【第4章|天秤と邪神】〔第4章:第4節|世は情け、故に常に——〕
ダンガを纏う一帯――と呼ぶべきように。
空気の斬撃による球体が、ダンガの周囲に唸っている。
轟々とびゅうびゅうと――和服が風剣に合わせて靡く。
二十メートルほど離れたゴルガロが、髪を風に吹かれながら、首を横に振り笑みを漏らした。
「……俺には無理だな、こりゃ」
その手には一本の矢が――矢にしては太くて長い。羽根とシャフトの境には網がくくり付けられており、中には例の――『爆発物』が沢山。
ゴルガロの背後は、ダンガによって吹き荒れていた。
そして前方も、かなり荒れていた。
疲弊した十字剣の剣士たち――盾を持つ女は、正面から奮闘している。頭が二つ襲いに来ても、一方には剣で斬りつけ、もう一方は盾で弾く。その背後には、補助するように十字剣を振る男――だが、攻撃にも防御にも、効果は薄い。案の定……女が手にしていた大剣が、男の手に――十字剣を交換――返還される。その方が良い――役割分担だ。少し離れた右側では、別の頭に二刀流の女が連続で斬りつけた。空中で旋回し、かなりの速度と命中精度――眼球を狙ったようだが、当たったのは最初だけだった。後半は空振りだ。
右側では一人の女が――冬のヴァイサーが槍を手に、迫る頭を柄で殴りつけた。小柄な女がその下に潜り、左手に装着した爪で、下顎を引っ掻き裂く。
反対側で、接近してきた頭の背後に、蛇腹剣を回した女――その先端を追うように動いた頭を、黒人の男が鎖付き鉄球で殴った。その逆を斬りつける、天秤のヴァイサー。
どれもこれも、威力に欠ける――視界の奥から、グレンが姿を現す。
ゴルガロは矢を掲げて、ダンガを指差す。グレンは、こっちに向かって走って来る。
道中、血溜まりと肉片を避けながら――全てのマジョガタは、骸に還った。
――背後の風波が、少し強まった。
「――維持するのも! 限界が近いぞーー‼︎」
風の音が強すぎて――――その威力も充分強そうだが。
ほんの僅かに聞こえた、ダンガの声。
この十数分――数十分? 舞い続けていたダンガ。
――急いだ方が良さそうだった。
ゴルガロは、グレンに向かって走る――すぐに合流。
「ダンガがヤバい。これ以上は保たないぞ」
グレンはゴーグルに触れる。
「――〈十字ソレット〉諸君、全員撤退を開始。魔女は死んだから警戒は必要ない。――全力で魔物から離れろ!」
風の音が凄かったが、通信は聞こえたらしい。両傍から頭を突いていた者たちが、徐々に後退し始めた。
「魔女が死んだ? やったのか?」
「嗚呼――ウチのエィンツァーが仕留めた。彼も重傷だが」
『ヤマタノオロチ』の左右に分かれた、〈ソレット〉たち――右側では、クルキとシダレが外壁に向かって周り――逆側では、アンテツとキキとバンキが走る。
正面の三人――クフリ、メイロ、ドンソウは、ギリギリまで引き付けている。
「ゴルガロ――援軍に行ってくる。合図を待て」
「合図って?」
グレンは右手を出すと、前腕の内側から、十字架の縦線をスライド――中から、通信機を一つ取り出し、ゴルガロに渡す。
「外耳通信機だ――耳の裏に」
『ヤマタノオロチ』の頭の一つが、ドンソウの『四方盾』に正面から激突する。ドンソウは押されつつも、弾くように受け止め流す――別の頭が、真上から迫る。
メイロが『大剣』を振り回し、魔物が怯んだ隙に、ドンソウは立て直す。その背後からクフリが走ってくる。
「ドンソウ! 肩!」
膝を曲げたドンソウ――その背中をクフリは足場に。跳び上がると、ドンソウの頭を越えて――さらに、蛇の頭も越える。
両手を展開――紫色の鱗に十字剣と『突出剣』を斬りつける。
……傷はかなり付いたが、多少鱗が剥がれた程度――大きく持ち上がる前に、滑り落ちるように地上へ――。
