沼御前
福島県の沼沢沼に巣食う大蛇の妖怪。昼は美しい女の姿だが、夜になると大蛇の正体をあらわすのだと言う。
世はまさに大鎌倉時代。当時の会津を仕切っていたのは佐原義連という豪胆な武将でした。彼は神奈川の族あがりで、かつての全国抗争(源平合戦)では源氏の特攻隊長を務めた伝説の男です。どんくらいのレベルの伝説かというと、一ノ谷の合戦の「鵯越の逆落し」では、べつに頼まれてもいないのに急勾配の断崖を先頭切って敵陣へ特攻(ぶっこ)んでいき、敵軍どころか源氏方大将の義経をも驚かせ、義経の顔のコマには週刊少年マガジン編集部の手によってどデカい「!?」の写植が貼られた、というくらいの疾風伝説なのです。
そんな彼のシマでチョーシくれてる妖怪がいるというので、佐原くんはその妖怪大蛇をシメるべくチームのメンバーたちと沼にパラリラパラリラ筏を漕ぎ出しました。
「ヤベーよ佐原くん! “大蛇”の野郎、“沼”の底から出てこねーゼ!」
「“こんなトキ”はよォ、“大蛇”の“悪口”をみんなで言い合って、ヤツを怒らせておびき出すんだヨ……」
「!?」
そんな小学生レベルの作戦が齢数百を経た化生に通用すンのかよ……やっぱ義務教育って大事だったんだナ……などと驚き呆れた部下たちですが、ヤンキー社会は縦社会。言われた通り船の上からボキャブラリーの限りをつくし水面に向かってメンチをきりまくりました。
「このヘビがぁ! あんま“チョーシくれ”てっと“バラ肉”にしちゃよぉ!!」
「そのドタマかち割って、潰れたトマトみてーにしてくれんゾ……?」
「“ハラワタ”引きずりだしてその口に突っこんでやっからよォ……」
彼らにとって幸いなことに、沼の主は団塊世代なみに怒りの沸点が低い妖怪でした。さすれば、にわかに空がかき曇り雷鳴がとどろき、大入道の姿に化けた主が出現したのです。
「!?」
激しくガンをくれあい、そして取っ組み合いながら水底に沈んでいく佐原くんと大入道。
「!?」
そして何事もなかったかのように静まり返る水面を見つめ、呆然とするチームのメンバーたち。
「佐原くんが……“死(や)”られた!?」
「!?」
しかし見よ。静謐な水面が再びさざめきたったかと思うと、巨大な大蛇の鎌首が浮上、しかも大蛇は苦悶の表情を浮かべ、沼の水は蛇の血でみるみる真っ赤に染まっていくではないか。そして大蛇の頭上でヤンキー座りをしている御大将のいさましさ。彼は大蛇に飲み込まれはしたものの、兜に縫い付けた観音菩薩のエンブレムのご加護で猛毒ダメージをまぬがれ、そして蛇の腹を切り裂きみごと脱出に成功したのであった。
「佐原くん!! 無事だったのかよ!?」
「テメーら! 行こうぜ、胃袋の向こう側へ!」
「!?」
とまあ、なんかよくわかんないけどマジカルでソリッドなヤンキー力によって大蛇は退治されたのです。
佐原くんは大蛇のそっ首を叩き切って土に埋めたものの、大蛇はなおも土中から機を織るような音を出すなどして怨念パワーをアッピールしてきたため、その地に神社をおっ建てて大蛇を祀りましたとさ。さすがはヤンキー、地元の祭りと親和性が高いぜ。
しかしそれから五百年を経てなお大蛇の怨霊は鎮まらなかったらしく、江戸時代の『老媼茶話』にはこんな話が載っているよ。
金山谷三右衛門という猟師が沼沢湖で鴨猟を行っていた折、向こう岸にハクイいスケ(現代語訳:きれいな女性)を見つけました。
「ヤベェ、“工藤静香”みてーに“きれい”な女がいんぞ!」
佐原くんのヤンキー遺伝子を色濃く受け継ぐエリートヤンキー金やんがヤンキーアイで凝視したところによると、女の歳は二十歳くらいで、腰まで沼につかってお歯黒を付けていました。さらによく見ると、女の髪の毛は6メートルほどもあり、それが蛇のように水面をうねっていてなんとも禍々しい。金やんはこの地に伝わる特攻伝説を思い起こし、この女こそ大蛇の化身「沼御前」に違いないと確信。喧嘩は先手必勝とばかりに問答無用で鉄砲をぶっ放しました。
「!?」
胸を撃ち抜かれた女は水中に没しましたが、途端に大雷電のごとき轟音が響き渡り、波は荒れ、水煙が立ち込めてあたりは闇に閉ざされたそうな。
「ヤベェ! “不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまった!」
などと、意味不明の供述をしながら金やんは一目散に家へと逃げ帰ったとさ。沼の付近は雷・暴風・大雨警報が三日にわたり発令され続けたものの、その後は特に祟りとかもなく、この武勇伝を持ちネタにした金やんは近所の後輩から崇敬のまなざしで見られたそうな。めでたしめでたし。