカのストーリーを読んだら東雲絵名に情緒を完全に破壊されて体調を崩した話
※このnoteは、『25時、ナイトコードで。』の最新ストーリーまでのネタバレ(特に絵名)を多分に含みます。
時は2023年、6月。HSPである私はその共感性の高さを以て、『東雲絵名』という女に情緒を完全に破壊され3日ほど胃腸を壊し精神を奈落に突き落とされる羽目になった。
と言うのも、とある事情から現在配信されているスマホゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』をプレイし、とあるユニットのストーリーを1週間で全て読み切る事になったせいだ。そのユニットの名は…
25時、夜の訪れと共に動き出す。
正体不明の音楽サークル
ユニットメンバーは作曲担当の『宵崎 奏』
編曲や作詞を担当する『朝比奈 まふゆ』
楽曲のMVを作成する『暁山 瑞希』
そしてMV用のイラストを担当する『東雲 絵名』の4人。
そこにお馴染み初音ミクなどのバーチャル・シンガーたちとの交流によって、彼女達の物語は繰り広げられる。
プロセカのストーリーは人間関係の複雑さやそれぞれのキャラクターに降りかかる苦悩とその解決などを描くことに定評があり、ニーゴもその例に漏れない。
それどころか『重さ』だけなら間違いなく全ユニットで最上位に君臨するだろう。
そんなニーゴのユニットテーマは一見複雑なようですごく分かりやすいと思っている。
浅い言い方をしてしまえば
『現代っ子がつい共感してしまうようなモノ』で、深掘りをするのであれば
『本当の自分とはなにか?』や『自分が本当にやりたいことはなにか?』
という表現が適当だろう。
後半の2つは、人間なら誰しも1度は考えたことのある内容だと思う。かく言う私も成人して2年経つのに、終わらない中二病に苛まれながら生きる意味やら何やらを探しながら就活に苛まれていたので尚更だった。
特にユニットメンバーの1人であるまふゆは、ある事情からそれらに関する感情などが完全に欠落してしまっていて、ストーリー当初はそりゃあもう酷い状態だった……まぁ他の3人も大概重たい事情を抱えているので結論としては全員ヤバい、
ともかくニーゴは、そんな感じで社会不適合者の集まり歪ながらも、心のどこかでは死にたい、消えたいとさえ思いながらも……なんとかここまで必死に生きてきた人間の集まりなのだ。
そんな彼女たちがそれぞれ欠けているものを埋めあって少しずつ進んでいく。それが『25時、ナイトコードで。』の1番の魅力だと私は思っている。
加えて彼女たちは楽曲作りをしているという事もあり、『いちクリエイターとしての話』がイベントストーリーのテーマになることも多々ある。
私に刺さった(どころか致命傷を与えた)のはこの部分だ。
もしこのnoteを読んでいる人の中に何かものづくりを経験した事があって、かつ自分に才能がないと思っているタイプならば尚のこと、作中の東雲絵名の言動に共感してしまう人は多いのではないだろうか。共感しすぎると胃を破壊されるから気をつけよう。
というわけでニーゴについて軽く触れようとしたら既に1000文字を超えてしまったのだが、ようやく本題に入っていく。
前置きが長くなったが、これは私の気持ちの整理のための記事だ。決して自傷行為ではないと思いたい。最後なんてみんな同じように倒れていきますからね。
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『東雲 絵名』という女がどうしようもなく好きだ。
まず絵名がどんな女なのか簡単に書くと、『承認欲求に支配されたSNS中毒の絵描き』という割と暴言に近いモノになる。
ここに『姉属性』が足されるせいでキャラパワーが跳ね上がってしまうことに運営は気付かなかったのだろうか?調整ミス?(東雲彰人という、別ユニットに所属している弟がいます)
性格としては思ったことを素直に口にするタイプで、実は面倒見がいい。雰囲気で言うとシャニマスの『黛 冬優子』が割と近い。この時点で気付いとけよな当時の私
絵名は天才画家と呼ばれる父親に憧れ、自身も画家を志す希望に満ち溢れた少女だった。
しかし残酷なことに、それを口に出して父親に告げたところ、『才能がない』と一番否定されたくなかった人物にあっけなく一蹴されてしまう。
後にこの言葉は彼女を思っての言葉だったことが明らかにはなるのだが、流石に言葉不足のラインを超えている。誰でもキレるわこんなん言われたら。
おまけに絵名の美術スキルが高くない描写は各種ストーリーでこれでもかと言うくらいにお出しされているため、読んでいる私たちも嫌という程にそれを理解することができる。
……あの、彼女がメインを務める話でのノルマになっていませんか?やめてくれませんか?あの子の心象は読めますか?どなたに伺えばいいんですか?