ちょうど、グレンが走ってきた。
右手に十字剣、左手に『十字弩』を――発射された『弾針』が、『オロチ』の目の周辺を狙う。
化け物は頭を持ち上げ、少し下がったように見えた。
「任せっ放しですまない。――大丈夫か?」
「一応。――だが、そろそろ誰かが解れるぞ」
クフリは、『オロチ』の左右に十字剣を向けた。
「両脇から撤退させないと、マズイんじゃない?」
左右に走る〈ソレット〉たちに、もたげた顎が背中に追っている。
『蛇腹剣』や『手斧』は多少の障害になれるが、『心恵』や射出式の短剣は、普通に届いていない。
「期待。――これ以上の問題はないと、言ってくれ」
「クフリ、もう少しだけ手を借りたい」
「何?」
「左の離脱のサポートを頼む。私は右を援護してくる」
「了解」
「メイロとドンソウは、隙を見て後退しろ。いざとなったら、『四方盾』に頼る」
と言った矢先に、ドンソウが構えていた『四方盾』に、『オロチ』の口先が衝突する。飛ばされたドンソウを追う頭――三人の目の前に、地を這う――地を削る首が流れ、地面が揺れる。
クフリが飛び出し、十字剣と『突出剣』で斬りつける――遅れてメイロが『大剣』を叩きつけた。首は屈折し、避けるように動いた。
「希望。――撤退できれば良いが」
「必要なら後から来る。頼む」
「了解」
クフリは既に、走り出していた。グレンは『十字弩』を上に――迫ってきていた『オロチ』の頭――その目に向けて、『弾針』を射出した。
「限界が近そうだ!」
ゴルガロは通信機に向かって言った。
グレンはクルキとシダレを援護し、アンテツたちは頭の追ってからは離れた。
……あと少しだったが。
暴風雨のように吹き荒れるダンガ――何でダンガが無事なのか、全く意味の分からない強さだ。ゴルガロ自身も、だいぶ左に避難していた。
『――いいぞ。やれっ‼︎』
グレンの声――正面の二人は盾がある。あとの者は、『ヤマタノオロチ』からは左右に外れた。ターゲットの規模がデカい分、風剣の影響もデカいはずだが――良いだろう。
ゴルガロは頭上で、両手で丸を作った――ダンガが見ていると良いが。
――なんとか、見えていたようだった。
ダンガの動きが、単調化していく。
縦横無尽に舞っていた剣と、その斬撃の空気――それが、徐々に横一線に――収束するように、流れが集まっていく――。
竜巻のようになり、高さが縮み始め――駒のように――さらに急速に、円盤のように鋭くなった。
ダンガの姿が見えるようになった――流石に無事ではないようで。
剣を持つ右腕が、痛々しい傷とすぐに風に溶ける血に塗れている。
「――いっくぞォオーーーーーー‼︎」
円盤投げのような動きから、斜めった体勢の宙返りを一回――さらに飛び跳ね、一歩前に出る。そのまま薙ぎ払うように横斬りを――力の込もった一撃を。
放った。
地下一帯に気流が生まれたような現象が起こり、全ての空気が『ヤマタノオロチ』に向かって、強く鋭く進み出す。
――『ファンタジーには、ファンタジー』――その言葉の意味通り、まるで現実味のない八つ股の蛇に、目に見えるほどの紡錘形の風波が、渦となって真っ直ぐ進む。この場にある全てが、それにつられてしまう。
ドンソウは『四方盾』を構えたまま倒れ、メイロは『大剣』を突き立てて、屈んでいた――二人は姿勢を倒し、身を極限まで低くしていたにも関わらず、自分たちの上を通った風につられて、さらに数メートルほど、地面を引き摺っていた。アンテツも風に巻き込まれそうになり、シダレは吹っ飛ばされそうになったところを、槍を地面に突き立てていたクルキに、その腕をなんとか絡めてもらっていた。飛ばされそうになったキキは、バンキに『蛇腹剣』を巻き付けて、クフリは実際、数メートルほど吹っ飛んでしまった。
