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そして2人だけになった。

「一年後、このアパートを解体しようと思います」
 大家さんの世代交代。
 死後しばらく経って発見された入居者。

 おそらくこの2つの要因が重なり、半世紀以上生き続けた俺の住むアパートは、取り壊しが決まった。

 老朽化していてあちこちメンテナンスがいるし。その割に古いから家賃が安く稼ぎがないし。そしてトドメが入居者の死亡だ。
 詳しくは知らないが、病気か何かだと聞いている。 
 お亡くなりになったか方は身寄りがおらず、死後暫くして発見されたため特殊清掃が必要だった。こうなると新しい入居者を探すのも大変だろうし、このアパートにそろそろ引導を渡してやるべきだ、ということになったのだと思っている。

「一年後? ならギリギリまで住んで、最後の一月くらいで後のことを考えればいいや」
 俺はそんなことを考えていたが、どうやらそれは俺だけらしい。まだ半年以上猶予があるのに、一人、また一人と入居者は減っていき、ついに昨日、俺ともう一人だけになった。

 もう一人はかなり年配のお婆さんで、病を完治させてから老人ホームへ移るつもりらしい。
 殆ど話したことがないので、詳しいことは聞いていない。

 半世紀以上の歴史があるだけあって、濃密な昭和のにおいがするアパートで、土壁とか、住み始めた頃は驚いたものだ。でも今となっては、そんな昭和なところも気に入っている。窓が大きくて部屋の中が丸見えで、プライバシーに欠けるところは大嫌いだったが、それは風通しがいいということでもある。今となってはそこまで嫌いではなくなった。

 愛着のあるアパートの取り壊しは寂しいし、入居者との別れも寂しい。去っていった方とまた会おうと話はしたけど、もうこれまでほど頻繁には話さないだろう。何だか学生時代の卒業前を思い出す。時は進むんだな、とセンチメンタルな気分に浸りながら実感してしまう。

 時の流れを感じると、それが二度と戻らないこと、有限であることを受け入れざるを得なくなる。いいもの、気に入っているものがいつまでも永遠にあるとは限らない。

 今日という日を大切にしなければ。
 一番仲の良かった方が去り、2人だけになったアパートを見て、そんなことを思った。

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