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第四章 ドリーム・ボーイ

あれから、河野は、いろんな映画の世界に入り込んだ。

初めは意識せずに、映画の世界を出入りしていたが、今ではすっかりコツも掴んでいる。
あるときは、ホラー映画の中に入り、物語には関係のない人物が、呪いのビデオを借りそうになっているところを、他のビデオを薦めることで回避させた。またあるときは、探偵モノの映画の中に入り、通行人を装って、事件解決のカギとなる手がかりを、それとなく探偵の助手にチラつかせ、事件の解決に暗躍した。
映画から出た後は、もう一度、映画を観て、自分が登場して、ストーリーに少しでも関与していることを、満足げに眺めた。

映画の世界に入る方法は、映画を見て、映画の世界に入りたいと強く願うこと。ただ、それだけだった。映画の世界に憧れつつ、映画の世界を夢見ながら眠りにつくと、寝る前に見た映画の世界に入ることができた。どのシーンに降り立つかは、まだ河野も分からない。映画の世界に入れたものの、特に印象に残るシーンでなくて、ガッカリすることもよくあった。

逆に、映画の世界から、元の世界に出る方法はというと、これも簡単だった。元の世界に戻りたいと、強く願うことだ。たしかに映画の世界は楽しい。ただ、常に命の危険と隣合わせの世界に、長く留まりたいという気持ちはなかった。初めて映画の中に入ったときと同様、元の平凡なサラリーマン生活が、必ず恋しくなる。平和な映画であったとしても、急にその世界に放り込まれた無一文の状態で、映画の中で暮らす術を考えるのは、途方もないことのように思えた。何度か試みたものの、結局は元の世界が恋しくなり、次の瞬間には、自分の寝室の天井を見上げた状態で、朝を迎えるのだ。

河野は、ストーリー自体に、大きな影響が出ないように、映画の世界に入っても、あくまでモブとしての振る舞いを忘れなかったため、特にストーリーが大きく変わることはなかった。モブであるため、カメラに映らないときもあるし、映ったところで、必ずどこかで見切れたり、後ろ姿だけだったりすることもあった。だから、誰も河野が映画の世界に入っていることは気付かなかった。ましてや、映画内に河野が出演していることも、誰も気付かない。河野は、そのことに初めは安心感を抱いていたが、次第に、自分も憧れのヒーロー達のように、何か大きなことを成し遂げて、周りに自分を認めてもらいたいという気持ちが大きくなっていった。

あるとき、河野は、ヒーロー映画と同じく大好きなSF映画に入り込んだ。
舞台は、帝国に支配された世界を救う反乱軍の基地。自分が着ている服から判断すると、河野は、反乱軍に所属して戦闘機を操るパイロットの一人だった。目の前には、腰あたりまでの高さの円形の機械があり、その周りを反乱軍の面々がぐるりと取り囲んでいる。河野が着ているものと同じパイロットスーツにに身を包んだハンサムな黒髪の男性が、機械の側面にある操作板を、慣れた手つきで操作している。彼は、この反乱軍のパイロット達をまとめるリーダーだ。円形の機械の上に、ホログラムが映し出された。

「皆が知っている通り、帝国軍の基地は、このように円形の一つの衛星のような形をしている。この基地は、まさに基地全体が一つの兵器だ。こいつから出される光線は、惑星ひとつを丸ごと吹き飛ばす。そいつは、今、俺達がいるこの惑星に照準を合わせている。そこで、俺達は、これから、この基地を破壊する作戦を実行する。それも、帝国軍が我々の基地を破壊する前にだ。時間はない。」

リーダーが円形のホログラムのへこんだクレーター状の部分を指差しながら説明すると、周囲から恐怖の声が漏れる。河野も、思わず生唾を飲み込んだ。

突然、部屋の奥から一人の男性が駆け込んできた。パイロットスーツとは異なる軍服を着ているところからすると、基地内で連絡役などを担う作業員のようだ。リーダーの横に立っている年配の女性に、何やら文字や図が映し出されているパネルを手渡す。彼女は、反乱軍を率いる将軍だ。将軍は、素早くパネルに目を通し、周囲に呼びかけた。

