10年前に見た光景
10年前、高校生だった。
中学まで夜更かしはしなかったが、高校になった途端毎日のように夜更かしするようになり、夜遅くインターネットで知り合った友達と Skype か何かで通話していた。
何を話していたかは、覚えていないし、思い出せなようなくだらない話だったのだと思う。
でも、普段会えない友達という存在がそこに居て、それが面白かった。
話がテレビの話題になる、お前の地域は今何が流れてるの?
なんだろ
テレビをつける
そこに映ったのは4人学生がエスカレーターを下り、楽器屋さん入っていくアニメーションだった。
当時の僕は、深夜アニメの文化を認識はしていたものの、ほとんど見たことがなかった。
なんでアニメでこんな意味のないシーンが流れるのか、全然意味が分からなかった。
眠かったのもあって、そのアニメをぼーっとみていたら物語進み、なるほどそういう話だったのかーという感想とともに、どこかに実在しそうな世界観にこれまで感じたことのないそわそわを感じていた。
瞬間、エンディングが流れてきて、落差にびっくりして目が覚めた。
数日後に分かったがそれは「けいおん!」の2話であった。
ここから僕はアニメにどっぷりハマってゆく。
(詳しい話は省略)
アニメにハマるまでは、どんなふうに作られているかを考えたことなんかなかったし、いくつもの線を積み重ねてゆくことにプライドを持って取り組んでいる人々がたくさんいることに驚き、尊敬の念を持つようになった。
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この数年後、僕はプログラムを書くということを覚えた。
プログラミングを触り始めると、自分でもできる、小さな命令の組み合わせが、たくさんの人の時間を豊かにできるのだということに気が付き、大好きになっていった。
自分が大好きなアニメも、線の積み重ねで、たくさんの人の時間を幸せにする。なにか似ているかもしれないとうっすら感じつつ、今日まで生きてきた。
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今日はどうしようもなく頭の中で思考が無限にぐるぐるしていたので、少し考えてみた。
世の中のものの、殆どがそうだろと言われてしまうかもしれないが、作ったものが見られる、使われれるたびに人々が幸せになる時間、豊かになる時間が指数関数的に増大してゆく。自分はそういうものが、大好きなんだ、そういうものの裏側を知ること、携わってゆくことが大好きなんだという感情が無限にぐるぐるする思考の中で見えてきた。
効果が指数関数的であるからこそ1本の線が大切で、1つの処理が大切である
書き手、作り手のアドリブで小さな差がついて、その小さな差が総効果に大きく響く
そんなところも、アニメーションとプログラミングの共通点であり人がプライドを持って取り組む源泉になっているんだと納得し、そこに命を燃やしている人に対して、改めて尊敬の念が強くなった。
自分自身の体験、知識から勝手に、アニメーションとプログラミングを重ねて親近感を覚えてているだけの話といえばそれまでなのですが、どちらも大好きだから思いを重ねずにいられないし、プライドを持って取り組んでいる人はやっぱり、かっこいいし、僕にとって最高の尊敬の対象です。
そんな人になりたい、プライドをもって仕事がしたいということで、今日も僕はプログラムを書き、人の時間を豊かにしたいと目の前のプログラムと向き合っています。
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今年の4月は「けいおん!」の放送から10周年ということで、再放送も行われていました。
そんな年に「けいおん!」を含むたくさんの作品を作っている京都アニメーションに悲惨な事件が起こってしまった。
人も人が作り上げるものも脆弱であることが改めて考えさせられ、合わせて、今日を生きる自分は、自分ができる積み重ねを今日も全力で取り組まなければならないということを考えさせられました。とても悲しいです。
正直数日は凹みます。数日経ったら気分を入れ替えて日々の重さを噛み締めていきたいと思います。
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海外のサイトでは、募金活動も行われているので、少しでも気にしてもらえると幸いです。
これからもたくさんの積み重ねは必ず大きな効果を生むと僕は信じていきたいです。
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