よごと #2 「新しいお菓子」
前回は和菓子と洋菓子の境界線、そして「新しいお菓子」という事について
考えてみました。
(よごと#1「境界線」https://note.com/hikiami_co_jp/n/n90e14ba9cc6a)
この、誰が作ったか分からない変な境界線が若い頃から気に入らなくて。笑
いつかそんな事を誰も言わなくなるようになれば良いなと思っています。
さて、普段からお菓子の事をボーッと考えたりしているのですが、ある時に
「もしも自分が古い時代に富山で菓子職人をしていたら…」
という妄想が脳内でスタートしました。
自分は富山県は高岡市、伏木湊町という港の街で生まれ育っているので、
岸壁や防波堤、テトラポットなど、海のそばでばかり遊んでいました。
当時にしては海外から来る外国人の方々も多く、外国のお菓子を貰ったり
中国のあんみつをご馳走になったり、正体の分からないお菓子もいただきました。
そんな事もあって比較的、「海を越えてやってくるお菓子」と出会う機会も
多かったように思います。
そして思いついたのが
「もしもカステラと同じ時代に富山にバームクーヘンが伝わっていたら…」
(+自分がその場に居合わせて、それを再現しようとしたなら…)
という創作テーマでした。
当時はバター、生クリームなどの乳製品も一般的ではないから
油脂分は国産の菜種油を使おうかな…
米所・富山の職人なら米か小麦粉か…と考えれば米を選ぶだろう…
砂糖も白い砂糖は貴重だから甜菜糖を使ってみようか…
足りない甘みは県産のお米と麹から生まれる本物の甘酒を使おう……
そんな感じで妄想は走り出しました。
そして、そこから仮のレシピを組むのですが
普通のバームクーヘンに入るはずの「乳脂肪」「小麦粉」が使えないわけです。
カステラの基本レシピも、バームクーヘンの基本レシピも全く参考になりません。
まったくのゼロスタートですが、今までの自分の経験から、米粉、菜種油、
甜菜糖、卵、甘酒などのバランスを考えて
たたき台になるようなレシピを作り、早速オーブンで焼いてみます。
まあこれが美味しくない。というか焼けてない。半生。
気を取直して、この結果を参考にレシピを改良して再度焼いてみる。
今度はカリカリ。これも全然ダメでした。
でもこの時、妙に嬉しかったんですよ。
あれ?これって昔の人が初めて食べた外国のお菓子をアレンジして
新しいお菓子を作る時の状況を疑似体験しているんじゃないかな…って。
そう考えたら、とてもテンションが上がったのを覚えています。
そこから試行錯誤を繰り返した末にレシピが完成して、更に改良を重ねて
新しいお菓子は生まれました。
とても大切な、新しいお菓子。
そうなると名前が大切です。子供に名前を付ける時と同じ気持ちです。
「米粉バームクーヘン」とか「もちもちバームクーヘン」というような
説明的な名前は自分の好みではないですし(個人的な好みの話です)
昔の和菓子職人ならば菓銘とお菓子を見て、その背景を感じられるような、
そんな名前をつけるはず…
そう思いながら思索を重ねていきました。
このお菓子は焼き方がバームクーヘンと同じですので、断面が層になっています。
この層に何か意味を持たせたい…と、ずーっと、ずーっと考えていました。
そこで思い出したのが、
「新しき年の初めの初春の 今日降る雪の いやしけよごと」
(あらたしき としのはじめのはつはるの
きょうふるゆきの いやしけよごと)
という、万葉集の最後の歌。
富山に国守として赴任された大伴家持公が詠まれた歌で、おおよその意は
「新しい年の初め、初春の今日降る雪のように、良い事もたくさん重なれ」
という感じです。
お菓子は、召し上がった方の幸せを願いながら調製するものですし
いろいろな良い事や、毎年重ねていきたい行事、出会った方との御縁など
素敵な事が重なる予感のする良い名前になったなと、自分ではとても気に入っています。
こうやって当店の「よごと」は生まれました。
焼き方や見た目は完全に棒状のバームクーヘンですが、これって分類するとしたら
何菓子になるんでしょうか?
これからも色々な妄想を加速させて、自分の想う「新しいお菓子」を作っていきたいと思っています。
こんなややこしい和菓子屋ですが、どうかご贔屓いただければ幸いです。
引網香月堂 四代目 引網康博
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