小説③

「全部 失くしてみようか。」

それだけ言って
軽く笑ったその横顔を見つめた。

その顔は『本当』ではない気がして
少し不安になる。

ずっと遠くを見ている目は
何も映してはないのかもしれない。

隣に居るのに遠い。
それがずっと続いてる。

「……誰のために?」

思わず問う。
何かを期待したそれに彼は更に笑う。

「誰のためがいい?」

言ってこちらを見た。

感情の色のない眼は
答えに嘘を許さない。

「……分からない」

本心を隠した答えに一瞬目を細めた。

「では やめておきます。 
意味のない破壊は好きじゃない」

 そう言ってまた視線を元に戻す。

「……ごめんなさい」

小さい声で言うとまたこちらを見た。

 それに耐えられず
視線を足元に落とすと
頭にふわりと乗せられた手。

「謝るのは私の方です。 
思わず意地悪をしてしまった」

 耳元から聞こえた優しい声に
目を伏せた。


 その後のことは 思い出せない。

 気が付くとすべてが終わっていて
彼もいなかった。

               (了)



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