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【超ショートショート】(68)~ハートの日のお母さん~

うだる夏の日。

3歳のシゲルが、
お母さんが営む床屋の自宅に帰って来た。

「シゲル!どこに行ってたの?(怒)」

「いや~、あの~(冷汗)」

「もういいから座りなさい!」

シゲルのお母さんは、
床屋の休憩時間を使って、
シゲルの髪を切る予定で、
朝食の時に、
かたくシゲルと約束していた。

「痛いよ~!お母さん~!」

「約束破ったのは、どっち!(怒)」

「も~う!(泣)」

素早くシゲルの頭を濡らして、
じっとしない頭を、
何度も直しながら、
急いでハサミを動かすお母さん。

「もっとゆっくりやってよ!」

「そんな時間ないわよ!」

「何で?」

「今日は、これから夕飯の支度しなきゃよ!」

この日は、
夕飯にお客様でも来る予定なのか、
床屋も早く閉めていた。

「お母~さん!今日、なんかキレイだね!」

「何!バカなことを言ってるのよ!(照)」

「お父さんは
お母さんのどこを好きになったのかな?」

「どこでもいいでしょう?(照)」

「あっ!くちびるって話してたよ!(笑)」

「くちびる?」

「そう!くちびるが色っぽいって!(笑)」

「シゲちゃ~ん!あなた、色っぽいって意味、
わかって言ってるの?(怪)」

「うん!エッチって意味でしょう?(笑)」

「バカ!(照)
どこでそんなことおぼえてきたの!(怒)」

シゲルはこの時、
お母さんを完全にからかっていた。
恥ずかしさであわてるお母さんが、
どんなに怒っても怒っていないことを
知っているからだ。
それに、このコミュニケーションは、
シゲルにとって唯一、
お父さんからお母さんを
自分のものにできる瞬間だった。

「さっき、近所のクニ子おばあちゃんが、
ドラマを見ながら、教えてくれたよ!
〈あの女の人のくちびる、エッチね!〉って」

「ハァー。そう・・・
おばあちゃんに教えてもらったの。」

「うん!(笑)
おばあちゃん、
〈最近、キッスしてないわ〉って。
ねぇ、お母さん!キッスって?」

「ほら!鏡見て!あと少しで終わるから!」

シゲルの頭をかたく固定して、
お母さんは、
自分の顔を見られないようにしていた。

「あれっ!お母さん、顔赤いよ!
具合悪いの?風邪?」

「そうかも。ゴホン、ゴホン。(笑)」

「それじゃあ、今日、お父さんと
キッスできないよ!(笑)」

「何でよ!何で今日、
お父さんとキッスするのよ!(照)」

「だって、お父さん、今日出かける前に、
歯、たくさん磨いてたよ!(笑)」

「だから(怒)」

「だから、おばあちゃんが、
〈キッスの前は歯をよ~く磨くんだぞ!
シゲちゃん!〉って。
ぼくが何で?と聞くと、クニちゃんが、
〈それはな~、エッチケットよ!〉って。
お母さん!エッチケットって何?」

「ハァー!もうすぐ終わるから、
あと少しだけじっとしていて!」

手早くシゲルの髪を切り終えると、
我が子の成長ぶりを心配するお母さん。
確かめたいことがあり、
シゲルをイスから立たせると、
ズボンのポケットに手を入れた。

「シゲル!(怒)。これは何?
またおばあちゃんの所から取ってきたの?(怒)」

「違うよ!
クニちゃんが勝手にポケッに入れるんだよ!
砂糖がぼくのこと好きだって言うから」

「ハァー?何それ!(怒)」

「も~う怒らないでよ!
もうすぐ愛しのお父さんが帰って来るよ!
こわい顔してたら、
男の人はよそに行っちゃうよ!」

〈ぽっか~ん〉と、
シゲル、お母さんに頭を叩(はた)かれる。
お顔も余計にこわくなった。

「ど・こ・で・・・
そんなことおぼえてきたの?!(怒)」

「クニちゃんだよ!クニちゃんの最初の彼氏が、
そうだったって、今日泣きながら話したんだ。
ねぇ、クニちゃんかわいそうでしょう?
お母さん。(計算笑)」

「そうね!クニ子さん、そんな事があったのね。
知らなかったわ。」

〈カタン!〉と床屋の扉が開いた。

「お父さん!」

「あぁ~、ただいま!」

「あれ?シゲルは?」

「ここには居ないぞ!(緊張)」

「あの子どこに行ったのかしら?(緊張)」

「もう帰って居るんだろう?
そこに靴があるじゃないか。(覚悟)」

「そうね。(照)」

「今日、お母さんの誕生日だろう?(笑)
これいつもの!」

お父さん、お母さんに小さな花束を渡す。

「あ、ありがとう!(照)」

シゲルは、家の居間から、
自分のお母さんとお父さんのラブシーンを
嬉しそうに眺めていた。

「クニちゃん!うちのお父さんとお母さん、
お母さんのお誕生日に、なんだか・・・
こ~う・・・(シゲルはクニちゃんを抱きしめる)
するのはなんで?」

「ハァッハァッハァー(笑)。
シゲルのうちは仲が良くてええの~!(笑)。」

「仲がいいの?」

「そうじゃあ!仲がいいのじゃあ!(笑)」

シゲルは、
〈仲がいい〉とクニちゃんにほめられて、
とっても嬉しかった。
だから、わざとお母さんをからかって、
お父さんのことを聞くと、
顔を赤くするお母さんが見たかった。

お父さんとふたりでいるお母さんの顔は、
いつもピンク色。
シゲルは疑問に思ったが、
今日はふたりの邪魔はいけないと、
夕飯のケーキも急いで食べて、
お風呂に入り、
子供部屋で妹と寝た。

翌朝、
鼻歌を歌いながら、
朝食を作るお母さんが、
とってもキレイだった。

ぼくの初恋はお母さんかもしれない。


(制作日 2021.8.10(火))
※この物語は、フィクションです。

今日は、
8月10日で「ハートの日」と知り、
ハートの日がお誕生日の
お母さんのお話を書いてみました。

本文の注釈として、2つ。
その1
シゲルのズボンに入っていた砂糖。
そこは「角砂糖」。
クニ子おばあちゃんは、
紅茶やコーヒー、ハーブティーが好きで、
よくお砂糖を使っていた。
お中元やお歳暮、お誕生日などに、
プレゼントされたお砂糖の箱が、
おばあちゃんの家にはいっぱい、
人にあげるほど食器棚にあった。
どの角砂糖もオシャレに装飾されていて、
子供の目にはおもちゃに見えた。

その2
翌朝のお母さんの鼻歌は、
シゲルが歌うとお父さんもお母さんも、
嬉しそうに笑う『蘇州夜曲』。

(ニックネーム)
ねね&杏寿
(旧ひまわり&洋ちゃん)
(Instagram)
https://www.instagram.com/himawariyangchiyan

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鼻歌の参考になった曲
ASKA
『蘇州夜曲』
作詞 西条八十 作曲 服部良一
編曲 瀬尾一三
☆収録アルバム
ASKA
『SCENE』
(1988.8.21発売)

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