拝啓、山崎樹範様
大学卒業後に新卒で入社した会社を辞めてから、数日が経ちました。
丸二日家から出ず、久々に発した言葉は「hey shiri、タイマーを8分にセット」です。
おかげさまでちょうどいい加減でゆで卵ができました。
初めまして。アライと申します。
北海道という広すぎる大地にて、さまざまな形で自己表現に勤しんでおります。
幼い頃から山崎様に憧れを抱いておりまして、私が婚前の山崎様の人生にこのように交わることができたならという妄想を
僭越ながらこのnoteにて述べさせていただければと思います。
もしも私が山崎樹範様のプロポーズ用花束を発注した先の花屋の店員だったら
東京の、落ち着いた雰囲気ながら家々が所狭しと並んでいる某所。そこに私の働く花屋があります。
この花屋に勤めて1年。すなわち私が「何者か」になろうとしてギターを片手に、地元北海道を出て上京してから1年が経ちました。
この街の好きなところが3つあります。
一つ目は、この花屋を右に曲がってすぐのところにある、火曜が特売日の八百屋のおじさんが死んだおじいちゃんに似ているところ。
二つ目は、駅前に北海道のアンテナショップがあって、ちょっと高いけどいつでもジンギスカンが買えるところ。
三つ目は、これから起こります。
何かとゴミが多く出るので、ゴミ出しは開店準備後と退勤時に二回あります。
この開店準備後のゴミ出しのために店舗裏に行く時間が好きです。
斜め向かいのマンションのオートロックが解除される音とともに、グレーのスウェット姿で寝癖がついたままの山崎様がゴミ袋を持って登場するからです。
山崎様がこちらに気づき、後頭部の寝癖を撫で付けながら「おはようございます」と気まずそうに声をかけてくださいます。
こちらも軽く会釈しながら「おはようございます」返すこの時間がたまりません。
山崎様が店舗裏のマンションに住んでいることに気づいたのは、この花屋で働き始めて3ヶ月ほど経った頃。
厳密に言えば、割と働き始めの頃から朝のゴミ出しの時間にスウェットの男性がゴミを出しに来るなとは思っていました。
ある日、いつも通りゴミを出しに行くと、ジーンズにポロシャツを合わせた装いの山崎様が斜め向かいのマンションから出てきました。
好きなタイプを聞かれるたびに、山崎樹範さんですと答える私が見間違えるわけがありません。
思わず私の口が「おはようございます」と発していました。
山崎様は少しびっくりした様子で「あっ、どうも・・・」とつぶやき、早歩きで駅の方へ向かわれました。
いきなり話しかけてしまった。急に気持ち悪かったかな。
でも話しかけるというか挨拶をしただけだし。変ではないよな。
その日はどんなお花を包むにしても、山崎様の事ばかり考えてしまいました。
翌日の朝、いつも通りゴミ出しに行くとスウェットの男性が「あの、おはようございます」と声をかけてきました。
「昨日すみません、朝急いでたのでちゃんと挨拶できなくて」と申し訳なさそうに話してくださいました。
そこで私は初めて、これまで見かけていたスウェットの男性が山崎様だったことに気づきます。
「あっ、こちらこそすみません。急に話しかけてしまったので」
「いえいえ、それじゃ」
こうしてこの街の好きなところが増えてしまったのです。
それからわかったことは、
山崎様は飲みすぎた次の日に寝癖が爆発すること。
あまりにも爆発していて、つい笑ってしまったときに
慌てて「昨日飲みすぎてそのままだったので」と教えてくださいました。
それと、クロックスはスリッパのようにベルトのような部分を前に倒して履くのではなく、かかと側に倒して履くこと。
あとは、女性とマンションから出て来るときはマスクと帽子をかぶること。
山崎様に憧れておりましたので、流石に女性と出てこられたときにはショックを受けましたが、お二人でいる時の山崎様があまりにも楽しそうで、心から応援しておりました。
『何者か』になることに憧れて地元を離れてから、特に目標もなかった私にとって
画面越しに憧れていた山崎様と同じ街で生活して、ましてや挨拶ができるなんて思ってもいませんでした。
上京して1年、同じく上京してきている高校の同級生と隣町の居酒屋で飲んでいるときに、好きなアニメは何かという話になりました。
私は山崎様を知ったきっかけであり、私の大好きなアニメ『交響詩篇エウレカセブン』のことを話します。
帰り道、駅前のツタヤでエウレカセブンのDVDを借りました。
見返してみるとやっぱり好きな作品だなと思ったのと同時に、私の好きだったものってなんだったっけ?とふと考えました。
狭いワンルームの部屋を見回すと、出しっ放しのギターにほこりがうっすら被っていました。
唯一学生時代から続けていたギターだけ持って東京に出てきてから、日々の生活に必死でまともにギターを弾いていませんでした。
久しぶりにギターに手を伸ばしたとき、TVには作中のキャラクターであるドミニク(CV:山崎様)とアネモネの二人が映っていました。
次の日バイトが休みなのをいいことに、借りてきていたエウレカセブンを一気見して、仮眠をとってからギターを担いで隣町のスタジオに入りました。
スタジオの帰り道、駅前で「こんにちわ」と聞き覚えのある声がしました。
声をした方を見ると山崎様が少しだけ微笑んでこちらを見ていました。