ダンガの放った剣の軌道を――視認できる圧力と、真空状態を織り込んだような空気の塊が――蛇の頭を巻き込むと、その皮膚を絡め取るように……洗濯物を腕で巻き取るように――簡単に。
透明で小さなブラックホールが、いとも容易く折り畳むが如く――『オロチ』の首は、皮膚が細かく裂け、肉は薄く剥がされ、擦り潰れて――――肉体が輪切りになるように、それぞれの首の根本近くが、爆散した。
巨大な鎌首が、そのまま地下の地面に落ち、小さく揺らす。
余韻のように、吹き荒れていた暴風は徐々に解き放たれ、全員の髪を、今度は逆に大きく揺らし。
――――数秒ほどで、収まっていった。
――――――――。
舞い上がった土埃や、あちこち飛び散ったマジョガタの残骸――その他全てが重力に従い、静寂が訪れる。
……………………。
ゆっくりと、〈ソレット〉たちは立ち上がった。
流石に、これで重傷を負うような者は……いた。
当の本人――ダンガは一人、倒れたまま。――ゴルガロが向かう。
右腕はズタズタで、溢れるように血を流し、疲労で汗がびっしょりだ。
風剣は鞘に収められているが、その柄は血塗れだった。
「……生きてるか?」
無事な左手が上がり、Vサインを見せる。
「――生きてるよ。立ち上がるのは、もう少し待ってくれ」
「よお」
クルキとシダレが、二人の下に。
「――こいつ、〈四宝ソレット〉に登録するべきじゃないの?」
ダンガとゴルガロが、薄く笑う。
「ハッハッ……〈継承ソレット〉は、みんなこんなモンだぜ。お疲れ、冬のヴァイサー」
「クルキ、この女――新参者か?」
そう訊いたゴルガロに、シダレはボロボロの顔で、息を漏らしてみせた。
旋風が、ゴルガロの顔に、風を吹かせた。
「……乳臭え。まだガキじゃねえか」
「よし、殺すわ」
左手の『鉤爪』が音を鳴らす――と、同じくボロボロのグレンが来た。
「シダレ、許可を封じる。――ダンガ、立てるか?」
「おいおい……言ったろ、立つのは――――?」
全員――全員が、反応した。
「――何だ?」
ダンガは顔を上げた――振動を感知した、という共通認識においては、地面に寝ていたダンガは、この五人――それに他の者も含めて、一番強く感じていた。
視線が共通して、魔物の残骸に向く。見事に、胴体から少しだけ伸びた首そこに断面が八つあり、その先はあちこちに落ちている。
「……すっごい、嫌な予感がするわ」
シダレが呟き、ダンガの左腕が手招きする。
「ゴルガロ、手を貸してくれ」
五人の視界の先では、他の者たちも――アンテツ、クフリ、メイロ、ドンソウ、キキ、バンキも――視界の左側で集まり、その胴体と足を見ていた。そこに、ガンケイとファンショが、半身焦げたソウガを担いで『封洞』から出てきた。ソウガの十字剣は、ガンケイが手にしている。
『ヤマタノオロチ』の胴体が、よく見える――こうして見ると、足は後から付け加えたように、不揃いに見えた。しっかりと、がっしりとはしているが。
だが――注目するべきは、脚ではなかった。
「――?」
首の断面――それぞれの断面が――――泡を吹き始めた。
ほんの僅かに、小さな泡が浮かび――――それは徐々に、ボコボコと沸騰するような状態に――見えている断面だけでも、そこに何らかのエネルギーが作用していると分かる。見えてない断面までそうであるなら――――。
「――爆発か、再生かだ。クソッ‼︎」
クルキが吐き捨てる。ゴルガロの肩を借り、立ち上がったダンガが口を開いた。
「グレン、全員連れて避難しろ。後始末は俺が」
「どうやって?」
「ゴルガロ、爆発――お前、『爆発物』はどうした?」
「ん? ……ん?」
ゴルガロの手にあった矢が――ない。ゴルガロはキョロキョロと。
「ん? いや、あったんだ。さっきまでちゃんと――」
