表紙2

やっぱり凄い 『 アイアムヒーロー 』 最終巻


花沢健吾の『アンダーニンジャ』が面白い!
漫画が現実を侵食している感じがたまらない。ので、この面白さを記念して、前作『アイアムヒーロー』の感想を書ききます。一年前に完結した漫画ですので 【ネタバレ注意】です。読んだ直後の感想は、

「えっ?これで終わり?
 比呂美は?クルスは?宇宙人は?
 全部ほっぽらかしかい!」

って感じでした。amazon での評価も☆一つが多かったし。
しかし、そんな「漫画の設定・お約束」よりも大事なことを作者はきちんと描いている感覚はありました。それが、なんなのか知るためには少し考えてみます。

最終巻を読んで気づいたのは中田コロリの存在感。この物語を「英雄とコロリ」の話として読むと、あの漫画の金字塔『火の鳥〜鳳凰編』の茜丸と我王の構造に似ていることに気づきます。

・ 浅田教のビルの屋上のシーンには英雄の漫画と、英雄原作のコロリの漫画の2冊がある
・ 我王と茜丸の瓦対決に似ている

・ 英雄がコロリを狙撃する(嫉妬が絡む)
・ 茜丸が我王の腕を切断させる(嫉妬が絡む)

・ コロリが島で漫画を描いている
・ 我王が山奥で茜丸の死んだ目を生き返らせたいと願う

・ 我王は常に人間に転生し続ける
・ コロリは常に漫画を描き続ける
・ 英雄は世界が ZQN 化した以降は漫画を描いていない
・ 茜丸は人間に転生したのは一度きり
・ 手塚治虫にとって生き残る=漫画が描ける

僕にとって、この世で一番すごい漫画は『火の鳥』です。最初に文明の誕生を描き、次に超未来での崩壊を描き、時代を行きつ戻りつ最終巻は現代編で終わるという神がかった構想。しかし手塚治虫の死によって未完で終わってしまいます。そのせいで、ついつい

「この漫画は『火の鳥〜現代編』だろうか?
 現代の我王は、現代の茜丸を救えるか?
 コロリは、英雄を救えたか?」

なんてことを考えながら読んでしまいます。漫画ってのは、そんな肩肘張ったもんじゃないのにね。

しかし、いろんな漫画を比較すると作品はより楽しいのは間違いありません。今回は「天才と秀才」「芸術と不死」などのキーワードで
新井英樹の『ワールドイズマイン』と
ピーター・シェファーの『アマデウス』も並べて表にしました。


天才が秀才を救うとは何か?


コロリ・我王・モン・モーツァルト
英雄・ 茜丸・トシ・サリエリ

こうして表にすると考えが明瞭になってきます。
コンプレックスや悪や嫉妬について。
人間の業について。その救済について。
天才が秀才を芸術で救うことの困難さ。その不可能さ。

この表を作るまで「コロリと英雄が出会って漫画を見せればハッピーエンドだろう」と、素朴に考えていました。

・ 我王は茜丸が死んだので救えなかった。
・ モンはトシが死んだので救えなかった。
・ モーツァルトが死んだのでサリエリを救えなかった。

皆、片方が死んでしまったので救済まで至りませんでした。しかし、中田コロリと英雄はまだ生きています。出会っていないだけです。

しかし、きちんと想像すると話はそう単純ではなさそうです。英雄がコロリの漫画を読んでも、完全に打ちのめされ再起不能になりそうだもんなぁ。中田コロリは、どんな状況下でも生き延びる努力と並行して漫画を描き続けている漫画の化け物です。おばちゃんも救ったし、たくさんの人間にも慕われてもいます。父にもなってるし。そのこと全てに打ちのめされる英雄。

・ 漫画は英雄を救わなかった。
・ 比呂美も英雄を救えなかった。英雄も比呂美を救えなかった。
・ 世界崩壊という状況も英雄を救わなかった。
・ 人生は英雄を救わなかった。それでも人生と戦う英雄。

彼は救済がなくても戦い、生きています。
守る人間がいなくても戦えるアムロのように。
それも人間賛歌のひとつです。

コロリは南の島に救われています。
南の島に住む小さな編集や小さな読者に救われています。
漫画を描くことに救われています。
英雄の描いた漫画にも救われています。

コロリはいろんなものにチョットづつ救われているんです。
それは、いろんなものをチョットづつ救っているから。
それは、いろんなものに心を開いているから。
いろんなものに関わっているから。
だから権力とも戦えるし、悪党とも戦える。


では、なぜコロリではなく英雄が主人公なのか?


それは「救済」という物語を破壊するための物語だったから?救済という物語に縛られている者を解放するためには、その物語の枠を滅尽するしかありません。それとも「救済」の物語に酩酊している者を蹴り上げて、目を覚まさせるため?・・・どちらとも取れます。解釈の多様性は名作の証です。

生きてるだけで丸儲け。
汚くても。金がなくても。おっさんでも。

とにかく今は『アンダーニンジャ』です。なんか『めぞん一刻』や『ハットリくん』を彷彿させる昭和な物語です。花沢健吾が描く主人公たちは要チェックやね。『ルサンチマン』も『ボーイズ・オン・ザ・ラン』も、まだ読んでないからな。


追記 『 ワールドイズマイン 』


新井英樹の『ワールドイズマイン』についても書き足しておきます。この漫画は立ち読みしたけど持っていません。それは、内容があまりにも残虐。あまりにも無慈悲。秋田在住者にとっては、見知った場所で大虐殺が繰り広げられている漫画なんか部屋に置きたくないんですよ。しかし、この漫画も『火の鳥〜現代編』と呼べるほどの大傑作!(作者の新井英樹さんにとっては無礼な話ですが)

野田サトルの『ゴールデンカムイ』の二瓶鉄造や谷垣源次郎などのマタギ好きならチェックしてください。飯島猛という黒光りしたヒグマ撃ちが登場します。そして矢口高雄の『マタギ』に突入してください。宮沢賢治の『なめとこ山の熊』とも合わせて、人間とは何か?獣とは?肉食とは?殺しとは?に思いを巡らせるのも乙なものです。




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