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第十七回 ヒマなん句会 FINAL!! 特別企画!!
恵勇くんことめぐゆーくんが、けったいなことを勝手にしてきたのですが、
面白そうなのでこんなのつくってみました!
よろしかったらどうぞ!
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「ジンライム。」
ぶっきらぼうにそう告げて、俺はカウンター席に身を放り出すように腰掛けた。
人生に底辺があるなら、今日がその日なのかもしれない。これ以上何を手放す事ができるのかというくらい、今夜の俺はあらゆるものを同時に失った。赴任してきたばかりの街で、俺は人目を憚る事なく泣いた。
このバーに辿り着くまでに、俺の目元は真っ赤に腫れ上がっていただろう。
他人や社会のせいではない。自業自得というやつだ。
それが分かっていたからこそ、俺は自分自身に悔しさと怒りが込み上げていた。マスターは気を使ってか、そんな俺に話しかけて来なかった。
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ジンライムはソーダで割ったりするものと違い、非常に強いカクテルだ。
いつの間にか手元にサーブされていたそれを、クッと喉へ流し込む。
だが何故だろう、俺の知っているジンライムの味と違う気がした。
クセのある香りと苦味による、尖った刺激を期待していたのに、ジンの苦味とライムの酸味が調和し、いつもより少し丸い気がした。
刺激が少ない代わりに、甘みのような旨さが身体中に染み渡るようだ。
ふと、俺は窓の外を見遣った。
もう深夜のはずなのに、この窓は薄明の街を透かすばかりである。
これは…白夜だ。
噂には聞いていたが、初めてお目にかかる。その不思議とも言える光景に、俺は心を奪われた。
「綺麗でしょう?」唐突にマスターが口を開いた。
「ええ。そうですね。」
マスターは無言で頷くと、そのまま俺の次の言葉を待っている。
「実はちょっと色々ありすぎて…全部終わりにしたくて、なにもかも捨ててしまいました。俺はもう、からっぽなんですよ。」
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マスターはグラスを拭きながら、優しく、しかしハッキリとした口調で、こう返してきた。「では、身軽になれたのですね。」
俺は思わずハッとした。
その一言で、この身に起きている事が解決されるわけではないが、いくらか問題が軽くなったような気がしたのだ。
気が和らいだ礼を言うついでに、俺は酒について尋ねた。
「ありがとうございます。それにしても良い腕ですね。何かこだわりでもあるんですか?」マスターは笑顔で応える。
「レシピを…決めない事ですね。」
「ほう…それは意外な答えです。」
驚く俺を見つめながら、マスターは優しい口調で話を続けた。
「実は、塩をひとつまみだけ、入れさせて頂きました。」
「塩を…?」
「はい。あなたが今日失ったであろう塩分を、補填した方が良いだろうと思いましてね。」
一頻り泣いてからここへ来たことを、マスターは見透かしていたようだ。
俺は素直に指摘を認めると、こう応えた。
「お恥ずかしい限りですが、当たりですね。しかし、塩が入っているとは気が付きませんでした。塩角もなく、どこか丸みのあるような、むしろ甘みすら感じさせる味わいでしたよ。」
するとマスターは、大きく頷いてから、こう続けた。
「人間の脳は実に不思議な構造をしているのです。塩は人体に欠かせないものですが、過不足が過ぎると健康に影響が出るので、人体の司令塔である脳が少し忖度して、嘘をつくのです。
例えば塩が足りていないと判断した場合、脳は味覚司令を出し、塩を甘いものだと勘違いさせ、多めに接種させようとするんです。
あなたは今日たくさん泣いたでしょうから、この塩っぱさが心地よく感じた、というわけです。」
マスターの解説を聞き、俺は目を丸くするばかりだった。
言葉を失っていた俺に、彼は更に続けた。
「もしもあなたが、この白夜を昼の続きだと考えたなら、暗く感じるでしょう。しかし、夜だと思うと、途端に明るく感じるんです。」
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そう言われて、俺はもう一度窓の外へ視線を移した。過去と未来の境界線に、白夜という今が横たわっているのが分かった。
この『夜』は既に、俺にとって暗いものではなくなっていたのだ。
「私は毎晩ここにいますが…」マスターが呟くように話し始める。
「白夜は、何も終わらせてくれませんよ。何一つ…。」
櫛切りのライムが白夜の光を湛えている。
それは明日、誰かに伝えたいほどの鮮やかな緑だった。
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『なにもかも捨てて白夜のジンライム』
太平楽太郎
特選ショートショート【完】
Writer 恵勇
第十七回 ヒマラヤなんちゃって句会 FINAL!!
ヒマラヤなんちゃって句会 アーカイブ
俳並連1st句集 「ふんわり」
「ほんとはね」 ヒマラヤで平謝り
選句 本文 編集/ヒマラヤで平謝り
兼題画像/卯月紫乃
SpecialThanks/髙田祥聖 カニくん
Writer/恵勇
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