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小説 第二章◇宇宙時代への扉・5
《キューブと水》
後ろを振り返ると、もう扉は閉まりどこから見ても壁にしか見えなかった。
誰かいるのだろうか?
一つ一つのキューブの中には椅子や机、本棚があり、小さめのベットもある。すべてが透明なので、どの部屋の中も丸見えだった。
上を見上げると天井は鏡のようになっている。
右を向くと真っ白なカウンターのようなものが見えた。俺はカウンターの近くまで行くと「すいません!!」と大きな声で叫んだ。
この部屋は不思議な構造をしている。全てが白で、そしてなにが一番不思議かと言ったら、立っている位置で部屋の内部が変化する。
このカウンターの前からではさっきの透明なキューブは見えない。
見えるのは、流線型の壁だけだ。
その流線型の壁に沿って歩いて行くと、奥から体の大きな銀色の防護服を着た男性が出てきた。
「問題がなくて良かった。ここは光に慣れるための部屋です。この空港にいた人たちはしばらく自然光から離れていましたからね。ここで日光浴をして光に身体を慣らすのです」
「あなたは?」
聞き覚えのある声だ。
「先程、許可書とパスポートをチェックさせていただいたものです」
やっぱり、そうか。
「先ほどは……」
「いろいろな事があって聞きたいこともたくさんあるでしょう?でも、すみません。もう少しお待ちください。あなたが飛行機の中で受けた宇宙光の影響が落ち着いてから質問を受けつけさせてください。それまでは、わたしたちもあなたの前ではこのような姿でしかお話出来ないため申し訳なく思います」
「いいえ、よくわかっていませんが、金属が溶けたとか……不思議な話を聞きました。空港の職員の皆さんに危険があってはいけませんから……」
「あなたは本当に良く出来た方だ。普通は動揺しますよ。わたしならパニックを起こしてるかもしれません。あなたは優秀だ」
それは俺がじゃない。みんなが優しくしてくれるからだ。
「ここまでくるまでにもいろいろありました。でも、不思議とどの人も親切にしてくれるんです。ここに来れる人間はとても限られているようです。何かやるべきことがあって来てるのだと思います。家族の事を心配している知り合いもいます。自分が出来ることをしてこようと覚悟してきたんです」
静かな時間が流れた。
「あなたは神をどう感じていますか?」
「神様ですか……自分は宗教とかのことはよく分からなくて。でも、いると思いますよ。ここまでこれたのは、何か見えない存在に守られたと言ってもおかしくはないと思います。それを神というならそうなのかもしれません」
「あなたをここから先の部屋に案内することを許可します」
「え?」
「あなたのような人を待っていたのです。間違いなかった。でも、ひとつお伝えしておきたい事があります」
彼は俺のそばにきて小さな声でささやいた。
「ここでの会話はすべてモニタールームに聞こえています。よく、聞いてください。あなたが今言った事とは別の形で神を信じている者もいるのです。さぁ、こちらへ」
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
コンクリートの部屋を出た私は、荷物を持って廊下に出た。こんな構造になっていたのか?まわりを見渡した。自分以外には、案内をしてくださる人を除いて誰もいなかった。
「では、これからしばらく滞在される部屋までご案内します。今までいた空間よりはかなり快適だと思いますよ」
そこで私は気がついた。これから案内してくださる空港職員は防護服を着ていない。
「防護服を着なくても大丈夫なんですか?」
「はい、宇宙光の影響はもうなさそうですから。では参りましょう」
しばらくトンネルのような空間を歩き続けた。
そこはまるで宇宙船のようだなと思いながら。
「こちらの部屋でしばらく光に慣れていただきます」
そこはただの壁だった。彼が手をかざすと壁が発光し、向こう側が見えた。そこは透明なキューブが並んだ空間だった。
「この透明なキューブでしばらく過ごしていただきます。この中は体内への光の浸透率を上げるよう設計されているようです」
吸い込まれるようにその部屋に入ると、もう後ろは壁に戻っていた。どういう仕組みになっているんだろう?
「こちらがあなたの部屋です。荷物を持って入ってください。トイレとシャワーはあちらの扉を開けるとあります。二十四時間いつでもご自由にお使いください」
透明なキューブに入ると思っていたよりも快適な空間だった。
中に入ると外から見るよりも広く感じる。
外にいた時はわからなかったが、隣のキューブの中には人が見えた。二十歳くらいの青年だ。
「こんにちは」彼と目が合う。「こんにちは」と挨拶をするとにこりと笑った。天体の写真集を見ているようだった。
「このキューブは中に入らないと外から人は見えない仕組みになっています。なぜそうなのかはわからないのですが。このキューブにいる人たちはあなたのように、あの日この空港内に取り残されてしまった人たちです」
彼は話を続けた。
「あなた方は未知の宇宙光を浴びている可能性がありました。その経過観察のために、それぞれが個別の空間に入れられていたのです。びっくりなされたでしょう?わたしも驚きましたよ。空港に勤め始めて25年。こんなことは初めてです。実はわたしも家にはまだ帰れていないんです。あの日ここであの謎の光を見てしまったからです」
「そこまでよ、ぺらぺらしゃべるとどうなるか知らないから!!」
突然、目の前に美しい女性が現れた。見とれてしまうほどの赤毛の美女だ。
「はじめましてエリーよ。こちらはダン。よろしくね。でも、もう少しで迎えがくるのよね。少しの間、お世話させていただくわ。この人はいろいろしゃべりすぎなのよ!また怒られるわ!!」
腕を組みながら、ダンを睨みつけている。
「私はまだいろいろなことがよく理解出来ていません」
「そりゃそうよね。すべての調査が終わってないんだから。それにわたしたち空港の職員だってよくわかってないんだから。家に帰りたいのはわたしも同じよ!」
「それは大変ですね。」
「これだけ監禁状態なんだから、来月のお給料はそれなりにしてもらえないと困るわ!!もうじき彼の誕生日なの。一緒に過ごす約束をしてるのに、連絡すらできない。ふられたらどうするのよ!いいかげんにここから出して欲しいわ!!」
彼女は美しい顔を赤くしながら全身で怒っていたが、それがとてもチャーミングだった。私の隣の住人はニコニコしながらそれを見ていた。
「とりあえず迎えがくるまでここにいてください」
「わかりました」
「お水飲む?持ってきてあげるわ、あなたにもね」
そういうと私と隣の彼にウインクし、どこかに消えて行った。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
「そちらにお邪魔してもいいですか?」
隣のキューブの青年が話しかけてきてくれた。「もちろん。」
良かった。話し相手が出来るのは心強い。
「わたしは並木といいます。よろしく」
彼は天体図鑑という本を手に持っていた。
「星がお好きなんですか?」
「ええ、以前天文学者をやっておりましてね」
「以前……かなりお若く見えますが?」
喋りかたはとても落ち着いる。二十歳くらいの男の子にも見えるのに、喋りかたは八十代の男性のような雰囲気だ。
彼の持ってきてくれた天体の本を一緒に眺めていると、エリーが水を持ってきてくれた。
「仲良くなれそう?それは良かった。何かあったら言ってね!こっちは退屈で死にそうだから」
彼女は笑ってまたあっという間に姿を消した。
「綺麗な方ですよね」
「ええ、そうですね」
ペットボトルの蓋を開け、一気にのどに流し込む。
「おいしい」
「この水はとても特別なんですよ。ここだけの話ですがこの水、宇宙人が持ってきた水なんです」
「えっ!!」
「信じられないですよね、普通。でも宇宙は果てしなく広いんですよ。途方もなく広い。だから、そんなこともありますよ」