3大欲求
つわりによる脱水で緊急入院してから半年が経った。
一年の半分以上を、おなかの子どもと過ごしている。
何もできないほど身体がつらかったのは2か月ほどで、幸いなことにその後に訪れた、いわゆる安定期はわたしの場合は文字通りわりと安定した日々だった。
後期つわりというやつか、推し広げられて巨大になった子宮に胃が押されて多少吐き気があることもあるがその程度で、今のところ子どもは順調、異常なし。
仕事はやめてしまったので、基本的には毎日暇である。
暇なので、何かできると思っていた。
したいことはたくさんあった。
子どもが産まれたら自分の時間はなくなると思うので、今がチャンス。
コロナのこともあるので、なんでもできるわけではないものの、本を読むとか小説を書くとか、そういうことはできるはずだった。
現実には、何もしていない。
毎日のように二度寝や昼寝をしてしまう。
インスタやアマゾンで子育て情報や出産準備用品を眺めてばかり。
つわりの終わりとともにやってきたすさまじい食欲を抑えられない。
日に日に大きくなってゆくお腹や、地味すぎるマイナートラブル(わたしの場合、かゆみや頻尿など)、毎日1日ずつ減ってゆく予定日までのカウントダウンに戸惑いつつも、基本的にはすることがなく、暇なのに。
わたしは何をする意欲もわかなかった。
一方、夫はとても充実しているように見える。
毎日仕事に出かけてゆく。
趣味のゲームを、友達とオンラインで楽しんでいる。
当たり前だが体調に変化はない。
いいなあ、とうらやましく思った。
わたしの24時間のほとんどは、3大欲求で占められている。
食べたい、寝たい。
性欲というのかどうかわからないけれど、妊娠中の子のことばかり考えてしまうのはそこに含まれるのが自然だろう。どう考えてもメスの本能そのものだ。
そこにプラスされるものがあるとすれば排泄で、これはわたしの場合、日々少しずつたまるものを文字におこしてSNSなどに流すことがそれにあたる。
3大欲求と、排泄。
それがわたしの半年間の現実だ。
もしわたしが退職せずにいたら、今はまだ産休前である。
退職しなかったとしたら、こんな本能むき出しのメスではなかったのだろうか。
でも。
何度考えても、これはこれで仕方のないことだった。
元々子どもが苦手で、親になる意欲も覚悟も興味もなんにもなかったわたしにとっては、巣ごもりをする動物のように、半年間自分の身体と子どもを守ることだけに専念する必要があったかもしれない。
仕事や趣味を楽しみながらマタニティ・ライフを楽しめるタイプの人もなかにはいるだろうが、わたしはそうではなかった。それだけの話だ。
遅くともあと2か月後には、子どもが誕生している予定である。
ここへきてようやく少し、本が読めるようになった。
本を読むことに楽しさを感じる。
イラストの多いものやエッセイなどを読んでいるが、フィクション(マンガや小説など)もそろそろ読めそうな気がする。
ソファに腰掛け、お腹の上で本を持って読んでいると、赤ん坊に突き動かされて「ボコンボコン!」と本が揺れる。
こんな日々は長くはないよと言われているようだ。
産後はきっとまた、動物のメス状態になるだろう。
おろおろと子どもの世話をし、ガルガルと周りに牙をむく自分が目に浮かぶようだ。
だけどしばらくしたら、また何か読もう。
絵本や育児書から始めて、エッセイやノンフィクション。小説が読めるようになるのはずいぶん先かもしれないけれど。
きっと「書く」ことは、わたしの身体から離れないという確信がある。