しかし、絵名を語る上で『才能』という言葉は切っても切れない関係にあるのも事実だ。
なんせ奏は作曲、まふゆは万能、瑞希は頭脳明晰と、絵名以外のニーゴメンバーが全員天才/秀才なのだ。兎にも角にも絵名に優しくない世界なのである。モノつくりしてる人には優しくするのが常識だろ。
そんなもんだから絵名が話の主役になる時は基本的に、才能がない中で、天才に囲まれながらどう藻掻き進むかと、自分の能力や絵に対する気持ちといかに向き合って行くか。この2つがテーマになる事が多い。
ハッキリ言っておくと、こんな感じの話だったからこそ私は絵名を好きになれた。
ビジュアルで言うと同ユニットの奏が、別ユニットならば『小豆沢 こはね』や『草薙 寧々』『日野森 雫』がタイプだし、単純な好みの話なら『望月 穂波』『日野森 雫』をあげる。正直、公式サイトでの第一印象ではあまり注目してなかったのだ。いや『桃井 愛莉』なんて全然気になってませんけど。
日野森(感傷を避けるために名字呼びを行っています)たちの話はこの辺にして、これはさっき例に出した『黛 冬優子』というキャラとも共通しているのだが、私はリアルな人間味を感じる描写が好きだ。
嫉妬だとか現実逃避だとか、そういった感情や行動を描写している作品は持ち前の共感性もあってえげつないくらい感情移入して疲れるのだが……とにかくそういうのが好きだ。からくりサーカスで大号泣したしブルアカでもだいたい泣いてる。
もっと直接的に言うと、そんな感じの子が『自分の能力を理解した上で、身近にいる天才と自分を比較しながらも必死に努力している姿』が好きだ。まふゆの才能に嫉妬して感情を爆発させるシーンは首が取れそうな程に頷きながら見ていた。
つまりこの東雲絵名、私にとって特効も特効、真人にとっての虎杖のような存在だったのである!
しかも小説とイラストという違いがあるとは言え、同じクリエイター。ここまで来ると4倍弱点もビックリな倍率である。
そんな絵名の過去が明かされるのが『空白のキャンバスに描く私は』である。
端的に言うと、これは中学生の絵名の心が折れるまでを描いた物語だ。
同時に、今の自分の未熟さ、そして『絵』そのものと正面から向き合い、決意を固める話でもあった。
これは実際の人間にも中々できることじゃない。絵名は父親に告げられた一言を皮切りに『自分』を見失い、講師である雪平先生から見てるこっちが泣きそうなくらい厳しい講評を受けた結果、最終的には心が折れ絵画教室を辞めてしまっている。
ここでの『自分』は絵を描く意味だとか、理由なども含まれている。この時点で絵を描く理由が『褒められること』に傾倒してしまっているのがその証拠だろう。
当時の絵名は自分に才能があると信じ込んでいることもあり、自分の絵を認められないことは自分の存在を否定されるのと同義だった。
気持ちは痛いほど分かる。私も自己肯定感が低く、小説を書いている時しか自分の存在を許せない時期があった。
投稿した作品がランキングにのった時、感想コメントをもらった時の、『作品を通して自分が認められた感覚』はクリエイターなら一度は経験したことがあるのではないか?
