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のび太とドロンジョ様に手を振れない

小原乃梨子さんが亡くなった。
7月12日のことらしい。
その日は細かく雨の降った日だった。
ボクが引越しを終え役所巡りをしながら光ヶ丘駅付近を偵察していた日だ。

ドラえもんはいまリニューアルされて声優さんも交代となってだいぶ経つ。
ボクは元々ドラえもんという物語は未来の、それこそドラえもんが産まれる日まで語り継ぐべきと思っているので、リニューアルはやむ無しと考えている派の人だ。録音して機械でプログラミングした声で旧ドラえもんメンバーの声で続けるのも、延々再放送ばかり流すのも違うと思っていた。
新しい声のドラえもんメンバーは当然ボクの中ではなじまないが、子どもたちにとってのドラえもんは、今のドラえもんなのであって、オッサン達がなじむなじまないなどどうでも良いのだ。

でも、と思う。
でも、ね。ボクにとってドラえもんは大山のぶ代さんで、のび太は小原乃梨子さんなのだ。新しい声優さんに文句ある訳ではなく、これはもう『血液』だったり『肉』なので、もうしょうがないのだ。

十代のころ、初めて北海道へ行く事になった。
飛行機も初めてだったが不安よりも楽しみが強かった。
今は亡き父が「飛行機は1度落ちたら被害が莫大だから目立つのであって、車の事故なんかより全然確率が低い。」という正論が心に響いていた。
離陸を無事に果たした飛行機は安定飛行しはじめる。窓に広がる雲海も街並みも見飽き、同行者とも話すことが尽きて、座席に用意されたヘッドホンに興味を持った。
航空会社が用意した機内専用ラジオ番組というものがあるらしい。
なんとなくあちこち聞いてみる。
「あ、のび太だ」
小原乃梨子さんが今で言うパーソナリティを務める番組があった。
古き良き洋楽を流しておしゃべりする番組で、流れてくる洋楽は知らない曲ばかりだった。
落ち着いた優しいトーンで喋る小原乃梨子さん。のび太ともドロンジョ様ともちがう声だが、確実に小原乃梨子さんとわかる声。声優さんてアニメの声しか出せないと思い込んでいたボクは、その時初めて声優さんて凄いのだなと思った。
洋楽に興味のないボクであったが、小原乃梨子さんのおしゃべりが耳に心地よく、ずっと聴いていた。心に何パーセントかあった飛行機に対する不安をかき消してくれているようだった。

パソコンやスマホやら、新しいものは便利で使いやすい。
電化製品、デジタル製品は新しいもののほうがいいのだろう。
でも心はそう簡単には切り替えられない。のび太だったりドロンジョ様だったり、子供のころ絶え間なく聴いていた声だ。心の中で麗しい声を聴こう。
手を振ってさようならなんていえないんです。
心に沁みついている声だから。

この句も当然、小原乃梨子さんの声だ

雲の峰ドラえもんには甘えたなぁ
夏の雲小さくなったねドラえもん

パソコンのデータは消せば消える。
それほど都合のよくないボクの心は、小原乃梨子さんにまだ手を振れないでいる。

2024.07.23 一応脱稿

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