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【交換日記】あっちゃんへ 白く光る【5ページ目】

 お返事を考えているうちに夏が過ぎ去り、一年中こうだったらいいのにと思える秋の気候も、まだ冬ではないけれどすっかり寒くなってしまいました。
 天気の話題って薄っぺらい世間話の代名詞のようにされているけれど、私は結構好きです。暑いね、寒いね、と共感し合ったり。私は衣替えがとても苦手なので、最近はマフラーを巻いているのに素足にサンダルで歩いていて、友人に笑われています。

 交換日記はお返事をもらうのも、こうして考えているのも楽しいから、最近は小学校で禁止されていると聞いて驚きました。
 でも思えば、私が小学生の時も交換日記を巡って仲間はずれや誹謗中傷が起こったりしていたので、学校側としてもトラブル回避したいのかなと思います。
 誹謗中傷っていうのがすごく悲しくて、四人くらいで書いていた交換日記のノートに「◯◯死ね」って友達の名前が書かれてたの。誰だかわからないようにわざと大人びた筆跡で。メンバー間で実は恨みがあるのかと思ったら動揺してしまって、でもいま思うと一緒に交換日記を書けなかった誰かがこっそり書いたのかもしれないし、わからないね。
 結局、交換日記を禁止しても、いまはLINEなんかで同じことが起きているのだろうし、それを考えると返信するまでに十分な時間を取れる交換日記のほうがまだ平和な気もしますね。

 あっちゃんはどんな子どもだったんでしょう。たぶんいまと同じように「ほっといて。」と思っている女の子だったんじゃないかと想像して微笑ましくなります。
 京都に滞在している間は、頻繁にあっちゃんの喫茶店で珈琲を飲んでいるけど、真顔で接客しているあっちゃんを見ていると「孤高だなあ」と思います。私はすぐにへらへらしちゃうから。そして喫茶店で働いている時と同じように、学校行事でもほかのお母さんたちと馴れ合わないあっちゃんを想像すると、やっぱり気高いなと思います。
 せっかく学校を卒業しても、大人になって子どもの学校行事に参加したら、またお母さんたちの間でクラス内のヒエラルキーと同じようなものが発生するんでしょうか。なんか、苦笑いしちゃうね。
 あっちゃんはたしかに「ほかのお母さんとちがう」と思うけど、それは特別なお母さんってことだと思います。私の母親も完全に「ほかのお母さんとちがう」タイプだったけど(笑)、私はそのことが実は嬉しかったよ。いわゆるお母さんっぽくないというか。
 たぶん母親もほかのお母さんたちと群れるのが苦手で、私の同級生たちに混ざって全力で遊ぶような人でした。その割に私のことはあまり子ども扱いしないところがあって、それもあって私はよく大人びていると言われる子どもでした。
 あっちゃんがお子さんと友達みたいに接しているのを見ていると、私は結構あっちゃんの子に感情移入してしまうんだよね。私はあんなに賢くなかったけど。

 そもそもずっと母と子の立場だったら、子どものほうに感情移入しやすいほうではあって、それは私が母親になったことがないからなんだけど、実はいま不思議な期間を過ごしています。
 数日前に胚移植(受精卵を子宮に移植する治療)を受けて、いま妊娠判定を待っているところなの。すごいよね、胚移植から12日後には採血だけで妊娠してるかわかっちゃうんだって。検査するまでってなんだか不思議な期間で、妊娠しているわけでもないし、でも子宮に胚があることはわかっているし、人生にこんな12日間が存在するなんて考えてもみなかったよ。
 胚移植をしている時、エコーで映像を見ていたんだけど、子宮に入ってくる瞬間の胚が小さく白くきらきら光っていたのが忘れられません。体内に命のはじまりがあることも、想像していたよりずっと嬉しくて、いまは妊娠するかわからないからあまり喜んでもいけないんだけど(その分あとで傷つくことがわかっているから)、それでも気持ちが上ずっています。
 あれだけ大好きだったお酒もすんなりやめていて(本当は妊娠してからでいいらしいんだけど、願掛けも兼ねてやめました)、数日前まではちょっとでも空き時間があったら飲み屋に入っていたから、つい癖で飲み屋に入りそうになったりお酒を飲みそうになる瞬間が一日に何回もあって、その度にお酒をやめる決断をするとともに、何か母親としての自覚みたいなものが芽生えているのを感じています。
 母親としての自覚って書くと、なんだかつまらないような感じがするけれど、実際には全然退屈じゃなくて私には嬉しい感覚です。
 だから、いままでは子の立場に感情移入していたけれど、いまは孤高のあっちゃんに「げんきなお母さんでいよう」と思わせることができる子どもの威力というのを少しだけわかった気になっています。

 ここまで書いておいて、また子の立場の話に戻るけれど、最初の日記に大人になってから父親の手に触れて赦された気がしたと書きました。その理由はもっと後になってから考えればいいやと思っていたけれど、ふと子どもの頃にもっと父親とのスキンシップを取りたかったからかもしれないと思いあたりました。
 さっき母親が「ほかのお母さんとちがう」ことが嬉しかったと書いたけど、私はなぜか父親にはステレオタイプな父娘関係を求めていたような気がします。「ちびまる子ちゃん」に出てくるたまちゃんのお父さんみたいな、娘を溺愛する父親像という感じ。まあでも、ないものねだりなんでしょうね。

 『鬱の本』(点滅社)を読んでくれてありがとう。あの原稿、あっちゃんの喫茶店で書いたんだよ(笑)。
 私はいまあっちゃんが前に教えてくれた江國香織の『読んでばっか』(筑摩書房)を読んでます。どちらの本も短い文章で本の紹介が書かれているから、疲れていても読みやすいよね。
 あっちゃん、今日は頭痛で寝込んでいるとのこと。はやく治って、ゆったり本でも読めるといいなと思っています。

【交換日記メンバー】
■姫乃たま(ひめの たま)
 1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャーデビュー。同年4月に地下アイドルの看板を下ろし、現在は文筆業を中心にラジオ出演や音楽活動をしている。
 2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。著書に『永遠なるものたち』(晶文社)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)など。音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』などがある。
■あっちゃん
 愛想のない店員。右利き。

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