親の孤立(ひきこもり支援の実態)
ひきこもりの子を持つ親が孤立している実態があります。
ひきこもっているのは子どもなのに、なぜ親が孤立するのでしょうか。
どんな実態があり、どんな課題やアプローチがあるのか考えます。
全く異なる支援(世代のギャップ)
ひきこもりの状態にあるかた、と聞いてどんな人と親を想像するでしょうか。ひとによってそのひきこもりの人像がまったく異なります。
10代の学齢期にある方と、40代くらいの親御さんを想像する方。
20代の就職期にある方と、50代くらいの親御さんを想像する方。
50代のひきこもりが長期化した状態にある方と80代くらいの親御さんを想像する方。
どれもひきこもりの方が実在していて支援を必要としています。
しかし必要とする支援は一様ではなく、むしろ同じ支援が機能する場面は極めて限定的でしょう。
学齢期のひきこもりのかたの目標は多くの場合親御さんの希望として復学やいきいきとした活動に据えられる場合が多いです。
20代のひきこもりの状態にある方の目標は就労や寛解(疾患がある場合)。
50代のひきこもりの状態にある方の目標は、親なき後の生活、生活保護(困窮の場合)や医療機関との連携(疾患のあるご様子の場合)、成年後見制度(財産があり、判断能力等に心配のある場合)など国の制度との橋渡しを目標にする場合が多いです。
ここは私(わたしたち)の場所じゃない
このような世代によるニーズのギャップは、参加された親御さんに敏感に察されてしまいます。
50代のひきこもりのかたの親御さんが中心の支援の場では、当たり前のように生活保護、医療(統合失調症、うつ、アルコール依存症)、お金(相続や消費者被害)が話題の中心に据えられ、制度申請や治療、自助活動や訴訟など、切迫した内容と向き合っています。
それ自体は必要な検討、情報交換である一方、学齢期のひきこもりの状態にあるかたの親御さんにとっては、まったく異質の、いわば疎外感のようなものだけが伝わります。結論として「ここは私(わたしたち)の場所じゃない」という判断をされ2度と顔を出すことはないというケースが多いです。
細分化されていればいるほどよい
「ひきこもり」という言葉で十把一絡げにされがちですが世代によってニーズは全く異なります。「女性向けの服です」と売られている服を買うでしょうか。「10代がちょっとおしゃれして休日に友達と遊びにいくときに使えるデニムパンツ」なのか「30代がオフィスカジュアルに使う堅めの印象のダークブラウンのジャケット」なのか内容によって必要か不要か全く異なります。
「ひきこもり支援です」では参加するには不安です。「10代のひきこもり、どんな気持ちなのかを考える親の会」なのか「50代のひきこもり、親なき後を弁護士が事例を通して考えるセミナー」なのかがわからないと参加できません。
ごった煮の支援で親が孤立する
疎外感を覚えた親が違う支援を探すならまだいいのですが、ひきこもり支援の印象が固着化した親が、2度と支援を必要としなくなる場合があります。
うちはひきこもりじゃない、だったとしても軽度なものだし、気持ちでなんとかなる、気合や覚悟が足りてないだけだ、といった結論になる場合があります。親御さんも悩んでいて疲弊していたりうつ様の症状をきたしている場合特に正しい判断ができない状態にあるとより短絡的な結論を求めがちです。良かれと思って完全に善意で成り立っている支援が孤立した親を作ってしまう場合があります。
人気取りではない
参加者数を求められてしまう立場が多くなっています。財政難や昨今のNPOなどの不祥事、俗に言う公金チューチュースキームなどへの世論から、活動の内容だけでなくその数的価値を出力しなくてはいけない場合もあるでしょう。しかし活動はより細分化されていて、ニッチなニーズにアウトリーチする必要があります。場合によっては参加者0の活動があってもいいという考えがあってもいいはずです。そこにニーズがないことがわかったという発見なのか、広報などがニーズに正しくアプローチ出来ているか確認するきっかけになるのか、なにを得るかは支援者次第です。
キーパーソンは親
本人が相談に訪れることはまずありません。インテークは親で、場合によっては最後まで親御さんを通して支援が完結することすらあります。
親のエンパワメントがそのままお子さんに波及する場合もあります。
それほどひきこもり支援と親御さんへの支援はセットです。
親を孤立させないことが、ひきこもり支援になるという認識をいまいちど確認したいものです。
以下別記事です。
親がしてはいけないこと、と銘打ちひきこもり状態にあるかたの気持ちを考えています。よかれとおもって、が大きく状態を悪くすることがあります。おもいやりの8割は知識という考え方があります。したいこととすべきことはたいていの場合において異なります。よろしければご一読ください。