「帝国軍が、攻撃準備に入ったようです。」

途端に、周囲がざわつく。将軍は、手を上げて、静かにするよう合図する。周りが静かになると、言葉を続けた。

「幸運なことに、私達は、元・帝国軍の彼から、基地を破壊する有力な情報を得ました。」

将軍に促され、向かい側に立っていた若者が前に進み出て、口を開いた。どういうわけか、彼は私服のような格好をしている。ちょうど河野と同じような年代の若者だ。

「基地には、一箇所だけ、弱点があります。この部分です。ここを破壊すれば、基地全体の機能を停止させ、基地自体を破壊することが可能です。」

若者は、慎重に言葉を選び、かつ、迅速に情報を伝えられるように注意を払いつつ、ホログラムの一部を指で指し示した。将軍の隣に立っていた司令官らしき中年男性が、手元のパネルを操作する。すると、若者が指し示した部分から、基地の中心部に向かって、金色に色付けされた管状の機関が伸びた。若者は、言葉を続けた。

「ただ、敵の本拠地というだけあり、弱点が破壊できる内部に侵入するまでには、厳重な警備網をかいくぐる必要があります。基地の外部では、多数のレーザーキャノンの攻撃、内部に入ってからは、帝国軍随一のパイロットが操作する戦闘機からの攻撃が予想されます。また、内部への道は非常に幅が狭いため、こちら側も敏腕のパイロットが必要です。」

「ありがとう。私達なら出来るわ。時間がない。作戦は、通信機で指示します。各々、戦闘体制に入ってください。」

将軍が全体に指示を出すと、反乱軍の面々は、それぞれ自分の持ち場に足早に向かった。河野も、自分の戦闘機に向かって、大急ぎで駆け出した。反乱軍の一員になるのも、戦闘機に乗るのも、全く初めてなはずなのに、不思議と、どこに向かって、何をすれば良いのかが、分かる。夢にはありがちな現象を自覚しながら、河野は急いだ。

ガレージには、いくつもの戦闘機が停められていた。戦闘機には様々な形のものがあったが、河野の愛機は、小回りのきく戦闘機で、細長い機体が両翼の間に位置している戦闘機だ。河野は、身体が動くままに、そのうちの一機の前に立ち止まった。映画では何度も目にした機体だが、まさか自分が乗り込むことになるなんて。しかし、眺めていると、どこか愛着のような感情も湧き上がってくる。

「出動準備、完了しました。コータロー、どうかお気を付けて。」

機体の下から、整備士が声をかける。

「ありがとう、ケビン。絶対に成功させるよ。」

自分の口から、自然に言葉が出てくる。整備士のケビンから、ヘルメットを受け取り、がっちり握手をして、お互いの健闘を祈り、軽く抱き合った。河野は、はしごを登って、運転席に乗り込む。目の前には、無数のパネルやボタン・操縦桿(かん)がある。身体が動くままに、シートベルトを締め、ヘルメットを被り、ボタンを押して、運転席を覆う乗り込み用のドアを閉める。いくつかボタンを押すと、機体が大きな音を立てて、機体がアイドリング状態になった。

「こちらレッド9、出動準備完了しました。いつでも出られます。」

「こちらブラックリーダー。レッド9、了解した。」

口が動くままに、リーダーに報告すると、リーダーからすぐに返答があった。ブラックリーダーは、レッド・ブルー両チームをまとめる彼だけに与えられる、特別な呼称だ。他のパイロットからも続々と出動準備完了の連絡が入ってくる。全メンバーの出動準備完了の報告を確認すると、反乱軍の基地内に残る将軍からの通信が入る。

「全機、対象の帝国軍基地に向かってください。くれぐれも、敵からの砲撃には気を付けて。レッドチームは、ブラックリーダーとともに、弱点を破壊する任務を遂行してください。ブルーチームは、基地周辺を飛び回って、敵の注意を引きつけて。現地での細かい指示は、ブラックリーダー、あなたに任せるわ。何かあれば、すぐに連絡して。健闘を祈るわ。」

「こちらブラックリーダー。了解しました。それでは全チーム、敵陣へ発進。」

ブラックリーダーからの声を合図に、他のメンバーと同じく、河野は、自機を発進させた。

反乱軍の基地から、大空に飛び立つと、すぐに目的とする敵の基地が目の前に広がった。作戦会議中に見たホログラムと同じ形をした大きな衛星型の基地。想像していたよりも、ずっと大きく、ずっと禍々しかった。反乱軍の戦闘機は、あっという間に、宇宙に到達した。リーダーから指示が入る。

