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722 キンイロハルオ

千葉駅で成田エクスプレスに乗り換えて、早めに空港へ到着できたので、荷物検査場の手前にある、いつも見かけるのだけど時間はなくて足早に素通りしていた本屋へと立ち寄った。

店の入口のほうには、流行りのファッションや料理レシピなんかの載っている人気の雑誌、じゃらんやことりっぷなんかの旅本ももちろん置いてあったけど、700円くらいの薄い文庫が所狭しと並んでいた。機内へ持ちこむのにちょうどいい手軽さだからだろう。

本屋で、こうして目的もなく棚を眺めるのなんてひさしぶりだな。ぐるりと見渡してふと目が止まったところに、銀色夏生さんのつれづれノートが3冊並んでいた。

40.41.42。
そうか、銀色さんはもう40冊以上「まいにちの日記」を出版しているのか。それってすごいことだよな、とあらためて感心した。

パラパラとめくってみると、これがほんとうに、ふつうの日記で。ぜんぜん気負いがない。
いちばんうしろには、ご本人が直筆で綴ってある文章があったり、途中には解説用?の挿絵があったりもするんだけど、なんかほんとに小学生みたいなタッチで、力がゆるむ。

出版されることを前提に書いた日記とは微塵も思わせない「なんでもない人のなんでもない日記らしさ」を意図して出しているのか、それとも有名なプロの作家さんだから、出版することに対しての余裕が常にあって、あそびごころという領域にふわんと浮かびながらナチュラルに綴っているのか。

銀色さんの体の中にはきっと、おとなもこどもも、計算も天然もどちらもあって、バランス良く共存しているんだと想像するけど、なんにせよ40冊もそのライフワークを続けているという行為は、自由さと素直さが感覚のベースにないとやれないんじゃないかと思った。

わたしはこの「しあわせプラン」でここんとこ毎日、読みやすくもないカオスな乱文日記をつづけて書いているけど、いちいち「良い文章か」なんて考えて確認していたらたぶん、毎日こんな量は書けない笑

日記は、ライブだ。
作品じゃない、生もの。
あとから読み返したら、全消ししたくなるほどはずかしくなるものがほとんどだろう。

だけど、はずかしいものは、いとおしい。
一生懸命だったんだな、とか、あんなことでとりとめもなくグルグル悩んでいたのか、とか、小さいこと気にして傷ついてたんだな、とか、結局そういうのこそが、人生なんだろうと思う。

傑作じゃなくていい。
生きてりゃいいんだし、まあ死んでもいいんだし
不完全で、とっ散らかってて、幼いままで
名作とは程遠い、ライブのままでいいんだよね。

と、パラパラめくっていた本を
しみじみと閉じて、気づいた。

やべえ。乗り遅れる。

荷物検査場にダッシュ!!!!
しかもめちゃくちゃ混んでいる!!!!!
ぜんぜん余裕だったのにどうして!
わたし本屋に1時間もいたのか!?!?

搭乗口までゼェハァ走っていったら
飛行機の到着遅れで、出発時間が10分ほど延びていた。

助かったあァァァ。
ありがとう銀色さん!!!!!
(銀色さんなにも関係ない)


機内で、スマホの充電がそんなに残っていなかったので代わりに手帳をひらいた。
書き写さなきゃと思っていたラジオ収録のオファーやライブ候補の日にちをメモしたかったので、鞄からボールペンを取り出してひざの上に置いていたら、飛行機がスピードをあげて飛び立つ瞬間、床に落ちてコロコロと勢いよく後方へ転がっていってしまった。

あちゃー。ボールペン1本しか持ってないよ。
まあいっか、降りるときに探させてもらおう。

昨日ちょっと寝不足だったこともあり、到着するまでのほとんどを爆睡していて、内側の座席だったので大好きな窓からの空撮影もスッパリあきらめて、あっという間に関西国際空港へ着いた。

座席の14Cから最前列のほうへとりあえず移動して、スタッフの方にボールペンを落としたことを伝え、お客さまが降りたら探させていただけますか?と質問すると、わたしたちが探しますのでここで待っていてください、とのこと。

最前列に座って、スタッフとともにお客さまをお見送りする格好になった。
意外だったのは、みんなけっこう、会釈をしながら「ありがとうございました」とか「お世話様でした」とか、ちゃんとお礼を言って機内を出ていたこと。

へええ。無言じゃないんだ。
そっかあ。そうなんだ。

LCCはスタッフもお客さんも、ともに態度があまり気持ちよくない(安いチケットだからなのか、態度や言動にゆとりや優しさが感じられない)という印象をなんとなく持っていたので、ありがとうが言えるなら、捨てたもんじゃないな。と勝手に少し感動していた。

お客さま。申し訳ありません。
探したのですが見つかりませんでした。

なんと。見つからなかったか…!
どうしよう。なくなっちゃったのか。
絶対この中にはあるはずなんだけど…

もし可能でしたら、
いっしょに探させてもらってもいいですか?

ああ、すみません、
もう次の出発時刻が迫っておりまして…
どこにも見当たらなくて、今回は
ほんとうに申し訳ございません…

ふつうのボールペンなら、何も問題はなかった。
だけど、そのボールペンは
息子といっしょに買ったおそろいのやつで
すごく大切にしてたんだ。

わー!ママ、これカッコいい!
ぼくとおそろいで、おんなじの買おうよ!

えー。でもこれ1本1,000円もするじゃん。
どうせすぐ、なくしちゃうでしょー。

なくさないよ!だいじに使うから!
お願い!ねえママ、いいでしょ。
ぼく中学受験、がんばるから!

なんだよ、わたしが先になくしちゃったよ。
でも、また同じのをどこかで買い直せばいっか。
探せば、ぜったい売ってるはずだし。
でも、あのときいっしょに買ったの、なぁ。

あと3秒くらいで泣きそうだったので
あ!わかりました!ぜんぜん大丈夫です!
ありがとうございます〜!
と笑顔をつくって急いで機内を飛び出した。

ごめんね、ママなくしちゃったよ。
おそろいだったのに、ごめんね。

涙がじわあと滲んできて、セーターの袖で目尻をこすりながらてくてく歩いていると、後ろからハイヒールのゴンゴンゴンゴンという音が迫ってきた。

お客さま!ありました!!!!!!

書く、っていう行為でわたしは
刻んだり、気づいたり、見つめ直したり
思ってる以上に、救われてんだよなと思う。

うれしかったことも、かなしかったことも
なんでもすぐ、瞬く間に忘れちゃうから
書くことで、今日1日のことを味わい尽くして
すっかり忘れても大丈夫な状態にしてから
安心して、また明日のストーリーを生きる。

銀色さんのエッセイみたいに
だれかの力がゆるむ素敵な文章は書けないけど
まいにちが短編小説みたいだなって
笑えるから、できるだけ記録している。

何の意味もなくたって、
自分のストーリーを楽しんで受け止める。
すべての価値がそこにある。

ほんとは今日1日の出来事だって
まだ書きたいこと、あと5倍以上はあって
だけど、今いちばん記録したかったのが
転げたボールペンが贈ってくれたきもちだった。

エッセイを出版することになったら
ペンネームは金色春生にするか。
(キンイロハルオ。急に古風すぎる響き…!)


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