共依存だった頃の話
わたしは超絶怒涛のメンヘラ女だった。
彼がいないと生きていけないと思っていたし、生きている意味みたいなものも、彼なしの人生では曖昧に感じられた。
彼と会っていない日のことはあまり覚えていなかったし、会う予定がなくてもいつでも会えるようにと、すべての予定を彼のために空け、捧げた。
「俺の精神安定剤になって。」
たしか付き合う前にそんなことを言われた。
いま思えばこの時点で相当ヤバい。
この人と出会うまでも恋愛をしたことはあったけど、あれは本当に恋だったんだろうか。
なんて浅くて稚拙なものだったんだろう、あんなのはぜんぜん恋でもなんでもなかったと、過去のすべてを否定し、彼との今を、すべてを肯定した。
彼には8年付き合った元彼女がいた。
正解じゃないか、そう思った。
わたしたちは当時、20代前半だった。
人生の3分の1以上を共にし、しかもその半分が遠距離恋愛だった元彼女である。
彼にとっての正解はその人だ。
わたしは元彼女になろうとした。
ほとんど、無意識だった。
今思えば、『間違ってはいけない』『誰かの正解でいたい』と強く思うようになったのは
この頃からかもしれない。
彼はわたしに、元彼女の話をたくさんしたので、嫉妬で狂いそうになるのを抑えて『元彼女のサンプル』をたくさん集めた。
彼が欲しいと思っているであろう言葉をたくさん使った。
とにかく好きでいて欲しかった。
それはわたしではないのに。
付き合い始めた当初、彼はわたしに勃たなかった。何度やってもセックスがうまくいかない。彼の中にまだ、元彼女がいることは明白だった。
なんとか魅力的に思ってもらおうと、わたしはとにかくテクニックを磨いた。
年上の元彼女よりも優れた何かが欲しかったし、自分に夢中になって欲しかった。
どんな風にすれば男の人が気持ちよくなれるのか、徹底的に調べて実践した結果、めちゃくちゃ引かれた。
「初めての相手は俺がよかった」
とまで彼は言った。過去の男を感じたくなかったと。
「お前が言うなよ」
今なら秒速でこう言うのだろうが、当時のわたしは好きでいて欲しい一心で、緩やかに慣れていないウブな女にシフトチェンジする他なかった。
彼はすごく気の利く男で、隣にいるといつもお姫様扱いをしてくれた。
彼といるとき、車道側を歩いたことは一度もなかったし、人混みは身長180㎝以上ある大きな体で守ってくれた。
笑いのセンスもピカイチで、一緒にいるときはゲラゲラ笑った。
サプライズもたくさんしてくれた。
いい匂いがしたし、服もオシャレだった。
すべてが乙女心を刺激した。
彼とは遠距離も含め、2年半交際していたのだが、毎月別れ話が出た。多いときは月2回。
それも決まって、彼の方からだった。
「俺じゃ、お前を幸せにできない」
「俺以外の人との方が絶対に幸せになれる」
だいたいこの2本柱だった。
友達や家族とうまくいかなかったり、
映画や漫画の主人公に触発されたりと、
心が何かで動いたときにそんな風になった。
何も見ず、何にも触れずにわたしの傍にいてくれと、彼といないときはいつも不安にそう思っていた。
別れ話のたびに、わたしは彼に泣きながら縋り、彼に『わたしにとってどれだけあなたが必要か』『あなたにとってどれだけわたしが必要か』をプレゼンした。
人を自分の思うままにコントロールしようと必死だった。
彼にとっての別れ話は、わたしと一緒にいる苦しさから逃がれたいからだけではなく、一種の試し行動のようなものだった。
わたしがぐちゃぐちゃに泣くのを見て、「嬉しかった」と言う彼は、自分のことも誰のことも信用できず、こんな自分でも必要としてくれる誰かや証拠を探しているように感じた。
それからわたしはどんな小さなことでも悩み、彼に相談するようになった。誰かの支えになっているという実感を彼に与えたかったのだと思う。
逆に彼が悩んだときは、わたしが持つすべての言葉を尽くして彼に捧げた。頭をフル回転させて、彼の地雷を踏まないように、気が利く彼女だと思ってもらえるように。
「お前の言葉は信用できない」
そう言われたときは絶望した。
こんなにもあなたを思って、あなたのために伝えているのに、と。
付き合って1年も経つと、わたしはもう立派に狂っていた。
彼から別れ話を切り出されて失意のどん底にいるときは、『前から走ってくる車、突っ込んで来てくれないかな』『変質者に襲われないかな』などと本気で考えていた。
すべては彼に構ってもらう理由が欲しいからで、構ってもらうためだったら嘘も平気で吐いた。
遠距離恋愛になっても別れ話が毎月出るのは変わらず、その度にわたしは新幹線に乗って彼の家を訪れた。
いつも、いつも不安だった。
気付けば友達との関係も希薄になっていた。
そんな関係が続いたある日。
彼の住む街でデートをしていたとき、どこか心がザワザワして、息苦しさみたいなものを感じた。
その日、わたしは彼と手を繋ぐことができなかったのだ。こんなに大好きな人なのに。
遠距離恋愛だから、会うたびにセックスもしていたけれど、その日は彼がお風呂に入っている間に寝たふりをして、彼の出すサインにも気が付かないふりをした。
彼と穏やかにデートをしているとき、ふと、『この幸せはいつまで続くんだろう』と思った。
一刻も早く彼と結婚して、別れ話の鎖を解きたかったけど、「別れよう」が「離婚しよう」に変わるだけではないかと、ゾッとした。
わたしは、これが本当の幸せではないということに気が付いてしまった。
不安こそ愛の大きさだと勘違いをしていた。
いつも彼の顔色を伺い、彼の好きな理想の彼女でいるよう努めた。そこにわたしはいなかった。少なくとも、好きなわたしではなかった。
この人といては幸せになれない。
この気持ちがずっと頭にこびり付いて離れなかった。
わたしが大阪に帰ってから、様子がおかしいと感じとった彼は、わたしに会いに大阪に来た。
付き合ってから半分くらいは遠距離恋愛だったが、彼が大阪に会いに来たのはそれが初めてだった。
そしてそれが最初で最後になった。
「別れよう。」
そう言ったのはわたしだった。声も体も震えていた。
すごくすごく、すごく苦しかった。
胸が張り裂けそうだった。
いつもなら改札で必ず振り返って彼に手を振るわたしだったが、その日はそれをせず、振り切るように前を向いて歩いて帰った。
数日後、彼から、「1からやり直したい」と言われた。
わたしは、毎月自分がこんな気持ちでいたこと、だからこそ、それほどの覚悟を持ってあの言葉を伝えたんだ、という内容のメールを送った。
わたしは今でも、人に甘えることや、自分をさらけ出すことが少し苦手だ。
また誰かに依存してしまうのではないか、心を開いた人に拒絶されたらどうしよう、という恐怖心といつも闘っている。
けれど今、わたしはわたしのことが大好きだ。
彼と付き合って、知らない自分に出会い、
彼と別れて、ありたい自分を知った。
わたしがなぜ、あんなバカみたいな内容のツイートをし、なぜ自分のことが大好きになったのか、気が向いたときに話せたらいいなと思う。
いつでも変わるきっかけは、『気が付く』だけではなく、『そこからどう行動するか』。
わたしは、こうなってやっと、初めて自分についてちゃんと考えようと思うことができた。
誰だって傷付きたくはないけれど、人は人間関係の中でしか自分を知ることはできない。
つらいこともその大きなきっかけを貰ったのだと思って、前に進めるような強くてしなやかな女性になりたい。
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