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(短編小説)コンビニ

 私の夫は、早期退職してコンビニの店長になった。
 折角、部長まで昇進したというのに、突如30年勤めた大手企業を辞めて、フランチャイズ店の店長候補に応募してしまったのだ。

 まぁ、夫が変わり者なのは私が一番良く知っているから特に驚きはしなかったが、よりによってコンビニかとは思った。

 息子は独立しているし、いざとなれば実家に帰れば良いから、好きなようにさせた。

 ただ、一つ困ったことがある。
 今日は何があったのか、いちいち私に報告してくるのだ。
 最初の方は、私でもそうすると考えて、ちゃんと聞いてやっていたが、一ヶ月、二ヶ月と続けば、いい加減ウザくなってくる。

 それでも聞いてしまうのは、何が原因なのだろう……。

 ◆

 今日の話は、こんなのだった。

 店員の女の子に、「都民にとってソースは中濃です。ウスターソースばかり発注しないでください!」って怒られたって、嬉しそうに話していた。

 夫は関西出身だから、いまだにその時の癖が残っているのだろう。

 ちなみに、女の子にデレデレしているのは、構わない。
 堂々と離婚する理由付けができて、こちらとしても大助かりだ。

 ◆

 今日の話は、こんなのだった。

 移動式のホットドッグ屋が、店の前に陣取ったから、懇切丁寧に説明して移動してもらったらしい。

 だから、私は夫に言ってやった。
 写真を撮ってネットに晒せば良いだけだと。

 夫は笑って私の話を聞くだけだった。
 酒が回っているのかもしれない。
 少し、飲む量を減らさせないと……。

 ◆

 今日の話は、こんなのだった。

 観光バスが目の前に停まると、大量のインバウンド客が店に雪崩れ込み、並べたばかりのオニギリを買い占めていかれたと。
 そして、店員の女の子が添乗員に対して「次からは、1本電話を入れてください!常識ですよ!」と、注意していたとのこと。

 ……気が合いそうだな、その娘。

 夫は「怒る相手が違うんだ。区が用意したスカイツリー用の観光バス専用格安駐車場は、僻地にあるからね。」と話していた。
 なるほど、次の選挙で現職を落とせば良いわけか……。

 ◆

 今日の話は、こんなのだった。

 恵方巻。
 魔の恵方巻。
 
 夫は、こうしたらしい。
 まず、店員のプライベートの希望本数を聞いたらしい。
 それとは別に、店員一人一人にハーフサイズを1本ずつ奢ってあげたらしい。

 うちは早番、遅番、夜勤それぞれ3人いる。
 そして、1回のシフトに2人ずつ入れる体制を取っている。
 タブレットの注文画面に恵方巻が並んだ瞬間にハーフサイズをそれぞれ4本ずつ発注して、すぐにみんなに食べさせたそうだ。
 自分は全種類食べて、残りはシフト毎に何の恵方巻を宣伝するか担当を決めて、3人にそれぞれの恵方巻を食べてもらったそうだ。

 そして、恵方巻シーズンは休まず夫も出勤する。
 深夜だけは、代わりに私が出てやった。
 そうすれば、3種類の恵方巻をお客さんにしっかりとおすすめする事ができる。
『予約で買ってくれる常連客』に対して。

 節分当日、店売りの恵方巻は本部に怒られないギリギリの本数しか頼まない。
 今年も完売だった。
 地区で一番の売り上げだったそうな。
 ちなみに私のおすすめは、シンプルな普通の恵方巻である。

 ◆

 今日の話は、こんなのだった。

 インバウンド客がやって来て、"How can I get to Asakusa from here?"と聞いてきたそうだ。
 夫は、"If you walk west you will see the Sumida River, then cross the bridge and walk north."と会社員時代に鍛えた流暢なEnglishで答えたそうだ。
 言い忘れたが、夫の店は春日通りと大横川親水公園付近の交差点にある。
 向かいは、日本たばこ産業の試験場である。

 つまり、区民としては、南に歩かせて錦糸町を観光させた方が区民税的に得である。
「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ……。」と言って、身振り手振りで南に誘導すれば良いだけである。
 日本語を勉強せずにやって来た、彼らの方が悪いのだ。

