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現実って、「わたし」という主体を置いたときに この現実の全ては素粒子(もっと言えば素粒子いう名前も付いていない何か)で 映るもの全てはフラットな何の意味もついていないものだから 「わたし」が何か一点に、「意味」という名のエネルギーを注ぐことで 現実化していた。
起こることは、全て自然。 あなたが感じた違和感。 あなたが感じた共感。 全て、自然。 その違和感を分析する必要すらない。 頭で決定せず、 ただ、呼吸の導かれるままに。 どこにいくかや、どこにいるかは問題ではない。 あなたが呼吸のままに流れていること。 その流れそのもの、その心地よさが素晴らしい。 この漫画、すごく深い知性を感じます。 本当素晴らしい。 私がいることより、私が「いない」こと。 私がいることより、"わたし"がいること。 それは素晴らしい
優しさってなんだろう。 この記事が面白くて僕も感じたことを書いてみようと思った。 僕は優しいねって言われたこともあるし、 優しくないって言われたこともある。 あ、あとイケメンだねって言われたこともある。 笑 で、高校の頃よく考えてた。 自分って優しいのかな?優しくないのかな?
昨日、何もしていない時にだけ、何かしなきゃって思える。 って話をしたんですけども。 実際、人は何もしていないなんてできない。 何もしていない時ってどんな時を想像しますか? 例えば、寝っ転がってる時? 椅子に座ってる時?
どうも〜♪ 購読されたばかりの方は是非 過去の記事も気になったものから読んでみてね。 全部おすすめだけど例えば・・・ これとか これとか これとか いかがでしょう? ラジオとかもあるので是非、お時間あるときにでも〜。