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ネガティブ ケイパビリティについて考える

ネガティブ ケイパビリティ、以前に読んでいた本を思い出し、再考していたので少し書いてみようと思う。


そもそもこの言葉はなにか、何を意味するのか。

言葉の背景としては、詩人のキーツによって、シェイクスピアに備わっている負の力として発見された。そして、キーツの発見から170年後に精神科医のビオンによって再発見され、彼が精神医学的分野のみならず、歴史や文学を修めていたため、世間に知れ渡ることになったとのこと。

直訳するとnegative(消極的、否定的)、capability(力、能力)であるので、消極的な力という意味にはなるが、一般的には”消極的な事柄に対して、耐えていく能力”を指す。加筆すると、ネガティブなものに対し、そのものへの眼差しは変えずに謎は謎のままとしておき、答えが出ずに宙吊りでもその後に深い理解があるのだと信じ、耐え抜いていく力とされる。
この言葉の対義語として、ポジティブケイパビリティがある。これは、直訳すると積極的な能力となり、積極的に瞬時に物事の理解や答えや導き出す力とされている。


一般的に学校教育や会社で求められるスキルはポジティブケイパビリティであるように思われる。ただ、人生を長期的な目で見た際に重要なのはポジティブケイパビリティでなく、ネガティブケイパビリティではないのだろうか。解決困難な出来事に出会った際、そのものに意味付けはせずに中長期的にその場を持ち超えていくという局面が多々あるように思う。

これは臨床で患者さんと接している際も持つべき視点だと私は思っている。短期的な治療効果が望めるものはまだしも、そうでないことも多い。その度になぜ良くならないのか、今の治療方針は変更すべきかというSOAPのPDCAサイクル視点があることが前提ではあるが、患者さんのなぜ治らないのか、なぜこうなったのかとの問いを一緒に考えていく上では重要ではないだろうか。ただ淡々とこれをなしに、ポジティブケイパビリティだけを行なっていくと、ラポール形成も難しいように思う。

また、コロナ禍を振り返ってみても、感染がいつ終息するのか、先が見えない状況が続いていた。そこで求められていたものは、終息すると信じ、日々を淡々と過ごすこと、すなわちネガティブケイパビリティだったのではないかと思う。今後もこういったパンデミックがあると言われているなかでこの概念は大切になってくるのではないだろうか。


今回書いたものは概念としては広く薄くといった感じに浸透しているように思う。ネガティブケイパビリティという言葉での認知度ははたしてどれくらいなのだろうか。まだまだ勉強不足の点も多くあるので、深めていこうと思う。


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