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ドラマ「スター・ウォーズ:アソーカ」第6話感想~クライマックスに向けて~

前回までの…

 ドラマ「スターウォーズ:アソーカ」の配信期間を乗り切るための言語化として、次の配信前までに各話感想を書いています。前回の記事はこちら。

第6話感想

総評

 第6話はクライマックスのための布石の回だと思った。
 毎度のことだが敵ながらあっぱれなスローン大提督が、スターデストロイヤーと共に荘厳かつ厳格な演出で登場した。アソーカ対スローン大提督という対戦カードが切られるであろう、嵐の前の静けさを感じる。 
 「誰!?」といった風貌ながらもいつもの彼らしいエズラ・ブリッジャーもついにサビーヌと再会を果たした。ワクワクさせるアクションも見ごたえがあり、サビーヌの戦闘能力を再確認した。
 突然ジブリが始まったのか?と思うくらいのヘンテコクリーチャーたちも癒しを届けてくれている。第6話は総じてニコニコしながら鑑賞していた。

 ただ、全8話だからこの展開を第6話に持ってこざるを得ないのだろうなというもったいなさも存在している。例えばマンダロリアンはアソーカと同じく全8話構成のドラマだが、だいたい7・8話で一つのクライマックス的なストーリーを設けるように構成している。そうなると、ドラマ「アソーカ」も7・8話で山場になり、クライマックスを迎えるように構成すると考えられる。だから、第6話というのは7・8話の舞台を整えるための準備になってしまうのも致し方ない。あれだけスローンがスローンで戦争を止めなければと言われていたスローンと、「反乱者たち」の頃には考えられないくらいサビーヌにエズラがエズラでと話されていたエズラをここで出さないと、7・8話の盛り上がりの準備が足りない。でも、話数の都合上なんだろな、とこっちが思ってしまうというのはなんとももったいない。せめて全12話構成なら、もっと起伏のある再会の仕方ができたのではないだろうか…?前の回がアナキンなので私がアソーカとアナキンに全てを持っていかれてしまっただけな気もしている。怪しいところである。

 私自身はドラマ「アソーカ」の評価はめちゃくちゃ高い。もうずっと面白いって言っている。面白いからこそ面白すぎて評価のハードルがだんだん高くなっている感覚がある。だからこそなのか、第6話は、この展開を詰めるしかなかったし7・8話でこれだとダメなのも分かるんだけど、分かるんだけど~…!と思ってしまう。強欲なのかもしれない。

 アニメ未見勢への心配も正直尽きない。しかし私はこういうデイブ・フィローニ作品が見たいという気持ちがないといったら嘘になる。ごめんなさい。今回は言及をとどめておきたいが、「アニメ未見でも見れる」とは?というところはドラマ「アソーカ」の根深い課題だと本当に思う。新規参入へのハードルが高すぎるというのはコンテンツの繁栄にとって切実な課題だからである。こんなに繁栄しきっているコンテンツの心配を新参者がしても仕方がないとは思うのだが…願わずにはいられない…。

アソーカは変わったような変わってないような

 私は第5話感想でアソーカがアナキンと邂逅し、白っぽい装束に身を包んだアソーカは変化したのではないか?と書いた。ヘラに彼らを見つけると約束するのは、戦争を止めるならばエズラと会えなくなっても「仕方ない」という彼女とは違うように感じていた。
 だが、第6話冒頭のアソーカは思っていたよりサビーヌの下した決断のことを考えている。

アソーカ「彼女は止められたのに。スローンの帰還も。新たな戦争も。」
ヒュイヤン「だがエズラは戻らない」
アソーカ「ああするしかなかったんでしょうね。彼女は正しい決断を下す用意ができてなかったの(She was fated to make that choice.There wasn't enough time to prepare her to make the right one.)
ヒュイヤン「フォースは見通す力を与えるが、全ての答えを与えるわけじゃない」
アソーカ「どういうこと?」
ヒュイヤン「サビーヌにはその決断が唯一の選択肢だったんだ」
アソーカ「自分のために下した(A choice she made for herself.)」
ヒュイヤン「君はそれを恐れていた(That is your fear.)」