「こちらブラックリーダー。将軍からの指示があった通り、これより作戦を実行する。ブルーチームは、敵を撹乱してくれ。くれぐれも気を付けてな。ブルーチームの指揮については、ブルー1に任せる。レッドチームは、俺と一緒に、基地内部に向かう。何かあれば、それぞれ通信で連絡してくれ。よし、行くぞ。」

レッド9である河野は、ブラックリーダーや他のレッドチームの戦闘機に従って、機体を走らせた。ブルーチームが、敵を撹乱させるための陣形を組み、敵陣に近づいていくのが見える。反乱軍の戦闘機が近付くや否や、帝国軍側からの一斉射撃が始まった。衛星型の基地に、いくつも筒状の大砲のようなものが突き出し、そこから緑色の光を放つ砲弾が発射される。反乱軍は、慣れた動作で、その砲撃を何なく避ける。

「見えた! あの通気口だ!」

ブラックリーダーが叫んだ。思わず口元が緩めた河野の背後から、勢いよく風を切る高い音が聞こえた。まるで大きな蜂が羽音を響かせるような、不気味な音だ。

「こちらレッド8、後方から敵の戦闘機が追ってきています。くそ・・・

河野の隣を飛んでいた戦闘機からの通信は、そこで途絶えた。大きな爆発音が、機内の通信スピーカーと窓の外から同時に轟く。爆風の勢いで、河野の機体がビリビリと揺れる。敵の戦闘機は、容赦なく砲撃を浴びせてくる。さらに敵軍の基地からも砲撃が飛び、反乱軍の戦闘機は、それを回避するので精一杯だった。通気口が目の前に迫ってくる。

「こちらレッド1、プロトン魚雷を発射します。」

敵の衛星型基地を破壊するべく、精鋭のレッド1から、プロトン魚雷が打ち込まれる。魚雷は真っ直ぐに通気口に入っていったが、衛星はビクともしなかった。

「くそ、やっぱり無理か。こちら、ブラックリーダー。レッドチーム、やっぱり魚雷では、中心部への攻撃は無理そうだ。俺と一緒に基地の内部まで来てくれないか。核部分を、直接砲撃する。内部は狭い。途中で無理だと思えば、その場で旋回して戻り、ブルーチームに加勢してくれ。」

ブラックリーダーから指示が飛ぶ。各メンバーから了解の返事が返ってくる。

「くれぐれも無理しないで。慎重にね。健闘を祈ります。」

将軍から通信が入る。緊張の中に、仲間への信頼の色がうかがえる。河野は、不思議と怖くなかった。将軍やブラックリーダー、自分以外のメンバーがいれば、何でも出来る気がした。

ブラックリーダーに続いて、河野らレッドチーム各機が、基地の内部に滑り込む。予想していた通り、基地の内部は、四方八方から、砲台やセンサー・電線などが迫り出しており、道幅が狭かった。ブラックリーダーを先頭に、前後一列に隊列を整え、進んでいく。砲台から発せられるレーザー砲を避けようと、少しでも機体が壁をかすめようものなら、たちまち機体は火だるまになってしまう。レーザー砲や狭い壁の餌食となり、火の玉になった機体が爆風を巻き起こしながら破裂する。

前方や後方から感じる爆音と、通信機から聞こえるメンバーの悲鳴を聞きながら、河野は歯を食いしばって、懸命に操縦桿を握りしめた。メンバーを失う悲しみと、破裂した機体から発せられる爆風で、自機が揺れることへの不安で、涙がこぼれ落ちる。

そんな河野を尻目に、ブラックリーダーは少しもスピードを落とさずに、あらゆる障害物を紙一重で避けながら進んでいく。道はどんどん狭くなっていく。同時に、前方に何やら開けた空間が見えてきた。通気口の出口だ。前方のブラックリーダーや他のメンバーの機体が、逆光で黒く見える。

「よし、魚雷を用意するんだ。打ち込むぞ!」

ブラックリーダーから通信が入る。
指示に従い、魚雷発射のボタンを押そうとした瞬間、前方に緑色の光線が一瞬見えたかと思うと、次の瞬間には、視界一面に爆炎が広がった。

自分の前を飛んでいたレッドチームの機体が、前方からやってきた敵にやられた。反射的に、河野は、操縦桿を大きく前に倒し、スピードに任せて、爆炎の中を猛スピードで突破する。通気口の出口を突破した。先ほどまでの狭い空路とは違い、円形の広場のような場所に出た。前方に、大きく旋回するブラックリーダーの機体が見えた。敵機に無数のレーザー砲を浴びせている。確実に敵機を撃墜しているが、次々に敵機が現れ、容赦なくレーザー砲を浴びせてくる。さらに、運良くブラックリーダーの手を逃れた機体は、通気口内のレッドチームメンバーを狙い撃つ。あえなく後退するメンバー・無情に撃墜されるメンバーの怒号や悲鳴が、河野の機体に響き渡った。

