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M&Aの流儀① M&Aはどれだけの人の人生に影響を与えてしまうのか、考えよう
細田薫です。私の日記に辿り着いていただき、ありがとうございます!
本稿から数回に渡り、私の「M&Aの流儀」について語っていきたいと思います。
私は、これまで大型M&A2件を実現し、その他相当数のM&A案件サポートも行ってきました。他にもベンチャー投資を2件実施しており、商社の投資営業マン(34歳)としては相応の経験値と思っています。
M&Aを本気で一からやろうとすると、PMIという最後のステージがある程度落ち着くまで3−4年かかります(*)。それを7年間で2件実行出来たのは、幸運と周囲の方々のお陰に他なりません。
(*)所属される業種によっては「長っ!遅っ!」と言われる方もおられると思いますが、私は長いとも遅いとも思っていません。
そんな私が、これまでのM&Aを経て感じたことを8つ程度の標語に纏めました。標語を用いることで極力小難しい話にならず、要点を感覚的に理解してもらえるようにトライしていきます。
イチ標語イチ日記ということで、一回の日記は短いものにしていければと思います。目指せ、星新一。では、第一回を始めます。
“M&A”のざっくり解説
M&AはMerger and Acquisitionの略で、日本語に直すと「企業・事業の合併や買収」でしょうか。
なんか横文字で書いてあると「新しいもの」にも見えますが、全くそんなことはなく、日本でも19世紀末ごろから行われてきたと言われます。皆さんがよくご存知の会社も、色んな会社とくっ付いたり、買収されたりしたりして、今があります。調べていたらこんな記事があったので、詳細はそちらにお譲りします。
「合併」で一番イメージが湧きやすいのは、銀行でしょうか。今の三大メガバンクの歴史を紐解いていただければ、多くの銀行の合従連衡であることがお分かりいただけると思います。
「買収」で言うと、日本人の目に一気に「M&A」という単語を触れさせたホリエモンによるニッポン放送経営権争奪事件が最も有名ですか。あと、同時期に発刊された真山仁著「ハゲタカ」もインパクトが大きかったかと。最近は相次いで敵対的買収が複数件出てきており、コロワイドによる敵対的TOBなんかは非常に耳目を集めました(詳細は以下に譲ります)。
M&Aは誰のために?
人によってこの質問に対する答えは大きく変わると思います。ですが、私が知る限り、多くのM&A案件や関係者のマインドセットは「買主のため」に見えます。例えば、
○この会社の強みを取り込むことが出来れば、我が社はもっと大きくなれる
○この会社の株式価値は実態よりも安く評価されているので、買収して高値で売 れば、大きな利益が出る。
○この会社はポテンシャルを活かせていないので、買収してコストカットして、大きくしてから売却すれば、大きな利益が出る。
・・・・etc
勿論、対価を払ってそれを手にした株主はリターンを得る権利があります。50%超取得すれば(通常は)経営権も握ることができます。なので「自社のメリットの為に大枚叩いて株式を買って、何が悪い」というのも間違ってはいません。
会社はただの「箱」であり「器」にすぎない。
しかし、忘れてはいけないことが一つあります。会社というのはあくまで「箱」に過ぎないのです。
経営者も従業員も、その箱にただ入ってるだけ。彼らが一所懸命に活動することで、初めて「結果」「利益」が出るのです。バランスシート上には色んな資産が確かに載っていますが、そこから利益を生み出すのも、やはり人なのです。
なので「彼ら」の心から灯が消えてしまったり、「彼ら」が会社を去ってしまったら、同じ結果は導き出せない。勿論、新しく人を採用すればいいかもしれません。が、新しく来た人たちばかりで同水準・それ以上の結果を出すことは、大変に困難なことです。