ドラマ「アソーカ」第6話「はるかかなたで」

 英語の、「was fated to~」という表現は結構好きだ。
 アソーカは地図を破壊し、スローンの帰還を阻止するということがやはり「正しい選択」だったと考えているようだ。それをヒュイヤンはサビーヌにとって「唯一の選択肢」だったと話す。ヒュイヤンは人生相談ができそうなドロイドだ。多分相談所は繁盛すると思う。
 この時点でアソーカはサビーヌの選択を完全に受容できたわけではないのだろう。でも、その理解できなさがアソーカからサビーヌが離れた理由であることは理解していた。「(地図を破壊しない選択を)自分のために下した」とサビーヌの選択を評するアソーカというのはやっぱりちょっと変化できたアソーカのように思える。ヒュイヤンの「恐れていた」という指摘も図星なのだろう。
 なぜなのか。アソーカにとって、誰かへの執着や愛着を持ちそちらを選択するということは、すなわちアナキンがダース・ベイダーになったということを想起してしまうからなのだろう…。その懸念と後悔を永遠に持ち続けていたであろうことはマンダロリアンでの会話からも感じられる。師のことで弟子との関係にほころびが生まれてしまったという構図になるのは怖いくらいに綺麗で恐ろしい。

おとぎ話を聞いてるのはどちらなのか

 私はスター・ウォーズを見たことがなかった頃でも、スター・ウォーズ由来の演出パロディがどこ由来なのかは分かっていた。おなじみのあらすじスクロールはいろんなところでパロディされているであろう。そんな中、やはりこの始まり方というのも「誰もが知ってる」ものだと思う。

遠い昔、はるかかなたの銀河系で…(A long time ago in a galaxy far, far away…)

「スター・ウォーズ エピソード4 /新たなる希望」 

 青字に黒のスクリーンが今にも見えてきそうだ。
 第6話ではこれを、ヒュイヤンがアソーカにジェダイ聖堂で教えられていた「銀河の歴史」を話す時の枕詞として話し出す。この演出はズルい。
 第6話では「おとぎ話」の話をベイランもしている。「この銀河の話は民話と思われている。古い話として忘れられている。」とベイランは話す。スター・ウォーズを見ている人々は、スター・ウォーズを作り話として親しんできた。ジェダイ聖堂で伝えられてきた「おとぎ話」とベイラン、「銀河の歴史」とアソーカの関係は「スター・ウォーズ」と私たちの関係のようだ。
 スター・ウォーズは、ただの作り話なのに、これほどまでにも私の心を動かしてしまう。一度ハマってしまった人であれば、誰もがこの作り話の魅力を知っているだろう。私よりハマっている人だってもちろん星の数ほどいると思う。だからこそ、ベイランが「おとぎ話」のことを話すシーンにドキッとさせられてしまう。おとぎ話を聞いているのは、今ここで見ているのはどちらなのだろうか?少しだけ、キャラクターたちとこちらの目が合ったような気にさせられた。

ベイランの意図・はじまりを作るとは

 ベイラン・スコールとシン・ハティはドラマ「アソーカ」からの新キャラでありながら、印象の強さはピカイチのキャラクターである。この二人は、こちらは彼らの過去を全く知らないのに、異様にキャラクター造形が良く、こちらを引き付けさせる。誰もこの二人のことを良く知らないので、ある意味一番初心者に優しいのはこの二人かもしれない。
 第6話では、スローン大提督やモーガンともベイランが違う意図を持っているのではないか?ということが少し分かってきた。正義対悪という二項対立自体は崩れていないが、それぞれの思惑が少しずつずれて見えてくるのもこのドラマを立体的にさせていると思う。
 ベイランはジェダイの滅亡や帝国の台頭を例に挙げながら「歴史は繰り返す。何度も何度も。」と話す。シンはそれに対し目を輝かせながら「次は我々の番ですか?」と話す。しかし、ベイランは一時の権力ではなく、「求めるのは、始まりだ」と話す。繰り返される歴史に終止符を打とうとしている。
 ベイランの言うことは間違っていない。スター・ウォーズという話自体が、権力の移り変わりと繰り返される戦争を描いている。この後だってもちろん歴史は繰り返す。それはエピソード7~9を見れば明らかである。
 現実世界の歴史を思い出してみても、権力は移り変わっていく。全ては絶対ではない。ローマ帝国も滅ぶし、徳川幕府だって崩壊する。物語も現実も帝国に反乱軍が勝って「めでたしめでたし」ではないのだ。残念ながら。
 ではベイランはどうやって、繰り返される歴史に終止符を打てると考えているのだろうか?彼のいう「はじまり」がもたらされたら、なぜ繰り返しを終わらせることができるのだろうか?深まる謎と読めない意図。ベイラン・スコールはとんでもなく魅力のあるキャラクターだと思う。スター・ウォーズという作品の根幹に触れようとしているようにも見える彼の目指す場所とは?