そして、それ以上の天才がこの世界にはごまんといることも。
それに本来なら一度逃げた場所にもう一度自分の意志で脚を運ぶことは精神的にかなりの負担がかかる。『逃げる』という選択肢は簡単にとれるが、同時に後の自分に何年経っても割り切れないほどの後悔を残してしまうのだ。
実際かなり辛い思いをしたものの、結果的に絵名は一歩踏み出すことができた。この経験は、間違いなく彼女にとっての『希望』になっただろう。
雪平先生が絵名の『成長』のために真摯なやり取りを交わす部分は見返しても涙腺が刺激される。これ以降、再び絵画教室に通い始めることからも彼女の心の変わりようが伺えるだろう。
やはり絵名の魅力はここに尽きる。傷つきながらも自分が作りたいものを作るために努力する姿、作り上げた物にも確かに価値の差はあるがいいものを作りたいと思うお前のその志。
美しいんですよ本当に……辛くても苦しくても必死にもがいて天才に追いつこうとしてる絵名の姿が……
しかし、このイベントは序の口にしか過ぎなかった……
話を戻さねばならない。
私が特にダメージを受けたのが、絵名と瑞希がニーゴに加入するまでの話を描いたイベント『そしていま、リボンを結んで』だ。(ふざけんなマジでどう見ても瑞希イベだろこれ)
絵画教室を辞めた絵名は、それでも諦めきれずに当初受ける予定だったハイレベルな美術科のある高校の受験会場にいた。しかし父親の言葉と雪平先生の講評に心を乱され、全く上手くいかないまま彼女は夢破れることになる。
それ以降、絵名は絵を描くことすらできなくなってしまっていた。もし自分だったらと考えるとゾッとする話である。
SNSにあげた絵も一向に評価されず、焦りを感じながらも絵を描けない日々が続く中で絵名の心を救った……いや、一瞬でも救ってしまったのがSNSへの自撮り投稿である。
後述するがこの女は滅茶苦茶にツラがいい。そんな彼女の元に、人気の投稿通知として届いたのが自撮り写真だった。
その結果、そのツラの良さも相まって700いいねという小バズりを見せる。これがイラストだったらどんなによかったものか。
賞賛のコメントも当然多数。他人からの承認を求めていた絵名にとってこの出来事はまさにオアシスだった。
気分をよくした絵名は張り切って絵を描き始めるも……
ここからはもう悪循環でしかない。自分の写真を褒められても、肝心の絵は認めてもらうどころかまともに描くことすらできない。休憩と称して再び写真をあげると、再び大量のいいねとコメントがつきはじめる。
形はなんであれ『自分が認められる方法』の甘い蜜を覚えてしまった絵名はどんどんその頻度を増やしていってしまう。
止められるならこの時点で止めてやりたい。「あれっ、前髪ちょーぜつさいきょーじゃん!」とかどーでもいーのに言っちゃってるんだろうか。歌詞で人を刺すのはやめてくれ、マナー違反だぞ。
改めて思い返しても、絵名周りに関してはここが本当に一番キツかった。
代替手段や逃げ道への依存なんて、やってることが自分と同じなんだから。
現実逃避は簡単で効果的だ。やるべきことや辛いことから目を背け、嬉しいことや楽しいことになりたいのは全人類の夢だろう。その方が幸せに決まっている。
しかしクリエイターという人種はそうはいかない。
特に私や絵名のように生み出した作品を通して自分の存在を認められたいと思っているタイプにとっては、そこから逃げている時間も苦しみになりえてしまう。
現実逃避で承認欲求を得ても意味がないことを、誰に言われるまでもなく自分が一番わかっているからだ。要するに問題の先延ばしではなく、自分から存在意義を放棄しているのと同じなのである。
ちなみに小説に関して言うと、承認欲求を満たしたいだけなら、全然伸びない一次創作より伸びる二次創作を投稿した方が圧倒的に効率がいい。
それは素材に甘えている証であり、自分の技術の未熟さからは目を背けているに等しいが、まぁでも小説は書けているし、とりあえず投稿もしているので私の場合はまだ軽傷であると言える。
しかし絵名はよりにもよって、自分で『自撮り』の才能があるんじゃないかと口にしてしまうのだ。
絵を描くことには何の関係のない才能、絵を描かない、描けない自分への絶望。分からなくなってしまった自分の存在価値。
絵名の心が完全に折れたのは、おそらくこの瞬間だっただろう。心の底から同情したし、心の底から絵名が愛おしくなった。『この世の全てを敵に回しても彼女の味方で居たい』という言葉が自分の口からあんなスラっと出るとは思わなかったが。
しかし、わかっていてもやめられないのが現実逃避の恐ろしいところである。そんな自分なら消えてしまいたいとすら思い始めた瞬間、彼女の心を真に救ったのが我らが主人公、宵崎奏の作った楽曲だった。