 同じことを例の娘にも言われたらしい。
 ますます、夫の好みに近づいてきている。
 ……何故かモヤモヤする。

 ◆

 隅田川花火大会が、やって来た。

 魔の隅田川花火大会である。

 伝統のある『だけ』の、危険で、後処理の面倒な魔の花火大会である。

 街にはゴミが溢れ、道は塞がれ、しかも今はインバウンド客までいる。

 東京には、神宮や荒川、足立や魔の隅田川と、もう一つ『東京湾大華火祭』という、大規模な花火大会が開催されていた。

 あの大失敗に終わった五輪の会場や選手村として使うために、10年近く中止されている花火大会だ。

 隅田川と大華火を統合して、東京湾でやれば良いだけである。
 安全だし、隅田川ではできない仕掛け花火すら可能だ。

 隅田川花火大会は続けている理由が何一つ無い、日本有数の無駄の塊である。
 すみません。
 つい、本音が漏れました。

 ただ、私は地元民だから、ここまでけなせる権利もあるのだ。
 けなされたくないなら、開催者にはその努力を見せて欲しい。

 で、今日の天気予報は雨である。
 努力をせずに、利だけに走る開催者は、きっと雨天決行の判断を下す。
 前例がごまんとあるのだ。
 だから、けなされる義務すらあると思う。
 
 ◆

 で、店内はぐちゃぐちゃになった。
 雨宿りついでに、トイレを借りようとする天気予報すら読めない馬鹿が店内に行列を作った。

 でも、夫はそこまで読みきって対策を施していた。
 床にブルーシートを敷き詰め、商品棚にビニール製の暖簾を掛けたのである。
 もちろん、傘と雨合羽と懐炉を大量に発注して、本来なら大量に頼むべきフランクフルトは、いつもと変わらない本数しか頼んでいない。
 極めつけに、トイレにラミネート加工した『最寄駅までの簡潔な地図』を貼っていた。

 馬鹿の極みと、お人好しの極みを同時に見られる、そんな日となった。

 ◆

 他のバイト君に聞いた話だが、最近、例の娘をバックヤードに連れ込む時間が増えたらしい。

 彼女はバイトリーダーだから、仕事の話をしているだけでした。という落ちが付くのだろう。
 そもそも、いつでも実家に帰れるように荷物をまとめている私にとっては、何も関係の無い話なのだ。
 だけど、何故かモヤモヤする……

 な~んて、嫉妬を隠す妻を演出してみたが、2人が何を話し合っているかは、検討がついている。
 2号店をひらく準備をしているのだろう。

 一般的なコンビニのフランチャイズは、本部経営店を1店舗譲り受けた後、数年間そこで経営のノウハウを学び、ロイアルティ上納金の額が段々と減らされていき、一定額に達する頃に2号店を拓くように勧められるようになっている。
 2号店、3号店を持ってはじめて『経営者らしい稼ぎ』が得られるようになるのだ。

 だから、1号店時代に、2号店、3号店を任せる雇われ店長を育てておく必要があるのだ。

 彼女なら雇われ店長として適任である。

 ◆

 だから、彼女が独立して、コンビニのフランチャイズに挑戦するのを応援していた、と聞いた時には、ブチキレた。
 本気でブチキレたのは何年ぶりだろう。

 だから、まとめといた荷物を持って、一ヶ月ほど実家に帰った。

 でも、気になってしまい、結局様子を見に来てしまった。

 店舗のすぐ近くに、新しいコンビニができると、錦糸町駅にポスターが貼られていた。

 でも、連絡先として書かれていた電話番号に見覚えがある。
 スマホを開いて、通話履歴を確認して、照らし合わせる。
 やはり、夫の仕事用スマホの番号だった。

 書かれていた新店舗の住所へと走る。

 そこでは、私の内通者をやっていてくれたバイト君が開店準備に追われていた。

 何の事はない。
 3号店用に育てていたサブリーダーを繰り上げれば良いだけだった。

 ◆

『本店』側に行くと、夫が元気良く接客しているのが見えた。
 だから私はこう言って堂々と入店した。
「声が小さい!やり直し!」
「はい!すみません!いらっしゃいませ!!」

 母の方から連絡がいっていたようで、夫は私の帰宅を知っていた。
 バックヤードで食べた『志゛満ん草餅お詫びの品』の味は一生忘れられない味になりそうである。

―――
前回の『(今朝の会話)浅草』を読んでいただければ、この小説を書いた理由が分かります。

で、これをAIに見せたら、「まだこれプロットなんですよね?完成をお待ちしています。」と言われました。

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曳舟次郎
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