「くそ!レッド9、お前が『あいつ』に魚雷を打ち込め。俺は『こいつ』らを引きつける!」

ブラックリーダーから指示が飛ぶ。

「了解。」

手早く答えた河野は、開けた空間の中央にある『あいつ』に目を向けた。そこには、この基地の核部分がある。それはスノードームのような形をしていた。上下の無機質な金属質の土台と蓋からは、たくさんの管やパイプが出ている。真ん中のドーム部分は、丈夫なガラスのようなものでできていて、その中にはまばゆく光る電流が何重にも渦巻いていた。

河野は、機体を旋回させ、手元のボタンを操作した。機体の下部から、プロトン魚雷が顔を出したことを、運転席のシートの揺れで感じる。頭上から筒状のスコープが伸びてきた。これを覗いて、照準を合わせ、スイッチを押せば、標的に向かって魚雷が発射される仕組みだ。

「レッド9、魚雷発射準備完了。発射します。」

口が動くままに準備完了を伝える。

「了解。いつでもいいぞ。」

ブラックリーダーの機体が、先ほど通ってきた通気口の出口に向かうのが見えた。その途端、こちらの目的を悟ったらしき敵機が、一斉に河野の機体にレーザー砲を発射する。しかし、すでに河野は魚雷の発射ボタンを押していた。目の前にあるスコープの照準は、しっかり基地の核部分を捉えていた。そこからは無我夢中で、自分でもよく分からなかった。ただ、ブラックリーダーの機体について、広い通路を猛スピードで飛び、魚雷による基地の爆発に巻き込まれないように避難するので、精一杯だった。

ふと気が付くと、遠くに基地が見える位置まで来ていた。どうやら通気口の入り口まで戻ってこられたらしい。
しかし、ホッとしたのも束の間だった。視界が明るい緑色で埋め尽くされ、機体が激しく揺れた。嫌な予感がする。

身を乗り出すと、機体の前方が火を吹いている。操縦桿を握り、前後左右に振り動かすが、何も反応しない。機体は前屈みにどんどん下降していく。この機体には、脱出ポッドのような設備はない。機体の機動力を上げるため、そのような装置は搭載していなかった。機体の行先は、漆黒の宇宙だった。河野の目の前には、炎が広がっている。顔が熱い。足が暑い。手が熱い。息が苦しい。河野は、自身の最期を悟り、ゆっくりと目を閉じた。

目が覚めた。目の前には、もう炎は見えない。全身の猛烈な熱さや息苦しさも、もう感じない。河野は、元の世界に戻ってきたのだ。息切れがする。身体中に大量の汗がにじんでいる。それにも関わらず、河野の身体は激しく震えていた。夢であることを忘れ、本当に死を覚悟したのだ。上半身を起こすと、枕が涙で濡れていることに気付いた。

情けない。だが、俺はやり遂げた。間違いなく、あの映画の世界を助けたんだ。最後は死んでしまったが、俺はヒーローに一歩近づいたはずだ。

急いでお気に入りの動画配信サービスで、さっきの映画のラストシーンを確認する。そこには、間違いなく河野が映っていた。テキパキと戦闘機を操作し、最後には基地を破壊する、パイロット姿の自分。基地から脱出後に惜しくも撃墜されてしまうが、命懸けで帝国軍から世界を守ったとして、未来永劫語り継がれる若き英雄となった自分。SNSやファンサイトでは、劇中の自分の写真とともに、自分を称賛する声の数々が見られた。

もっと、もっと。もっと自分は表に出るべきだ。もう自分は冴えない会社員なんかではない。世界を救うヒーローになるんだ。今日は待ちに待った休日だ。河野は、たまらず次なる映画に手を伸ばした。

次に入り込んだ映画は、初めて映画の世界に入ったヒーロー映画の続編だった。河野は、もうヒーローに助けられる一般市民なんかではなかった。ヒーロー達と肩を並べる、ヒーローの一人だった。映画では、地球の人口を半分にしようと目論む悪党とヒーローが戦っていた。六つの石が嵌められた黄金のガントレットを手にはめ、指を鳴らすことで、その者の願いを叶えてしまう。河野が降り立ったのは、まさに悪党が指を鳴らそうとしているところだ。