「えっ、あっ、こんにちわ」
「向かいのお花屋さんの方ですよね?」
「はい・・・」
「あっ、ギター背負ってたので、音楽やる方だったんだと思ってびっくりして声かけちゃって」
「そんな、やるってほどじゃなくて。今日も久しぶりに弾いたので」
「そうなんですね。すみません、急に話しかけてしまって」
「いえいえ」
山崎様と会話をしてしまった。
しかも、山崎様の方から声をかけていただけた。
すごいな。ギター弾けてよかった。
というか私のことを認識してくれているんだ。
とても嬉しくなって、学生ぶりに人前で歌いたくなりました。
山崎様のおかげで自分の好きだったものを再確認できて、
漠然と『何者か』になりたかった自分のその先が見えた気がしました。
次、山崎様にお会いしたら一方的でもいいからこの感謝の気持ちを伝えよう。
そう思いました。
次の出勤日、いつもの朝のゴミ出しに緊張しながら行きましたが
いつものグレーのスウェット姿の山崎様はいらっしゃいませんでした。
きっと泊まり込みで撮影だったりしたのだろう。
というか、お付き合いされている方の家にいるかもしれないじゃないか。
お昼を過ぎた頃、「こんにちわ」と聞き覚えのある声が店舗の入り口から聞こえました。
それはいつものスウェット姿ではなく、ジャケットを羽織った山崎様でした。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ。店内こんな感じだったんですね」
「あっ、初めてなんですか」
「外からは見てたんですけど、入る勇気なくて。でも今日は買いに来ました、お花」
「ありがとうございます。プレゼント用ですか?」
「あのー・・・これから彼女にプロポーズしようと思うんです。それで」
そうか。
いつもよりかっちりめの服装も、少し緊張した表情も、整えられた髪型も、
全てはプロポーズのせいなのか。
「大きな花束でプロポーズするって柄でもないし、バラの花を贈るのもなんか恥ずかしくて。だからあらいさんに相談してみようと思って」
「えっ、なんで私の名前・・・」
「エプロンに名前書いてるじゃないですか」
ああ、東京ってすごい。
憧れの人と同じ街で生活して、挨拶して、名前まで呼んでもらえるんだ。
しかも、その人の人生一大イベントに関われるなんて。
「バラじゃないなら、アネモネとかどうですか」
「アネモネ・・・ああ。いいかもしれない」
赤いアネモネの花言葉は『あなたを愛す』
まさにプロポーズにぴったりです。
赤いアネモネをプレゼント用に包み、山崎様にお渡しします。
「プロポーズ、成功するといいですね」
「ありがとうございます」
「ずっと山崎さんのこと応援してます」
「あっ、えっ、気づいてたんですか」
いつもの気まずそうな笑顔を私に向けてくださり、お会計をしてから出入り口のとびらを開けます。
お店を出て振り返ってから山崎様は
「俺もあらいさんのこと応援してますよ」
とおっしゃり、お店を後にされました。
胸がいっぱいになっている私を見て、店長が「今日は上がっていいよ」と肩を叩きました。
バックヤードに行くと、なんの感情なのかわからない涙が止まりませんでした。
その日から店長にお願いしてシフトを減らしてもらい、本格的に音楽活動を始めました。
LIVE活動も本格化し、これまで早番で固定だったシフトも遅番に変えてもらったことで山崎様にもお会いすることはありませんでした。
それから数ヶ月後、山崎様がご結婚なさるとネットニュースで拝見しました。
私は嬉しくなって、悲しくなって、でもあたたかい気持ちになり、
この気持ちを形にしようと、曲を作りました。
曲名は『アネモネ』です。
ネットを中心に楽曲は話題になり、何年か活動を続けましたが結局それを超える曲はできず。
結局何者にもなれなかった私は、北海道に帰ることにしました。
数年ぶりに帰る北海道は少し駅が綺麗になっていて、私が東京で好きになった街を思い出しました。
東京の花屋でバイトしていたという経験をかわれ、花屋の正社員として働かせてもらえることになりました。
仕事終わりにふらっと立ち寄ったツタヤで、
『私の人生を変えた曲』という特集の雑誌を手に取りました。
表紙には有名アイドルたちの名前が羅列されていて、中身をぱらぱら見ていくと、山崎様の名前がありました。
山崎様の人生を変えた曲5選の中に『アネモネ/アライヒカリ』の字がありました。
『アネモネ/アライヒカリ
この曲を聴くとプロポーズした時のことを思い出します。
今は活動休止してしまって、生で聴く機会がなくて残念ですが
ずっと好きな曲だし、彼女のことずっと応援してるんです笑』
涙が止まらず、紙面を濡らしてしまったものも含めてその雑誌を5冊買って帰りました。
ずっと何者かに憧れ、でも何者にもなれない葛藤で押しつぶされそうになっていたけど、誰かの人生の中では確かに私は『アライヒカリ』として存在していたんだ。
ありがとうございます。山崎様。
いつかまたお会いすることがあったら、
アネモネ、歌いますね。
以上です。
本当に好きなタイプが山崎様ですので、きっと実際にお会いしたら鼻血が止まらないかと思います。
たくさん鼻セレブ持っていきますので、不審に思わないでいただけると幸いです。
敬具