大国主と因幡の白兎

【大国主】 
 大国主「オオクニヌシ」は、スサノオの六代目の子孫で、国津神「地上の神」の頂点に立つ存在とされています。その名前の由来は、偉大な「国を治める神」や「大地の男」です。大国主は、精力の強い美男子だったので、多くの妻と子供がいました。子作りというものは、豊穣とも関連付けられています。そこから「縁結び」だけではなく「五穀豊穣」の神様ともされました。大国は「だいこく」と読むことも出来きます。そのため、神仏習合では「大黒天」と同一視されました。

【因幡の白兎】 
 大国主には、乱暴で意地悪な「八十神」と呼ばれる兄たちがいました。八十とは「多くの」と言う意味です。八十神たちは、因幡に住むヤガミヒメに求婚するための旅に出ることにしました。ヤガミヒメは、豪族の娘か女神だったとされています。その旅に、兄たちの荷物持ちとして同行したのが、一番年下の大国主です。
 道中、海辺で、ワニ「鮫」に皮を剥がされ、悶え苦しむ白兎と出会いました。白兎が皮を剥されたのは、ワニを騙したからだとされています。八十神たちは、白兎に海水を塗るという嘘の治療法を教え、傷を悪化させました。そこへ、遅れてやって来たのが大国主です。 心優しい大国主は、苦しむ白兎をガマの穂で治療してやりました。そのことから、大国主は「医療の神」とされています。古代、病気を治す医療の知識は、王の資格でもありました。白兎は、八十神たちより先回りをして、一連の出来事をヤガミヒメに伝えていたとされています。そのため、ヤガミヒメが、婿として選んだのは、心優しい大国主でした。

  【根の国】
 ヤガミヒメと結婚した大国主は、兄たちに嫉妬され、二回も殺されました。一度目は、真っ赤に焼けた「大岩」で、二度目は「木の割れ目」に挟まれてです。しかし、その都度、大国主の母親が生き返らせました。大国主が、兄たちの攻撃を避けるために、逃げ込んだのが根の国という所です。
 根の国では、スセリビメに出会い一目惚れをしました。そのスセリビメの父親だったのが、スサノオです。スサノオは、結婚の条件として、大国主に「蛇」「蜂」「ムカデ」の部屋で寝るという試練を与えました。大国主は、スセリビメの協力で、その試練を克服したとされています。次に、スサノオは、野火で大国主を焼き殺そうとしました。それを助けたのがネズミです。そのため、ネズミは、大国主の使いとされています。
 大国主は、スサノオから逃れるため、寝ている隙に、髪を柱に縛りつけ、スセリビメと共に逃亡しました。その時「生太刀」「生弓矢」「天詔琴」という宝具も一緒に盗み出しています。最終的には、スサノオから結婚を認められ、大国主と言う名ももらいました。

【国づくり】 
 根の国は、霊魂が還る死者の世界です。そこから、大国主を幽冥界の主とすることもあります。根の国から帰還した大国主は「生太刀」「生弓矢」「天詔琴」の力を得ていました。その力によって、八十神を滅ぼし、芦原中国の統治者となることが出来たとされています。その時、協力してくれたのが、少彦名命という小さな神です。大国主は、少彦名命と共に、国土を開発し、日本という国を作りました。そのため、国家鎮守の神ともされています。

  【国譲り】
 髙天原「天上界」に住む、アマテラスを頂点とする神々を天津神と言います。アマテラスは、芦原中国「地上界」も自分たちが支配すべきだと考えました。そこで使者として派遣されたのが、タケミカズチです。大国主は、国を譲ることを承諾しましたが、二人の子供が納得したらと言う条件をつけました。二人の子供とは「事代主」と「建御名方」です。事代主は、心良く同意しましたが、建御名方は認めませんでした。建御名方は、力がとても強かったとされています。そこで、タケミカズチは、建御名方と力比べで決着をつけることにしました。それに勝ったのは、タケミカヅチの方です。そのため、天津神に国を譲ることになりました。大国主は、国を譲る代わりに大きな神殿を立てて欲しいと頼んだとされています。そこで建立されたのが出雲大社です。

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