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【LとF】 食べもののある場所

L・・・岩井理紗(ライター)
1976年生まれ。京都出身。福岡、東京と移り住んで現在ソウル在住3年目。夫、2児の4人暮らし。

F・・・フワンソワーズ・コマゴメ(主婦)
1974年生まれ。兵庫県西宮市出身。主に関西で育ち、現在東京在住11年目。日本人の夫と2人暮らし。

            * * * * *

On Oct.19,2019,  Lisa wrote: 
 フランソワーズさん
ソウルに来て2年が経ちました。先日、韓国では秋夕(チュソク)という旧暦のお盆休みがあり家族で上海に4日間の旅行に行ってきました。初の中国本土への旅だったのですが、上海という街の大きさや人の多さに圧倒され、毎食満腹になるまで小龍包やら麺料理やらを食べ尽くし、帰りの飛行機に乗りました。
 韓国に着いて仁川空港から家に向かうタクシーの車中、ふと「なんかサムギョプサル食べたいな…」と呟くと意外や家族も同意し「韓国料理って飽きないな!」と盛り上がりました。味噌汁とか蕎麦とかじゃなくて、サムギョプサル。知らず知らずのうちに味覚の四分の1くらいが韓国の人のそれになっているのかもしれない。フランソワーズさん、旅から帰ってきて真っ先に食べたくなるものってありますか?


On Dec.7, 2019, Françoise wrote:
リサヘ
ソウルからの書簡をありがとう。秋晴れの新宿御苑のベンチで読んだことを思い出しながら、いまはもう12月7日、雨の寒い土曜日です。
 あのときは、「外国から帰って何が食べたいか」という質問に、まったく何も浮かんでこなかった。ソウルの街に馴染んできたリサを想像して微笑ましくなり、一方わたしはなにひとつ書くことがありませんでした。

 このあいだ、とある外国であたたかくも心ぼそく過ごした最終日。
 空港のフードコートで「おにぎり」「ラーメン」「たこやき」の文字をみつけて、なんできつねうどんがないのか、いまとっても食べたいのはうどん(のおだし)なのにと思いながら、シャケおにぎりをひとつ買って食べたら、ものすごくおいしかった。白米が指にくっつくもどかしさも含めて、心がほぐれるような安心感に包まれました。

 いままたリサの書簡を読んで、おにぎりと比べてサムギョプサルってなんて激しい食べものなのかしらと感じました。おそらく、リサとファミリーが元気に過ごしている証拠なのだとおもいます。
 そしてわたしもいま、みんなでサムギョプサルが食べたいです。ジュウジュウに焼いた豚肉をでっかいサンチュで巻いて…。そういえば、おにぎりもサムギョプサルも、手で食べるものだね。これはたったいま気づいたことです。
 ほかにも手で食べる料理って、韓国にあるのかな?


On Feb.17,2020, Lisa wrote:
 フランソワーズさん
手で食べる料理といえば、韓国には쌈밥(サンパッ)があります。いわゆる「包みご飯」で、サンチュやエゴマの葉などの葉野菜でご飯やおかずを包んで食べる料理です。おにぎりもそうですが、口を大きく開けて手で食べる、その原始的とも言える食べ方のひと口目には本能的な感情が露わになる瞬間がありますね。
 フランソワーズさんが外国の空港で食べたシャケおにぎりのひと口目に表れた感情はどんなだったでしょうか。
 サムギョプサル、確かに激しい食べものだ……。今思うと本当にそれが食べたかったというよりも、「サムギョプサルが食べたくなるくらい、韓国に馴染んだ気分でまたがんばろう」という鼓舞する気持ちが大きかったのかも。その土地の食べ物を食べることで、その土地の生活者のお仲間に入れてもらおうとする、異国人の慎ましい潜在的な努力(笑)。
マドリードのバルの床下に散乱したチリ紙、イスタンブールの橋の下で鯖サンドを売る屋台船、ソウルの市場で売り物の衣類の上にトゥッペギ(土鍋)をドンとのせて赤い汁をすするアジュンマ……。
 生活者の息遣いが投影された風景には食べ物の匂いが漂います。今日、フランソワーズさんは何を目にして何を食べるんでしょうか。


On Apr. 21, 2020, Françoise wrote:
 リサヘ
今日は、2020年4月21日の火曜日、天気はうす曇り。
食料品の買い出しに出かけたら、商店街もスーパーもすごい人出でした。
道を歩くだけで誰かにぶつかりそうで、なんだこれはと思いました。

 道中、いつもは夜になると人でいっぱいになるチャイニーズバルがテイクアウトをはじめていて、肉団子、腸詰め、ユーリンチー、とメニューを目で追うだけで喉が鳴りましたが買いませんでした。
 黒いジャンパーを着た若者がふたり、店前で横並びになり、注文した料理ができあがるのを待っているようでした。

 スーパーに入ると、いちばん奥にある魚コーナーに並んだ魚介がどれもとってもおいしそうで、「長崎県産活き〆ブリお造り」がお買い得だったので買いました。
 新わかめ、帆立、あじ、ホタルイカ、マグロ。
 パックに詰められた魚がこんなにぴかぴかと輝いて見えたのは初めてかもしれません。余談ですが、「豊洲市場がフードロス削減のため訳あり食材を激安で販売している」というサイトにアクセスしたら、まったく繋がりませんでした。
 
 ザンネンながらマドリードのバルにもイスタンブールの橋の下にも行ったことがなく、ソウルの市場の赤い汁が何なのか分からないけれど、そこに集まる人たちの活気や匂いは簡単に想像できます。
 いつかのシャケおにぎりのひと口目にあらわれた感情は間違いなく「安堵」で、世界のどこで暮らしていても、世界がどんな状況でも、人間が食べもののある場所でたくましく生きる理由はそれに尽きるのではないかと思うのです。

〈LとF/1段目・完〉


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