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小説∶神様からのギフト

《前書き》
当初、わたしは物語創作は別のサイトで書かせて頂いていると記しましたが、古巣のnoteでも小さなお話を書きたい衝動に駆られ、解禁することにしました。


《本編》

 夢月むつきはワイヤレスイヤホンを外して、小さくため息を吐くと、ベッドから起き上がり部屋を出た。
 向かい合わせの部屋から、もう夜も遅いのに騒音が聞こえてくる。

何かが割れる音……何かが裂ける音……何かが叩きつけられる音……何かがぶつかる音。
 
 そして、部屋を隔てても聞こえてくる嗚咽おえつ
小鳥乃ことりの!入るよ!」
 もう何度も見慣れた小鳥乃の部屋だが、夢月は今回はまた酷くやらかしたな……と肩をすくめる。一体今回は何があったのか、恒例行事のように部屋の中を見回す。ズタズタに引き裂かれたアンティーク調のワンピースや、ガラスの割れたキャビネット、クリスタルの花瓶は粉々に割れ、薔薇の花びらがグシャリと潰れて見る影もない。夢月が部屋に入ってきたのにも気づかずに、小鳥乃は、先日美容室で新しく染めた、淡いミルクティー色の、ロングウェーブの髪を振り回して、ワーワー号泣していた。  
 ベッドに、某遊園地のマスコットであるペンギンの等身大のぬいぐるみを叩きつけている。どこか恨みのこもった、八つ当たりのように。
「……修羅場だな、相変わらず」
 夢月は、ボソッと呟き、床に散乱した衣服や小物を踏まないよう、注意しながら小鳥乃の背後に回り、ペンギンを掴む細い手首を握りしめた。
「……夢月?」
 小鳥乃は赤く充血した瞳を鋭く夢月に向けて、唇を噛み締めると、スポッとペンギンを床に落とし、夢月の着ているスウェットの上着に、コツンと頭を預けた。
 小鳥乃は、数年前から情緒不安定で、現在は心療内科で診察と投薬を受けている。
「バカにされた。あたしたちの絵本はチグハグだって!文とイラストが釣り合っていないって……!」
 まだ何か言いたそうな小鳥乃の瞳を、辛抱強く見つめ、ようやく重たい口を小鳥乃が開く。
「あたしの稚拙ちせつな文章が、夢月の画才を下げているってっ!折角のイラストを駄目にしているって!」
 夢月と小鳥乃は、絵本の共同作家で、文を小鳥乃が担当し、イラストを夢月が担当している。特別恋人同士ではないが、絵本の制作には一緒に暮らしたほうが、何かと都合が良いので、東京の若者が集まる賑やかな区に賃貸マンションを借りた。
 小鳥乃のほぼ無名の作家に対して、夢月は、文芸やエンタメと幅広く名が知られる作家であり、絵画も油絵や水彩、水彩鉛筆、パステルなど、様々な画材を駆使する画家でもある。
「あ……あたしの文は小学生にも書ける幼稚な文章だって……」
 一旦いったん全てを話し終えると、小鳥乃は再び、顔をクシャッと歪ませる。
「言いたいことを言わせておけば良いよ、そんな奴は。俺が絵本のパートナーに選んだから、俺が小鳥乃の優しい文章を認めている限り、他人の戯れ言なんか気にするな。それに……人の顔色をうかがって書く文章は、俺好きじゃないよ」
 夢月の寛大なアドバイスに感極まった小鳥乃は、再び目尻に涙の雫を浮かべる。
「で……でも、半分は当たっている気がするの。本当は文才の才能なしの……」
「ストップ!それ以上自分を卑下するな。小鳥乃の悪癖だよ」
 夢月の言葉に小鳥乃は、うぐぐと両手で口元を押さえる。
「俺は好きだよ、小鳥乃の紡ぐ物語。ありきたりな言葉だけど、いつも読了したときの心があったかくなる感覚。辛いことが起きても、小鳥乃の文章に救われている」
 夢月の身体中から滲み出る優しさに、小鳥乃は、ぶんぶん頭を振る。
「ちょっと座ろう」
 夢月は小鳥乃と並んでベッドに座ると、
「小鳥乃は、神様からのギフトをもらっているんだよ」
と、鮮やかなモーヴのスカートの上で重ねられた、小さな小鳥乃の両手をポンポンと叩く。
「……神様からのギフト?」
「うん。神様はこの世に生まれてきた人間一人一人に、何かしらの才能を贈るんだ。その才能を開花させて成功する人間も居れば、見つからずに死んでいく人間も居る。小鳥乃はね、その他人には真似できない瑞々しく優しい感性の文才だと思っているよ」
 一言一言ゆっくりと語る夢月の言葉に、小鳥乃は、徐々に強張った表情をゆるめて、はにかむ笑顔を見せた。
「うんうん。ようやくいつもの小鳥乃の表情に戻ったね。小鳥乃は笑っているほうが俺は好きだよ」
 瞬間、ボッと顔を赤くする小鳥乃。夢月に対して恋愛感情はないが、頼り甲斐のある兄的存在として尊敬している。
「ねえ夢月。今のお話は誰かに教わったの?それとも、夢月の小説のネタ?」
 小鳥乃の質問に、夢月は伸ばしていた背筋をゆるめて、ベッドにパフっと横になると、難しい顔をする。
「子供の頃に教えてもらった言葉」
「誰、その人?」
 すこし間が空き、やがて夢月はボソッと呟く。
「俺のオカン」
 思わず小鳥乃は吹き出してしまい、つい先程までの思い詰めた表情から一転、笑い上戸のように相好そうごうを、崩した。


小鳥乃と夢月



ご拝読、ありがとうございました😊

文          ふさの手記

扉絵&文中イラスト  月猫ゆめや様


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