※ちなみに、歴史のことを話していたのでE.H.カーの「歴史とは何か」を思い出していた。ドラマ「アソーカ」には関係ない気はするけど…。

敵ながらあっぱれ!スローン大提督

 私はスローン大提督について「敵ながらあっぱれ」と毎度思っている。その言葉が一番似合うのは彼だと思う。本当に。「反乱者たち」で描かれていたスローン大提督の魅力というのは、敵を深く知り、いろんな側面から愛しながらも、そこから紡ぎだされる冷徹な理解をもって敵を完膚なきまでに制するところだと思う。サビーヌ・レンの芸術作品を収集して、ファンでありながらも、ファンであるからこそ、サビーヌ・レンの人間性を理解し、それを利用した作戦を立てる。「反乱者たち」がどういう人間たちで、何を信条とし、何を愛しているかを全て調べつくし、「反乱者たち」に最も大きく立ちふさがった敵こそがスローン大提督なのだ。
 スローン大提督の登場シーンは彼の統率力をこちらに示してくる。秩序だったトルーパーたち。汚れからは、彼らの過ごした日々が伝わってくる。整列するトルーパーたちの中を、静かにスローン大提督が歩く。己の強さを主張するわけでもなく、こちらに強さをゆっくりと思い知らせてくるその様は、大提督と呼ぶにふさわしい。
 トルーパーたちも、「反乱者たち」でエズラの作戦によってスローン大提督と一緒に別の銀河に飛ばされてきたのであろう。スローン大提督とエズラだけ飛ばされていたのかと思いきや、見返してみるとちゃんとパーギルはスターデストロイヤーごと飛ばしていた。「ここにいる間に兵の数が減った」とスローンが言っているので、トルーパーたちはおそらく人間なのだろう。グレートマザーたちの黒魔術で作られている可能性もあるが、そうなるとこの言葉と辻褄が合わなくなってくると思う。別の銀河に流されても、これだけの数のトルーパーたちを統率するスローン大提督、やはり敵ながらあっぱれである。

サビーヌ・レンの再会×2

 サビーヌがグレートマザーたちに「ジェダイの匂いがする」と言われていたところを見て、「あ、ちゃんとサビーヌもジェダイなんだ」と思った。マンダロリアンではなく。
 「反乱者たち」ファンからするとサビーヌとスローン大提督の再会はニヤニヤが止まらない。また、二人の会話は、アソーカとヒュイヤンが話していた、サビーヌの決断についての理解とも関わってくると思う。

