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母のこと 87歳でのタイ移住

母は今年で87歳になる。父が16年前に他界して以来、母は大阪府守口市の実家で一人暮らしをしている。
私が25歳の時に東京に拠点を移してから、母の事は大阪市内に暮らしていた弟夫婦に任せっきりにしていた。しかし、5年程前に金銭絡みで二人の間に修復し難い軋轢が生じてから、母は「絶対に許さない」と言い続け、弟も「縁を切った」という姿勢を今だに崩しておらず、母に何かあった時の安全弁喪失の状態が続いている。

それでも母には近所に住む数十年来の親友がおり、ヘルパーの週一度の訪問もあり掃除等の世話をしてくれており、何か万一の事があっても何とかなるだろうと、母に何もしてやれない私自身への言い訳としてきた。

その母が去年の夏、「ケアハウスに入居したい。」と言い始めた。
事情を聞くと件の親友とは1年前に絶交して、今はたまに話をする程度の友人しかいない。80歳半ばを迎え、一人住まいに不安を感じることも多くなり身体が動くうちに行動を起こしたい、ということらしい。

私は母の希望に沿った施設をネットで10ヶ所程調べて、早速資料を実家に送付してもらった。その中から3ヶ所程気になるものを母が選び、母一人で大変だろうが実際に見学にも行ってもらった。
施設の現実を見て、理想との乖離が大きかったのだろう。見学した後、母はケアハウス入居への意欲が薄れ、やはり今まで通りの生活で良いと言い出した。
季節は暑い盛りを過ぎようとしていた。

それからの1ヶ月、母を一人にしておく事への不安や自分自身の責任を見つめ直しながらも具体的な良案は浮かばず、母の希望通り今まで通りの暮らしをさせてあげるのが一番なのかとも考えていた。

やがて私の脳裏にそれまでは夢想だにしなかった一つのアイデアが浮かんだ。
『母をタイに呼び寄せる。』
呼び寄せるとは言っても狭い部屋に4人が暮らす事は不可能なので、コンドミニアムの同じ階に母用の部屋を新たに借りる必要がある。
同じ部屋に住むよりも少しだけ距離がある方が、時に我の強くなる母とは却って上手く行くような気もした。

当初、障害に思われた事を突き詰めて考えていくと、部屋の問題を始めとして大した障害ではないとの結論に至った。食事、掃除、病院、看護、、、全て私の相方の協力を仰がねばならないが、逆に言えば相方の力添えがあれば何とかなりそうだ。

相方の賛意は確信していたが、母との同居の可能性を打診すると相方は大喜びで受け入れてくれた上、私の「もし、色々世話するのがしんどいようやったらヘルパーさんを雇ってもええし」との案には断固反対して「そんな必要は全くない。私がお母さんの世話をするから大丈夫!」と言ってくれている。
相方の強い言葉に力を得て、母にタイでの同居を提案したのが去年の9月のことだ。

「タイに引越しするやなんて、この歳になって出来へんわ!」
これが母のいの一番の反応だった。無理もない。大阪から東京に出てきてからの35年間、私は母をほぼ放ったらかしにしてきて顧みること事がなかった。そんな私が母と同居して世話をするなどと母は夢にも思って来なかった筈だから。
ましてや同居する場所が遠く離れた異郷の地・タイとなるとなおさらの事だろう。



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