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占い師の心が帰る場所

占いう側を目指すなら、とっても大事なこと。
普段のあなたのその生活そのものが
ストレスと疲れと、痛みの多いものだったら・・?
相談者さんと向き合う占う側のあり方について
今日は語りたいと思います。

ヒメゴトタロットの福永えりかです。
タロット歴は12年をこえました。

振り返れば、10代からあまり平凡ではない道に
自然と立たされていました。
20代は、自己紹介の投稿でも書いていたように
大好きな職から離れたことや離婚など・・
そんな、不安や苦しみも多かったこれまでだったからこそ
今の自分のあり方をとても気に入っています。

コロナの中で久々に会った人たち

私が住んでいる地域では、現在
コロナの感染者数もかなり落ち着きを取り戻し
ステージ引き下げも実行されることとなりました。

私は2年ほどずっと関わっている
地域の子ども食堂があります。

先月、先々月は感染者数が百人をこえ
開催が果たせず、子ども食堂に関わるみなさんと
会うことができませんでした。

それが、今日ちょっと機会がありまして
調理室で中心メンバーとも言える面々と
久々に再会しました。

以前までの私なら「関わりたくなかった人たち」でもある

やはり、年代差は感覚や考えの差というものを生みます。
それはどうすることもできない壁といっても良くて
本当に些細なことを「あーだこーだ」と言われます。

以前までの私ならば、その考え方に共感も理解もできなくて
距離をとる選択をしてきました。

でも、そんな彼らにも、人生があり、思いがあり、優しさがあり
ダメさがあり、良さがあります。
以前までの私は、そういったこともすべて見ず
意見や考えの合わなさばかりに目を向けて
関わる選択をしてこなかったんです。

でも・・

私自身が
私の考え、思い、ありかた、だめさ、優しさ、良さを
誰よりも理解されたいと生きてきました。

自分は理解されたいのに
人は理解しない。認めない。
そんなあり方をしていたのだと思います。

だからこそ、人のダメさも自分のダメさも笑ってゆるす

そんな感覚が自分の中で見え始めた頃
子ども食堂で関わる人たちとの関係が楽しくなりはじめました。

他人の、面倒でたまらなかった部分
避けてきた部分を、そこに集まるみんなと
時には笑い飛ばしながら・・

そんなことをしていると
人のダメさも愛しさになるし
自分のダメさも不出来さも笑い飛ばす勇気が湧きます。

ダメでも良いんだ、ということが
本当の意味で理解できた
関わりになっていきました。

そんな環境が私の心の帰る場所

私はネットをつかい、遠くの人と話し
リアルではない人との交流も多く持ちます。

また、クライアントさんと話す時は
「占い師」だったり「先生」といった顔になります。

そんな私が、ホッとできたり
この現実があって本当に良かったな・・と
思える場所の一つが子ども食堂です。

占い師でも、先生でもない
近所に住む〇〇さんちのお嬢さん。

そうやって想像すると、ちょっと笑っちゃいますよね。

占う側のシビアさ

占うこと、先生をやること、自分でビジネスをやること。
そのどれもが
自分なりに、一定のライン以上になるように決めてやっています。

また、それぞれに自分なりの
目標や思想があり、日々それを研鑽しているつもりです。
以前よりもその深さが増したように思うし
さらにこの世界を深めたいと思っています。

それはもちろんとても楽しい世界だから。

ただ、研究者気質といいますか
トコトン極めたい性格も持ち合わせているので
掘り下げはじめると、さらに掘り進めたくなり
シビアさのある世界にも目を向けるようになりました。

楽しいけれどシビア。
そんな世界が占う側の世界なんだと認識しています。

占う側に憧れる人

占い師だったり占う側に憧れる人の多くには
私生活が不安定な人
心身が著しく不安定な人もいらっしゃいます。
正直、そんな方々には占う側になることをおすすめしませんし
私のタロット講座をおすすめすることはありません。

まずは、生活基盤や心身を整えてから。

そうじゃないと、多くの相談者さんの
良き拠り所となることは難しい。
頼られても共倒れを起こしてはいけないのです。

案外、そこをわかっていない人も多い。

医者の不養生なんて言葉もありますが
救う側が不健康では本末顛倒なわけです。

だから、もしあなたの生活や心身が不安定なら・・
人よりもまず自分をもっと癒し助けてください。
人よりも自分を大切にすることをゆるしてください。
あなたの健康があなたと関わるひとの健康に関わるんです。


自己犠牲の精神は美しくない

自己犠牲は自己満の精神です。
それをしっかり理解すること。

過去、私も勘違いしていたこと。

対外的な、自分を認められることを目的に行動していた自分がいました。
でも今は・・
自分自身のため、もしくは
関わってくれている目の前の人を心を応援するため
行動すると決めています。

そこは、大きな意識の変化となりました。

過去の私にあった「自己犠牲」は
人に認められるためでした。
自分の価値がわからず、どうにかして自分の存在を
人に認めてもらいたい。

でも今は、自分にできることを実行する、ということを
積み重ねるしか自分にはできないのだ
、と理解しました。

だからこそ、目の前の人に集中力を持って
接したいと心から思うようにもなりました。

だから、あなたも「できること」を大切にして

意外と人はできることが多いです。
本人にとっては「こんなもの」と思い込んでいるものも
誰かにとっては「すごいこと」だったりする。
それをバカみたいに謙遜して「そんなことないです」なんて
言ってる場合じゃないんです。
そこを自分の魅力と認め
そこに気づいてくれる人を大切にするべきです。

謙遜も自己犠牲も美しくなどありません。

そんなものよりも、あなたがあなたらしくいる
美しさをちゃんと選べるようになってくださいね。

福永えりか

🌟ストアカで先生やっております🌟

あなたの直感力眠らせてない?

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