もうこの辺からはそろそろ奏『さん』である。
これをきっかけに絵名はスランプを脱出し、再び絵が描けるようになった。そしてニーゴの結成へと物語は動きだす……というのがこのイベントの大筋なのだ。
…………ふぅ。
し、しんど~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
なんこれ。こんなキツいと思わんかったわ。二回目とか関係ないわ。また私の体調にダメージを与えやがって。許さんぞ。
辛くなってきたので、ここで日野森雫をひとつま…………
あ~あ、日野森雫ガチ恋勢兼桃井のアンチになって(リアルで仲がいいことへの嫉妬) その後にライブで桃井のパフォーマンス見てファン落ちしたいな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
すみません間違いました。
このイベント後、絵名のメンタルはかなり安定するので一安心だ。
持ち前の素直さ、正直さと『姉力』を発揮、存分に活かしまふゆのメンタルケアを務めたり、『好きを描いて♪レインボーキャンバス』では穂波マm……望月(感傷を避けるためry)や鳳えむと共に、幼稚園児たちに向けたドローイングイベントを通してこれまでとは違った形で『絵』と向き合っていくことになる。
この時の絵名の特訓後イラストはあまりにも色気がありすぎるので彼女の描いた『独特な色使い』の絵がお披露目されているので必見。
順番が前後してしまったが、絵名が初めて主役を張る『満たされないペイルカラー』も忘れてはいけない。
この頃の絵名は、未だ他人からの評価に囚われている。ひょんな事から超ハイレベルなコンクールへの応募を決意するが、肝心の絵を描こうとする原動力は『父親を見返したい』や、『褒められたい』という気持ちから変わっていない。
正直、何かを生み出す立場の人間がこれを一番の原動力にするのはよろしくない。
それらの感情が乗った作品を作りたい。と言う想いが先に来るならまだわかるが、そんな感情だけで作るものなんてそれこそ承認欲求の塊、具現化のようなもので、誰の心にも響かないし、見たいとも思われないだろう。
恐らく、絵画教室の雪平先生はそれを見抜いていたのかもしれない(伏線回収が丁寧すぎる)事実、彼女なりに必死に努力して臨んだコンクールもなんの成果も得られずに終わってしまう。
絵名の承認欲求が再び悪い方に作用してしまった結果、1度は自分の存在意義である絵を描くことを辞めてしまおうとさえ決意してしまうのだ。もう部屋もぐっちゃぐちゃにして大変である。モノにあたってはいけない(戒め)
まぁ、この気持ちはちょっとわかる。
身近に奏とまふゆという、モノづくりの天才がいて、曲の方はずっと高い評価を得られているのに、自分の書いたイラストについてはあまりいい感触が無かったのなら自分がやってきたことへの意味を見失いかけてもおかしくはない。
カテゴリは確かに違うが、評価されるという点に関しては完全な上位互換が居るのだから。
傍から見たら面倒くさい女だが、私は面倒な女を好きになりがちなので却って愛おしく感じた。この時点で引き返していれば……しかし絵名も決して馬鹿ではない。自分の気の持ちようが良くないことなんて、最初から分かっているのだ。
私が絵名のことを本格的に好きになったのは間違いなくこのイベント、この言葉がきっかけだった。すげーよくわかるよ、本当に。
描かねばならない、描きたいと思っているのに、他人から称賛を貰えないないのであれば意味がない。でもこれは言い訳でしか無くて、絵名もそれを分かっているのだ。おまけに自分の中で相反する感情があるというのは中々に辛い。自分のやりたいことに対するものなら尚更だ。
そんな彼女の心を再び救ったのが、ニーゴメンバーの作った曲と言葉だった。
単純な言葉だが、クリエイターには単純な称賛が一番効果的だ(にしても奏さんはパーフェクトコミュニケーションがすぎるだろ)
この曲に絵をつけたいと改めて決意を固めた絵名は、悩みながらも自分の絵を必要としてくれる人たちのために藻掻き続け、結果的に自分の描きたいものを描くことに成功する。
前述したが『傷つきながらも自分が作りたいものを作るために努力する姿』『自分の生み出すものを好きと言ってくれる人のために、描きたいものを描きたい』と行動する絵名は本当に魅力に溢れている。
画材で顔が汚れるのも気にせず自分の気持ちを形にしていく様子は、創作者かくあるべきと思えるものだ。
もちろん、このイベントの裏MVPである絵名の弟、彰人の活躍も忘れてはならない。父親の『才能がない』発言の真意が明かされるのもこのイベントだ。
