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機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の効用

 古代ギリシア三大悲劇詩人の一人、エウリピデスがよく使ったと言われる技法に、“機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)”があります。その最大の効用は、どんなに混乱した劇であれ、絶対的な神の登場によって、幕を下ろすことができる、というものです。
 とりあえず、幕が下りればその劇自体は終わります。しかし劇中で回収されることのなかった疑問や問題は、幕の向こう側で、宙吊りにされたままです。もやもやとした思いを抱えたまま劇場を後にせざるを得ない観客たちの帰途は、おそらく紆余曲折することでしょう。
 つまり、機械仕掛けの神のもたらす最大の効用は、劇中で提示した疑問や問題を、そのまま観客に預け、持ち帰らせ、より強く増幅させることなのです。
 しかしまた、それによって最大の恩恵を被るのは、心の晴れない観客たちに激論の場を提供する酒場であったのかもしれません。
 そもそもギリシア悲劇が、豊穣とワインと酩酊の神ディオニュソスに捧げられたものであったことを思い出せば、エウリピデスは、実に理に適い、実に見事な手法を編み出したものだと、言えるのかもしれません。