視線が、先の方へ――マジョガタの肉片――――そして、オロチの首が幾つか転がっている方へ――。
「……マジで?」
キョロキョロするゴルガロ。
「危険物の管理がなってない」
シダレが低い声で言った。グレンはダンガに向く。
「起爆するだけなら、私の『十字弩』で充分だ。――もう一発撃てるなら、最後の最後の最後に取っておいてくれ」
「……分かった。だが、どうする?」
こうしている間にも、ボコボコと――シューシューも追加され、熱を持ったエネルギーが、地下の空気に侵食していく。
グレンは通信機を起動した。
「アンテツ」
『――どうした?』
互いに視認はできているものの、その距離は遠い。
「そっちはどうだ? 怪我人は?」
『――無事といえば無事だ。強いて言うなら、ソウガがヤバい。けど、どうする?』
「探して欲しい物がある――」
「…………あった」
通信しながら、アンテツが指した先――首の下敷きになり掛けている、一本の矢――確かに網が付いており、円盤型の何かが、幾つか入っている。
アンテツ、クフリ、メイロ、キキ、バンキ――そして、ガンケイとファンショに抱えられたソウガ。向こうの五人以外が、全員集まっていた。
『――それを、あの魔物の胴体に埋め込んで起爆する。私の「十字弩」で起爆はできるから――』
全員、通信機は装着していたが――アンテツは「拡張音モード」にして、全員がそれを聞いていた。
『――その矢を、近くまで運んでくれ』
クフリが自身の通信機を起動する。
「グレン――ダメ。近くは効果が薄いわ。直で埋め込まないと」
『――もう少し詳しく』
「――『突出剣』で斬りつけたときも、十字剣で斬りつけたときも……鱗が強すぎて、一撃じゃ通らなかった。鱗に傷やヒビが入った程度。さっきみたいな、ピンポイントで強い圧力をかけるとか、自滅させるような作用を引き起こすとかなら別だけど――爆炎を浴びせるだけなら、効果は薄そうよ」
「妙案。――断面に埋め込んでくる。それで、直接起爆する」
「断面? 近付ケンなら、胸とか腹の方が良インジャネエか?」
「なら、私がやろうか? ――『蛇腹剣』なら、遠隔でできるかも?」
『――一つ言っておくぞ』
クルキの声だ。通信機を受け取ったらしい。
『――爆発して化け物の破片を浴びれば……それだけでどうなるか分からない。溶けるかもしれないし、腐るかもしれない。――死ぬかもしれない。……生き伸びても、二度と人間には――』
「――なら俺がやる」
掠れた声がして。
ファンショとガンケイの肩から、ソウガは手を離す――そのまま、ガンケイの腰の装甲をスライドさせ――『基本装手斧・零一五』の「暴爆炸裂式手斧」を手に。さらに、背負っていた十字剣も掴む。
「――悪い、借りるぞ……」
そのまま駆け足で――引き摺るような足の動きで、矢の所まで。
「ソウガ⁉︎」
「ちょっと‼︎」
アンテツとファンショの叫びを無視して、残りの死力でソウガは走る。
『――ソウガ!』
グレンの通信も聞こえるが、ソウガの目には既に、矢が――左手は焦げているため、右手に拾う。――十字剣と、装甲の一部と、爆発物の入った矢を握りそのまま、落ちている首先の隙間を抜けて、真っ直ぐ泡を噴き上げる、胴体へ。
視界が悪いが……まだ保つ。
『――待て!』
「来るなッ‼︎」
掠れた喉の叫び――走り出そうとした数人が止まる。
「……度々の命令無視……悪いな……。……みんな、避難しろ……俺を、フッ…………非難……フフッ……じゃねえぞ…………フッフフフフ…………」
『――壊れたわね』
若い女の声が聞こえた。聞き慣れた毒のある声だ。
走れることが奇跡――両足の感覚があるが、もうそれだけだ。左半身の感覚は薄く、左上半身はもう、重荷に感じる。
胴体――目の前まで来た。デカい――登るのか? しょうがない。……しょうがない?
