(短編小説)菊に杯
テツは賭場に出入りするが、賭けは一切しないという変わり者だった。
その姿は、賭場の胴元ヤスの目に留まっていた。
ヤスは、他の胴元が、何故テツを賭場に入れさせているのか疑問に思っていた。
ある日、とうとうテツがヤスの賭場にやって来た。
ヤスはテツの秘密を知りたくてたまらなかったため、彼の入場を許可した。
今日の賭場の勝負種目は花札のこいこいだった。
賭場の薄暗い照明の中、テツの鋭い目が光っていた。
ヤスはテツの秘密を暴くため、自ら相手をすることにした。
最初の試合はヤスの勝ちだったが、テツがわざと負けたことは明らかだった。
テツはヤスの手口を見極めるために、あえて負けたのだ。
テツの見極めは、賭けで損をする心配がないからこそできる芸当だった。
ヤスの考え通り、そこからはテツの連勝が続いた。
テツが五十連勝した時点で、ヤスは音を上げた。
「完敗だ!外の胴元がお前さんのことを気に入るのも分かるぜ。」ヤスは言った。
テツは表情ひとつ変えず、ただヤスの次の言葉を待っていた。
「賞金だ。持っていけ!」ヤスが差し出した額は金一両だったが、テツはそれを受け取らなかった。
「要らねぇよ。俺は試合が出来ればそれだけで満足なんだよ。」テツは静かに答えた。
ヤスはますますテツのことを気に入った。
「それより、今度からはちゃんと札を確認してから試合することだな。」テツは続けた。
「どういうことでぇ?」ヤスは不思議そうに尋ねた。
「『菊に杯』が足りてなかったぜ。」
―――
テツのモデルはプロeスポーツプレイヤーの梅原大吾氏です。
テツが『勝負』のことを『試合(死合い)』と呼んでいるのも、それが理由です。
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