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「レジリエンス」は「ネガティブケイパビリティ」か?!
専門家が教えてくれない「レジリエンス」⑥
こんにちは。みなさんのレジリエンスを泡立てて心に薫らせる「レジリエンスの焙煎士」ほりしんです。
もっとわかりやすく「レジリエンス」を伝えられないかということで『専門家が教えてくれない「レジリエンス」』というシリーズを始めました。
実は「専門家が教えてくれないシリーズ」と銘打ってはいますが、正確には専門家のいろいろなアプローチの中から、わかりやすいものだけをピックアップして、とにかく簡単に「レジリエンス」を自分のもの(力)にしようということです。
ということでこの「専門家が教えてくれないシリーズ」では私の勝手な解釈で、「レジリエンス」は「能力」ではなく、誰もが備えている「資質」であり「精神力」であるという前提に立つことにしました。
それが一番わかりやすいし、その前提に立てば「レジリエンス」は鍛える必要はないし、「意識すれば発揮できる」という考え方です。
また「レジリエンス」の最優先のミッションは「回復」より「適応」という考え方でもあります。すぐに「立ち直る」ことよりまず「立ち止まる」ことを意識しようということです。
前回のブログで、この「立ち止まる」と言う意味を、「ネガティブ感情」と「ネガティブ思考」に「底打ちをする」ことと捉え、それが「レジリエンス」の最優先の役目だと考えると腹落ちしやすいと説明しました。
そしてこの考え方の延長線上にもうひとつ触れておかなければならない概念があります。
それが「ネガティブ・ケイパビリティ」です。
単純に「負の力」を英語にしただけに見えますが、実はちゃんとした理論というか「概念」が存在します。
そうは言っても拠り所はこの本だけなんですが。
「ネガティブ・ケイパビリティ~答えの出ない事態に耐える力」(帚木蓬生)です。
私の知る限り「ネガティブ・ケイパビリティ」について書かれている本はこの一冊だけです。
帚木先生はご存知の方も多いと思いますが、精神科医であり小説家でもあるバリバリの「専門家」なんで中身はかなり濃いし重いです。
でもこの「ネガティブ・ケイパビリティ」の概念は「レジリエンス」の「適応力」とか「ネガティブな状態の自分を受け入れる」という意味を考える上で知っておいて損はない、というか私はこの本を読んで「これだ!」と叫んでしまいました。
それ以来自分の中では
「ネガティブ・ケイパビリティ」こそ「最強のレジリエンス」
と位置づけています。
時間があるときに一度読んでみてもらえればこの私の感覚がわかってもらえるのではないかと思います。
簡単に言えば「どうしても物事が解決しない時に、問題を性急に特定したり、生半可な意味付けや知識を使ってせっかちに帳尻を合わせず、宙ぶらりんの状態で持ちこたえる能力」ということです。
「能力」といえば通常は「何かを成し遂げる能力」を意味していますが、この「ネガティブ・ケイパビリティ」は何かを処理して問題解決をする能力ではなく、そういうことをしないことが「能力」だと言っています。ビックリですよね。
「問題解決能力(ポジティブ・ケイパビリティ)」ばかりが重視される日本の教育現場や現代社会全体への警鐘にもなっています。
そもそも我々の脳が不確実性を嫌い、拙速な理解を望んでいるからだと言う精神科医らしい視点にも感心させられました。
また「シェイクスピア」や「源氏物語」に「ネガティブ・ケイパビリティ」の概念が反映されているという展開も予想外でした。
本の中の「帚木語録」を紹介します。
「何もしなくても持ちこたえていけば何とかなる。Stay&watch、逃げ出さず、踏みとどまって見届けてやる」
(注:但し帚木先生はもちろん「ネガティブ・ケイパビリティ」を「レジリエンス」に結び付けて考えてはいないと思いますのであくまでも私の勝手な解釈で引用させていただいています。)
この「ネガティブ・イパビリティ」が存在するなら落ち込むことなんて全然怖くないし、宙ぶらりんも受け入れられます。
「私、落ち込んでも平気です」
と言えるメンタルマネジメントができるのではないでしょうか。
今回は「専門家が教えてくれない」ではなく「専門家が教えてくれた」になりました。
この「ネガティブ・ケイパビリティ」を知ることで、
「レジリエンス」は「負力」であり「浮力」である
という理解ができたのではないかと思います。
それではまた。「レジリエンスの焙煎士」ほりしんでした。
ぜひYouTube「レジリエンスの焙煎士」もご覧ください。