最後は父親とのわだかまりがほんの少しではあるが解消され、僅かな称賛と遠慮なく指摘された改善点に一喜一憂しながら、完成したものを直してみようかな。と思い始めるところで物語は幕を閉じる。
これまでのことを鑑みれば、間違いなく絵名は大きな大きな一歩を踏み出したのだ。
というか、このイベントを経て次の絵名イベで本格的に絵に対する心境の変化が生まれるの、バチクソにエモくないですか?いっぱい食って大きくなれよ…………
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おまけ
~閑話休題~
そろそろ前向きな話をしたい
ニーゴ加入イベ以降、絵名は『救われる側』から『救う側』にシフトしたと言っても過言ではない。確固たる目標を見つけた結果、絵を描くことそのもの迷いがなくなったからだ。
依然として自身の技術力に四苦八苦しながらではあるが、それでも確実に進もうと絵名は絵画教室に通いながら努力を続けていた。すべては、奏たちの作った曲を、絵として表現しきるために。
『願いは、いつか朝をこえて』では、そんな絵名の素の性格にスポットがよく当てられる。情に厚かったり、意外と強かだったり、我儘だったり……
更に東雲家の日常……そしてそこに入り込んだ、母との間に確執が生まれつつあるまふゆ、という面白い場面を見ることもできる。個人的には理不尽な姉として振る舞う絵名を見られる時点で神イベント決定と言ったところだ。彰人とのやり取りも必見。
まふゆとの一対一の会話、目の前で作詞の作業に集中する姿を通して彼女の心に触れ、苦手としていた『自分の伝えたいものを絵で表現する』ことに成功する。技術に関してはまだまだでも、絵名にとっては大きな『成長』だ。しかも創作の動機としては最高峰の『作りたくなったから作る』で成功するおまけつき。
この時が1番作業の進みがよく、ある種ゾーンに入ったような感覚になる。この時にある感情はただひとつ……
『楽しい』だ。(今のわたしもそうだよ!)
『まふえな』というカップリングの強さを思い知らされるイベントでもある。こいつら遠慮なく本音で会話するから見てて面白いんだよな。絵名関係のカプは全部好きなんだけど。かなえなとえなほな増えろ~。
そんでもって、このイベントを経て聞く『Iなんです』の破壊力たるや!
歌詞の紹介をしようと思ったが、全部が素晴らしいのでとりあえず聞いて欲しい。私は1番のBメロと2番のAメロがお気に入りだ(カバー曲のちくちく歌詞が嘘のようだぜ)もちろん他の楽曲もオススメだ。絵名のCVは歌うま声優で有名な鈴木みのりさんなので、安定した歌唱力と表現力がある。
ニーゴは全員歌が上手いが、その中でも絵名はバランサーのような役割だと思っている。まふゆと瑞希はカッコ良すぎだし、奏はめちゃくちゃ透き通った綺麗な歌を聞かせてくれる。各種イベントとリンクした楽曲もカバー曲も、それぞれの魅力を持っているのは土台がボーカロイド故だろう。
まとめ。
長々と書き続けた結果、ようやく自分の気持に整理をつけることができた。短期間でここまで入れ込んだキャラクターは久しぶりだし、ここまで共感したのは初めてだ。粗方ストーリーを読み終えた頃に体調を崩したのも流石に初めてかもしれない。
単純に好きになるよりもよっぽど深いハマり方をしてしまったのでこれからどうなるか全く予想がつかないし友人からは常にガチャで脅されている。助けて
でもしょうがないじゃないか。
作っているもののジャンルは違うのに他人を見ているような気がしなくて、自分が既に過ぎ去ったはずのところで苦しんでいる絵名を見た時は、本当に心が苦しくて救ってあげたくなったのも事実なのだ。東雲絵名の虜になっちゃったLady Lady……
そこ、壮大な自傷とか言わないでほしい。必要な行為なんだこれは。
しかし絵名の苦悩はこれからも続くだろうし、挫折したくなる時が再び訪れるかもしれない。
でも私は、東雲絵名という少女の強さを信じている。
逃げることの辛さを、傷つくことの怖さを知った彼女なら、これからも成長することができるはずだ。
東雲絵名の未来が怖い希望に満ち溢れたものであることを祈っている。
じゃあ最後はIQを下げて絵名の可愛いイラストを見ながら終わりにしま~~~~す!
てか東雲彰人くん、これと毎日暮らしてるの!!?!?!?本気!?!?!?!?!?!許せないんだけど!?!?!?!?!?!?
あ~あ。
東雲家になりてェ~~~~~ッ……………
-おわり-
-ほんとのおまけ-
『そしていま、リボンを結んで』を読み進もうとするぼくと友人のやりとり↓↓
-ほんとにおわり-