悪党の動きを掴むのは、河野にとっては簡単だった。映画を何度も観た河野からすれば、悪党の全ての動きは手に取るように分かってしまう。ついに自分の願いが叶うと悪党がほくそ笑んだその瞬間、河野は後ろから悪党に飛びつき、力いっぱいガントレットをその手から抜き取った。そこに味方のヒーローが一斉に悪党に飛び掛かる。逆上した悪党は、力任せに地面に振り落とした河野に狙いを定め、拳を固めていた。また、こいつにガントレットを奪われてはいけない。河野はガントレットを力強く握りしめた。

「キャプテン、これを!」

目線の先に、かつて自身を助けてくれたあのヒーローが立っていた。彼に向かって、思い切りガントレットを放り投げる。それを彼がしっかり掴んで、自分に向かって頷くのを見届ける。ふいに後ろに空気の揺れを感じた。視線を向けると、すぐそばで悪党が自分に固い拳を振り落とそうとしていた。ここまでか。河野は目を閉じ、痛みを感じるのを待った。

目が覚めた。いつの間にかソファで眠りこけていたようだ。さっき見た夢より、ずいぶん短い夢だったが、自分はついに世界を救うヒーローになった。自然と笑みがこぼれる。

だが、まだ半信半疑だ。急いでスマホに飛びつき、さっき見た夢の映画の内容を確認する。一気にカーソルを終盤にまで移動させ、さっきの場面と思しき場面を探す。あった。そこには、ヒーローと共に戦う自身の姿があった。自身の命と引き換えに、悪党からガントレットを奪い、ヒーローの勝利をもたらしたヒーロー。それが、映画の中での河野だった。カーソルを前半に戻すと、自身がヒーロー集団に加入する場面がサムネイルで確認できた。この映画は後でじっくり楽しむとしよう。

次は、もちろんSNSやファンサイトの確認だ。そこには、河野が扮するヒーローに賞賛の声がたくさん見られた。どうやら映画内では、自身は『ドリーム・ボーイ』という名前らしい。ださいが、仕方ない。夢の中では、ヒーロー姿の自身の名前までは指定できなかったのだから。SNSには『ドリーム・ボーイ』の画像をアイコンにしているアカウントが溢れ、劇中の画像がたくさんアップロードされている。ファンサイトには、ヒーロー集団の一員として『ドリーム・ボーイ』の専用ページが設けられている。公式ホームページでも、大きく特集ページが組まれていた。そうだ。自分はもう世界を救うヒーローなんだ。

映画で流れるテーマソングを口ずさみながら、河野はソファに座り直し、またリモコンを手に取る。まだ休日は始まったばかりだ。まずは『ドリーム・ボーイ』の勇姿をじっくり楽しもうではないか。テレビの電源を入れ、動画配信サービスを立ち上げ、先ほどの映画をクリックした。

あれから、何度も同じ映画を観た。『ドリーム・ボーイ』が登場する場面を、何度も何度も。

それから、別の映画を観た。同じシリーズのヒーロー映画だ。実は、河野には、お気に入りのヒロインがいた。美人で勇敢で、頭の良いヒロインで、公開当初から今に至るまで、人気のあるキャラクターだった。だが、彼女は、なんと劇中で死亡してしまう。敵に捕まったヒロインが、深い谷に放り投げられるシーンがある。敵からの猛攻に応戦しながら、主人公は必死に彼女を助けようとする。だが、あと一歩のところで間に合わなかった。彼女は頭を強く打ち、主人公が彼女を掴んだ時には、もう彼女は息絶えていた。彼女の死は、その後の主人公の人生に大きな傷を残すことになる。河野は、次は彼女を救おうと考えた。

今はもう夕方だ。明日は仕事だ。明日の起床時間まで残り十二時間ほど。その間に、彼女をサクッと夢の世界で助けて、目を覚ませばいい。そうすれば、目が覚めた後は、彼女が生きている世界が待っている。おまけに自分は彼女を救った英雄ということになる。いいじゃないか。いける。俺ならできる。だって俺は世界を救った男だぞ。

よしと力強く頷き、ソファに横たわる。目を閉じながら、河野は彼女を想った。映画を連続で観て疲れていたのか、河野はあっという間に眠りに落ちていった。


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