こんなことは、ちょっと考えれば分かることです。自分自身もとある「箱」に入っている訳ですから。しかし、紙上の数字と机上の論理を展開し続ける中で、この超・当たり前の事実が頭から抜け出てしまうことが多いようです。
その結果、「理論上」正しいはずの買収案件なのに、対象会社のパフォーマンスが上がらずに失敗、そして減損に至る案件のなんと多いことか。。。
何があろうと、対象会社ファースト
私は買収案件2件の実施後、ブラジルとウクライナでそれぞれ2年間、主担当者として買収直後からの動きを現地でずっと見てきました。
買収後最初の出社時の社員の表情や目つきは、2者2様でしたが、一生忘れることはないでしょう。特にウクライナは外国人との触れ合いがほぼ無い事業会社だったので、完全に「エイリアン」扱いされました。
また、買収された会社・状態に一所懸命にAdjustしようとする人、僕が何をしに来たのか探ろうとする人、、多様なリアクションがありました。
それだけ「自分の勤めている会社が買収される」ということは大きいことなのです。まっすぐ進んでると思ってたバスがいきなり急ハンドルを切ったら、皆不安になるでしょう。それと同じことです。
その状態を放置したらどうなるでしょう。会社全体が昨日と同じパフォーマンスを発揮出来るでしょうか?当然不可能です。
そのため、私は初日から毎日、以下のことを説明する必要がありました。
①この買収案件は、皆さんの会社を更に成長させるために行われたもの。
②私は皆さんをクビにしにきたわけではない。
③皆さんの助けを借りないと何もできないが、皆さんに無い能力も持っている。手を取り合って、会社を大きくしていきたい。
ここで嘘をついたら、全てが終わります。矢継ぎ早に来る質問にも、全て真実で回答する必要があります。それが出来れば、その「箱」は一旦落ち着きを取り戻します。
つまり、「この買収が何故皆さんの会社に必要なのか」が従業員の皆さんが納得するレベルまで突き詰められている必要があります。これは私からだけでなく、対象会社の社長や経営層各位から異口同音で説明されなければなりません。
もしその案件が「買主ファースト」の案件で、表面的な「For対象会社」の説明をしたとしても、絶対に見抜かれます。絶対に。そしてそれは会社のパフォーマンスを直接・間接両面で下げていきます。
「箱全体」を大事にしないのに、そこからのリターンに期待するなんて、おこがましいのです。
他人の人生を左右するM&A
一つの会社が買収されると、全ての「ステークホルダー(stakeholder)」に影響を及ぼします。日本語で言うと、利害関係者。具体的には、以下が挙げられます。
○従業員とその家族
○顧客
○仕入先
○借入先(銀行など)
○地域社会 ・・・etc
この中で、最も甚大な影響を受け得るのは、従業員とその家族でしょう。
案件が傾けば、「買収しなければクビにならなかったかもしれない人を、クビにしなければならない」ということが起きます。家族は巻き添えを食います。人の人生を狂わせるわけです。
自分が実際に買収した2案件の従業員合計は、約800名でした。四人家族が平均だとしたら、昨日まで何の関係も無かった3,200人の人生に少なからず影響を与えるわけです。
この「恐怖」を、M&Aに関わる全ての人に感じて欲しい。全てはそこからです。この「恐怖」を感じてない人には、M&Aに関わる資格はありません。
おわりに
テクニカルな話が一切出てこない、観念的な話が中心の第一部でした。なぜか。
自分の周りの人たちも含めて、買収案件を「うまい棒一本を買ったり売ったりする」ような感覚を持っている人が異常なまでに多いからです。
違う。何かが起きても助けてあげられない人たちの人生を変えてしまう行為なのです。
それが骨髄レベルで分かって初めて、次回以降のテクニカルな話が役に立ちますので、まずはこの点を強調しました。
一週間に一本の投稿を目指していきます。皆さんの「スキ」やTwitterのフォローが執筆活動のエネルギーになります。面白いと思っていただいたら、ぜひお願いします!
細田 薫