音楽と対峙した日
コロナ禍の自粛と時短。感染対策と銘打った定員削減。そもそも足を運ばなくなった客。リアルライブに活路を見出さくなったバンド。新しい生活様式とやらは、否応なく音楽界隈にも踏み込んできている。
それを嘆いて過去を懐かしむのもいい。拳を上げ、身体をぶつけ、高らかに叫ぶライブハウスが戻ってくる日のことを、わたしは切実に望んでる。ただ、今この瞬間。今しかできないライブがあることも確かだった。
"one on one-man"という企画を知ったのは緊急事態宣言が続いている1月のある日。「曲がる」というソロユニットがライブバーを一日借り切り、たった一人の観客に向けて1時間のワンマンライブを披露する全5回公演、5daysならぬ5hours企画だった。
まあ、びっくりした。何かの冗談かと思ったけど本気らしい。
曲がるとしては初めてのワンマンライブで、地元名古屋で満を持して企画すれば100人、200人の集客は堅いはずなのだ。本当にコロナ禍は非情だ。でもこんな冗談みたいな企画を通せるなんて今しかない。それを楽しめるかどうかで印象が変わるライブになると思った。
行ってみたい。
そう思ったけど感情にブレーキがかかった。はて、そんな面白半分の好奇心で5名限定のチケットを取っていいのだろうか。良いはずがない。世の中にはわたしよりずっとずっと彼に惚れ込んでいるガチ勢がいて、そんな彼ら彼女らを押しのけて予約するのは本意ではないと考えた。
面白い感情だった。たぶんこれが、ファーストワンマン100人限定と言われたら俄然気合を入れて予約しただろう。無事にチケットが取れたらホクホクして当日を待ったと思う。予約できなかったと嘆く知らない誰かのツイートを見て優越感まで感じたかもしれない。"one on one-man"は重かった。ちょっと、面白半分で手を出してはいけないような重さがある。
そうだ、そもそもわたしはライブハウスが好きなんだ。ごちゃごちゃのカオスの中、拳を上げていたり、歌っていたり、音楽そっちのけでお酒を飲んで騒いでいたり、人の坩堝があるような箱が好きなのだ。ライブハウスにはひとりで行くけれど、ひとりでライブを見たいとは思わない。
そんなこんな言い訳して、曲がるのサトシさんが流すツイートで、ひと枠売れた、もうひと枠埋まったとのニュースをチラチラ見ていた。こんなの瞬殺じゃないかって思ったけど案外出足が鈍い。コロナ禍の自粛は手ごわいのか、あたしみたいに二の足を踏んでるのか。
そして公演の前日。残り3枠の予約期限を伝えるツイートをみて確信した。ああ、このままこの枠が流れたら、あたしはすごく後悔するんだろうなって。
予約は先着順。本人が寝ているであろう深夜にこっそり。リプライではなくメールフォームで予約を入れた。眠って起きて、iPhoneのメールを開いたら予約確定の返信が入ってた。
来てしまった。
カウンターで1万円のチャージを支払いカシスオレンジを頼んだ。ふつうのライブなら5回は観られるチャージに、大人全開で突入する。
ハニバニのマスターに、どうぞ正面のソファへ。と促されたものの、やっぱり落ち着かない。荷物を置いてソファに座ってみる。できるだけ冷静に大人らしく。パトロンってこういう感じなのかな。1万円のパトロン体験。それもちょっと面白いかもしれない。
やがて曲がるのサトシさんが入ってきて、演奏が始まるともういつものライブハウスだった。隣に人がいるとかいないとか関係なく、どうして間を持たせようかなんて心配も全部忘れて、優しい音楽がすっと入ってきていた。
1時間であなたを満足させる曲を演ります。
その言葉通りのライブが展開して、本当に1時間で満たされたのはすごかった。曲がるのサトシさんは、今日僕は全然ダメでした。と歌ったけど、ダメじゃないよ、最高だよ。って答えていた。