三宅重利
霊界通信で訊いてみた。三宅重利は、霊界通信によれば、明智秀満(のち天海)の庶子で、天正9年(1581年)から寛永14年11月14日(1637年12月30日)の人物。幼名は師、与平次。通称は藤兵衛。正室は妻木範煕の娘(霊界通信によると名は、やり)で、子に三宅重元(藤右衛門)、重信(吉田庄之助)、重豊(加右衛門)、重行(新兵衛)。重元は寛永20年(1643年)細川光尚に召し抱えられ、肥後細川家の重臣として幕末まで続いた。
島原の乱は、1637年(寛永14年)10月25日(1637年12月11日)から1638年(寛永15年)2月28日(1638年4月12日)まで、島原・天草地域で引き起こされた。