とある吹奏楽部による狂騒曲
今日もまた下手くそなトロンボーンが聞こえる…
僕らは出来て間もないとある高校の4期生として入学した。出来て間もないわけだから、既存の部活も限られていたわけだ。それでもスポーツ系の部活は野球やサッカー等のメジャーどころはあるにはあったが、文化部は壊滅的だった。殆ど何にもない。運動系は元々苦手だったし、このまま何処にも属さずに帰宅部で良いか、なんて考えていたのが正直なところ。しかし、あいつの存在が、僕の、僕らの青春を狂わせたのだ。
「ねぇ、ここって吹奏楽部ないじゃん?俺さ中学の時吹奏楽部だったから、作りたいんだよね。どう?入る部活決まってないなら、俺と一緒に作らない?」
気が付けば、僕は吹奏楽部の1期生。しかも部長だった。そしてあいつは副部長という立場になっていた。あいつは自分で作っておいて部長の座は僕に譲った。部員は全部で3名。部活動の新設の際、最低でも3名が必要だったので、僕とあいつの他に誰か1人を誘う必要があった。そして、僕はあの子に声を掛けたのだ。誘った理由は…そう、シンプルにあの子が気になっていたから。小柄で、童顔で、周りの子たちに声を掛けられれば、気軽にワイワイやる普通のあの子。普通に笑ったりはするけれど、気づけばいつも本を読んでいるあの子。あの子の存在も僕を狂わせる。
入学して間もない4月のある休み時間、僕が初めてあの子と会話した一言目はこうだった。
「その本、面白い?」
そしたら、本を静かに閉じて無表情でこう返してきた。
「うん、面白いよ。君に貸してあげるから、これ読みなよ」
嗚呼、これがあの子の本当の表情なのかと思えた。その日を境に、僕らは友人となり、僕だけが恋に落ちたのだ。
吹奏楽部の活動はそれなりに面白かった。今まで楽器を演奏した経験と云えば、小中の音楽の時間にやったピアニカやリコーダーぐらいだったから、悪戦苦闘しながらも、本格的な楽器演奏は僕に沢山の刺激をくれた。因みにだが、あの子も楽器の演奏経験はなく、僕とあの子は、あいつに楽譜の読み方から習ったのだ。
半年も過ぎるとある程度曲が演奏できるようになっていたが、どうあがいてもあいつにはかなわない。経験の差が違う。僕はその違いを受け入れていた、いや、半ばあきらめと云っても過言ではなかったが、あの子は違った。少しでも良い音色、そしてあいつへ追いつくために毎日誰よりも早く部室へきてトロンボーンの練習をしていた。僕が部室のある階へ来ると、今日もまた下手くそなトロンボーンが聞こえた。
「ねぇ聞いてよ。あたし、彼氏が出来たんだ。皆には内緒だよ」
「え、そうなの?誰?」
「…えっとね、同じクラスで…部活も一緒で…」
今まで歩んできた人生で最も暗い日はいつかと問われれば、間違いなくこの日を答えるだろう。その日の深夜。こっそり家を抜け出し、近くの公園のベンチでメソメソと泣いた。
それでも昨日と変わらない、日常が今日もやってくる。朝起きて、朝食を食べて、支度をして、高校へ行って、勉強して、友だちとダベッて、放課後は部活に勤しんで、家に帰って、夕食を食べて、風呂に入って、ダラダラ過ごして、布団に入って、また朝がきて…
「いや~、あいつがね…でね…でさ…笑っちゃうよね」
「…うん、そうだね、確かに笑っちゃうね」
電話で話すたびにあいつの話。確かに、自分はいったい何をしているのだろうと笑ってしまう。それでも、あの子の支えになるならばと心を殺して友人に徹したんだ。勿論、あいつの前でも、一友人として接してきた。だって、僕とあの子以外、あいつと付き合っている事を知っている人間はいないのだから。
あの子が学校を休んだ。学校を休むこと自体は珍しくないのだが、それが3日連続だったから珍しかった。これは何かあると思い、何気なくあいつに聞いてみる。
「そう云えば、最近連続で休んでるけど、何か知ってる?」
「は?何でそんな事俺に聞くの?知るわけないじゃん。」
「だよな」
その日の夜、僕はあの子に電話をかけてみた。数回コールの後にあの子が電話に出た。
「よ!元気してっか?いや~3日連続で休んだから心配になっちゃってさ。体調悪いんか?」
「…」
「あれ?どうしたん?何かあった?何でも聞くぜ!」
あの子は、電話越しにグスグスと泣き始めた。
「き、聞いて…。あいつに、あいつにひどい事された」
「⁉」
一週間後、あの子は学校を辞めた。そして僕は部活を辞めた。あの子がいない部活になんの未練もなかった。だけれど、学校を辞める勇気までは出なかった。あいつは平然としていた。あいつの日常を謳歌していた。吹奏楽部は解体。もう、あの下手くそなトロンボーンも聞こえない…
僕は、大人になってからもあの子を思い、あいつを憎み続けるのだろうか。正直それは分からない。分からないが、僕の青春は今も狂狂と歯車が回り続けている。