スローン「銀河の運命を懸けたわけか。君の信念に」
サビーヌ「あんたに分かるわけない」

ドラマ「アソーカ」第6話「はるかかなたで」

  サビーヌにとっては銀河を救うためにエズラを失うという選択肢は彼女の中にはなかったのだろう。私がサビーヌのこの選択を理解できているかというと、実はあまり理解できているわけではない。難しい。
 もし、これがサビーヌとエズラの立場が逆ならどうなのだろう。例えば第4話の、地図の破壊を迫られるシーン。エズラだったら、破壊できただろうか…。できなかったんじゃないかなあ…?どうだろうか。そう思うとサビーヌが何を考えていたかに少しだけ近づけたような気がする。
 サビーヌの選択によって、結果的にサビーヌはエズラとの再会を果たすことができた。そう考えるとサビーヌの選択は悪手でもない。第4話での選択がどう結実するかはまだ分からない。この時点でさえ、スローン大提督に食料と移動手段を与えられ、探すチャンスをちゃんと手に入れ、そして再会へと誘われている。敵に捕らわれたのに、ちゃんと生きて結果を手に入れているというのはすごいことではないだろうか。
 だが、あっさり結果を手に入れすぎているようにも思えて、そこが第6話が良くも悪くもクライマックスの布石にしかなってないようにも感じる。じゃあ、もっとサビーヌが苦労すればよかったんですかと言われると難しい。サビーヌがこうもあっさり見つけられていたのであれば、なぜスローン大提督はエズラを「死んだ」と言うくらい居場所が分からなかったのか?エズラ自身にそこまで興味がなかったから?では、なぜサビーヌを利用してエズラの居場所を探らせようと思った?元の銀河に戻るにあたって脅威を排除したかったから?このあたりがよく分からない。
 サビーヌとエズラの再会の会話は、「この人たち本当に長いこと会ってない?」と思うくらいにいつもの会話だった。だから胸に来るものがある。時間をも飛び越える二人の絆…。
 エズラがなぜ自分の居場所が分かったのか?この移動手段はどうしたのか?とサビーヌを質問攻めにするが、サビーヌはエズラに会えた喜びに浸らせてほしいと質問に答えない。何かを察したのかエズラはヤドカリっぽい現地住民の「反乱者たち」に住処を移動しようと話す。だが、全てを察したわけではないので「早く帰りたいよ」とサビーヌに笑顔で話す。サビーヌはそれを複雑な気持ちで受け止めている。私もこの再会のシーンは嬉しいし喜びに浸りたいのだが、背後の状況を考えると手放しで喜べないのでやきもきしてしまう。
 エズラとサビーヌは本当に帰ることができるのだろうか?サビーヌはこの時点でアソーカが向かっていることすら全く知らないので、帰る手段がスローン大提督の船しかない。状況は絶望的である。サビーヌが本当のことを話した時、エズラはサビーヌに何と言うのだろう。

スローン大提督とアソーカ・タノ、結末は?

 スローン大提督は、クジラ(パーギル)と共にジェダイがやってくるというグレートマザーたちのお告げを知り、アソーカ・タノが生きているのではないか?と予想する。(大正解!)そして、「彼女の生い立ち、経歴、故郷、マスター、全てを知りたい」と話す。相手への理解を基に戦術を立てようとするところにぞっとさせられた。スローン大提督というのはこういう人だ。
 アソーカもスローン大提督も「反乱者たち」に登場しているのだが、二人が対決したことはない。良い感じに登場がすれ違いになっている。
 スローン大提督がアソーカ・タノを制するためにどういった作戦を立てるのか?は正直とても気になるところである。この対戦カード見たかった人は結構いると思う。私は見たい。「彼女の生い立ち、経歴、過去」を理解して戦術を立ててくる人は、アソーカにとってはかなり難しい敵になるだろう。師匠と弟子が彼女にとって一番の弱みだと思うからだ。だが、第5話にてアソーカが「過去」と邂逅したことがどう活きてくるのか?
 クライマックスは近づいている。戦いも。そして、なぜエピソード7~9に彼らが関わらないのか?という理由も、もしかしたら7・8話で分かるのかもしれない。後付けの割に説得力のある物語を付してきそうなのが怖い。アソーカとサビーヌは「負ける」のかもしれない。歴史の先に戦争がもたらされることを私たちは知っているはずだ。だが、「負ける」とは?「勝つ」とは?結末は勝ち負けで描けるものなのか?自分の脳みそではこれ以上考えられない。現時点で読めない物語の果てを、まばゆい光でこちらに届けてくれるのがスター・ウォーズという作品の面白さだと私は信じている。

最後に~グッズが欲しい~

 余談になるが、最近Tシャツの購入を検討している。「スター・ウォーズ アソーカ」Tシャツは欲しい。普段はグッズTシャツなんて買わないのだが、買いたくて仕方ない。これを着て最終回を迎えたい。

 着る人間の寒さのことを一つも考えていない肩出しパーカーもかわいい。 

 アソーカ・タノ、肩に袖のある服着ていた覚えが全くないのだが、あれは結局何なのだろうか…?動くと邪魔だから…???
 この服は、アソーカの信条(!?)をこの上なく表したデザインだと思うがこれはどんな季節で着ればいいのだろう。半袖の季節には暑いし、長袖の季節には寒い。ファッションは忍耐。
 ドラマもあと2話だ。ついに2話…!ドラマが進むごとに終わりの寂しさを嘆き悲しむのが恒例になっているが、悲しいから仕方ない。でも、こうやって毎週自分の知らないスター・ウォーズが見れるというのは本当に嬉しいなとも思っている。9月は一瞬で過ぎた。
 それでは、水曜日を楽しみにしています。ついにクライマックスへ!! 

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イカの光りどころ
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