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【交換日記】あっちゃんへ 居場所のなさ【3ページ目】

 こころすさみちゃんになっているところ、お返事をありがとう。
 当たり前だけどお返事はあっちゃんの文章で書かれていて、私はしみじみそのことが嬉しかったです。いつも私の文章は編集さんが最初の読者で、仕事としての感想や時に加筆修正の要望なんかが届くので、いきなり私が書いたことに対して感想ではなくて返事の文章が届いたことも、そうなるとわかっていたはずなのになんだかびっくりしました。本当に交換日記が始まったのだと、ようやく愉しい気持ちで実感しています。
「私のインスタを読み込んでいるんじゃないか」と書いてあったけれど、その通りで、私はあっちゃんのインスタグラムの文章が好きです。
 私にとってあっちゃんは旅先の喫茶店にいる店員さんであって、住んでいる場所もうんと離れているし、もともとインスタグラムでただゆるく繋がっているだけだったけれど、かなり気まぐれに更新されるあっちゃんの文章を読んでいて、一方的に親密な気持ちを抱いていました。
 あっちゃんの文章には人の心の壁を取り払う魅力があると感じていて、私はいい文章を書く人を無条件で尊敬しているので、だからたぶんあっちゃんのことをずっと好きだと思います。

 初めてふたりでごはんに行った時、私も緊張していて、実は何を話そうか何日も考えていました。
 一ヶ月も前から素敵な小料理店を予約してくれて、でも中途半端に早く待ち合わせてしまったので、とりあえず適当なアイリッシュパブに入りましたね。まだぎりぎりハッピーアワーの時間で、半額になるビールはなぜかジョッキが異様に大きくて分厚くて、私たちはまだ何を話すべきか互いに迷いながら、おまけに重たいビールジョッキを口元に運ぶのが大変で、動きも何もかもが少しぎこちなくなっていた気がします。
 実際にふたりで向き合って座ってみて、露骨に探り合うわけじゃないけれど、お互いの雰囲気をなんとなくわかり合って、私たちが選んだ会話のテーマが「病み」でした。何日も考えてたのに、いきなり病みの話になるのだから、会話って面白いよね。
 ややぎこちないふたりが話すには早急な話題のようにも感じたけれど、私はあっちゃんと親しくなる予感があったから(というより、親しくなりたい気持ちが明確にあって食事に誘ったから)、話す内容に遅いも早いもないと思い直して、病みについて話し始めたのを覚えています。

 あっちゃんは娘さんが生まれるまで、ずっと病んでいたと話していましたね。私も結婚するまで、ずっと大変でした。いまも完全に病んでいないわけではないけれど。
 アイリッシュパブから目的の小料理店、それからオーセンティックバーにも付き合ってもらいながら、あっちゃんの話を聞いていると「病み」の根源に家族との関係があるように感じました。
 あの日聞いた具体的なエピソードを私からは書かないけれど、あっちゃんが年齢を重ねるほど「忘れんぼうになって」いて、それにも関わらず「嫌なことほど覚えている」と知ると、私はやっぱりそれを文章で読んでみたいなと思いました。
 私は十代の頃から長らく躁鬱病を患っていて、鬱状態の時に支えになっていたものはいろいろとあるけれど、そのうちのひとつが文章を書くことでした。精神的に辛い時ほど、現状が文章の形になって頭の中に流れ込んでくるので、それを書き出してインターネットや本で公開することによって、心がなんとか保たれていたように思います。

 少し話が横滑りするけれど、私は躁鬱病と並行して、人前に立ったり、文章を書いたりする仕事を続けてきました。16歳で仕事(フリーランスの地下アイドル)を始めた頃、私はまだ人との付き合い方が苦手で、自分で「コミュ障(だから大目に見てください)」と主張してしまうような人間でした。
 初めてついた担当編集者に「そういう自己紹介は相手に気を遣わせるよ」と諭されてから反省して、自分ではコミュ障だと言わなくなったのですが、だからと言っていきなり人付き合いがうまくなるわけではありません。
 私はぼっちちゃん(昨夜『ぼっち・ざ・ろっく!』を観せてくれてありがとう。あっちゃんの娘さんと旦那さんと四人で夜な夜なポップコーンを食べながらアニメを見るなんて思ってもみなくてとても楽しかったです)みたいに、わかりやすい人見知りではなくて、人前に立つのは最初から得意なほうでした。一対一の関係よりも、一対大勢のほうが気楽だったのです。
 地下アイドルとしてファンの人たちのことを考え続ける仕事を十年間やり切って、いまの私は友人や家族との一対一の関係をとても大切にしているのだけど、なかなか長年の癖って抜けないですね。あっちゃんからのまっすぐで素直なお返事の文章を読んで、私の一ページ目の文章はやっぱりどこかで複数人の読者の目線のほうに逃げていたと感じています。あっちゃんひとりに向かって文章を書くよりも、複数人の読者に向けて書いたほうが、受け止めたいところは好きに受け止めてもらって、興味のない人には流してもらえるから、気持ちが楽なんです。でも私もあっちゃんみたいに素直な文章を書きたい。

 私の病みについて思い返すと、その始まりは幼稚園への入園にあるように思います。
 私は自分と母親は同じ人間だと思っていて、生まれてからずっとそばにいて、それなのに急に幼稚園という社会の中に放り込まれて、母親と引き離されて、徐々に私は母親とは違う人間なのだということを知り、孤独になっていったような気がします。
 母親と離れてから(これ、日中幼稚園に通っているだけの話ですよ。笑)、私もいつか家族から離れて、自分で自分の家族を作らなければいけないんだなと思うようになりました。それはすごく孤独で途方もなくなる気持ちでした。いま思うと、そういう考えが根底にあったから、私はずっと人付き合いが上手くなかったのかもしれません。いちいち「この人と家族のような関係になれるだろうか」と考えていたら、当然人付き合いのハードルは過剰に高くなってしまいます。ふふふ、気持ち悪いね。
 いまこうして文章にするまで全く言語化できていなかったけれど、結婚して自分の家族を得たことで、その孤独な戦いが一つ終わったのだと思います。婚姻制度に関しては思うところもあるのだけど、母親が父親と結んだ関係を、私も夫と結べたということが大きかったのだと思います。
 さて、いざ素直に文章を書いてみると、やっぱりこんな個人的な話をあっちゃんに投げてもいいものか不安になりますね。私は結構人の話を飲み込みやすいほうなので、他者も自分と同じように私の話をものすごく正面から受け止めてしまうのではないかと心配しているのかもしれません。

 最後に面白かった本のことだけど、最近、南Q太さんの短編集『ぼくの友だち』を買ってから何度も読み返しています。LGBTQ+がひとつの共通したテーマにもなっているんだけど、性自認で悩んだり揺らいだりしている人たちだけでなく、なんとなく自分の居場所がここではないように感じたことのある人には誰にでも響く漫画だと思います。私もずっとここではないどこかに行きたかったから。
 二ページだけ収録されているQ太さんのエッセイもとても素敵で、大変な出来事がすごく簡素に書かれてるの。自分のことをこんな風にだらだら書いてるのが恥ずかしくなるくらい(笑)。
 あっちゃんの荒んでしまった心に凪が訪れることを願っています。あと今夜ふたりで飲みに行くの楽しみにしています。

【交換日記メンバー】
■姫乃たま(ひめの たま)
 1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャーデビュー。同年4月に地下アイドルの看板を下ろし、現在は文筆業を中心にラジオ出演や音楽活動をしている。
 2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。著書に『永遠なるものたち』(晶文社)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)など。音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』などがある。
■あっちゃん
 愛想のない店員。右利き。

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