残った右目で、自分の左手を見る――『基本戦闘服』はとっくに剥がれ、剥き出しの肌は黒く焼け焦げ、硬直してヒビ割れた隙間から、毒々しい紫色が見えている。
――もう人の腕ではないが。……集中させれば、まだ動く。
胴体の背後に回りながら、ガンケイの十字剣を左腕に――恐竜のような下半身は、尻尾の分だけ、背中が斜面のようになっている。
そのゴツゴツとした鱗の隙間に、十字剣を突き立てる。
ここまで傷付いた分だ――運命は微笑んでる。
先端だけが綺麗に突き刺さり、引っ掛かった十字剣――足場としても、鱗はかなり有用だった。杖のようにして、体重をかけ、よじ登る。
『――ソウガ』
グレンの声だ。返事をしたいが……今は小さな山登りだ。
集中しなければ――リズムが崩れれば、すぐに足を踏み外しそうだ。それは色々と、致命的だ。
『――必ず助ける。――他の全員は、全力で離れろ』
――ありがとう、剣のヴァイサー……あ、失敗したらマジゴメン…………。
背中の断面に刀身を突き立て――今さらながら、背ビレって可能性は……まあいい。
胴体の上まで来た――首の断面から、何かの汁が溢れている。
妙な匂い――生き物じゃないみたいな、焼けた鉄のような匂いだ。
視線を上げる――〈十字ソレット〉も、他のヴァイサーたちも、瓦礫の斜面まで避難していた。誰か――若い女が振り返り、こっちに軽く手を振るのも見た。
誰か――誰かだ。……ヤバいな。記憶の……部分が――――クソッ……まあいい。
視線を戻す――泡の立つ首の断面が二つ――何を……何を、するんだっけか……? 手元には、爆発物だと……聞いた何か――何かを。
爆発物――爆発させれば良い。こいつを――こいつを……。
靄掛かる思考――反して、ボヤけても薄っすら視えたもの――。…………ぁン?
二つの首の断面の間――損傷が酷く……捲れそうだ。
左手を見る――意識を集中させる………………何故? どうして?
動かせる左腕――握った十字剣を右手に。左手は矢と装甲を…………どうして? 目的が、あった……はず…………はず。
…………嗚呼、そうだ。……爆破――――爆破だ。
なんだっけ? ――どうして――――? どうして?
……どうやって?
――一瞬、視界が浮く。
脳がふわりと浮上した感覚と、揺れた感覚――ベチャッと音を立てて、断面の上に倒れる。――気持ちの悪い、柔らかい感触が、残っている右頬の感覚を浸す。
お陰で、一瞬――一気に冷静になれた。
カフェインの集中摂取か、糖分の過剰摂取――どっちでも良い。そんな感覚が脳を満たし、断面に視線を――その視界さえも、はっきりと映す。
右頬に、泡立つ液状のエネルギーと、蒸気が、何度も接触する――気持ち悪い。
右腕――十字剣を、突き立てる。残った力を使って、上体を無理矢理起こす。
「――ッァ?」
刺し込んだ刀身――その先端は、まるで空気でも刺したように、一定の抵抗と割り入る柔らかな感覚の後、スルッと差し込まれた。――――中は空洞か?
――思ったより柔らかい。
もう一度――――っ。
全身が痺れるような感覚を襲う――胴体に立っているからか? いや、きっと左半身の所為だろう。
もう一度――――っ……。
全身に何かが走る――激痛よりは、不快感の方が強い。
もう一度――――もう一度。
もう一度――もう、慣れた……。
断面の一部――その肉体を剣で捲る――強く斬り込みに……とにかく…………捲れ。
隙間から溢れ出る、鉄の匂いの蒸気――噴き出した空気を受けると、頭が冷静になれる気がした。キツイ匂いには咽せたかったが……咽せる肺が、片方死んでる……ハハッ。
断面の中を見る――…………なるほど……。無駄に冷静になった頭が、推測を超えないその仕組みを、察する。
大鍋のように――魔女の大鍋のように、何か緑色の液体が、グチュグチュブクブクと茹るように――――なっていたのだろう。今は残りが少なく、水溜まりサイズで泡立っている。
クルキ――クルキって誰だ? いや……だから、知ってる…………冬の、ヴァイサー。
……が、言っていた――必要なことを…………これじゃない。
魔女――『魔力』源だと――――。これが、その『魔力の器』であるなら…………無数の首は、……防衛手段? ――みたいなもの? ……いや、もしくは……エネルギーの、循環器……それも……そうとは、決まったわけじゃない。
頭の中が、渦巻く――誰かの言葉たちが、反響する。――――何故?
目的を……目的を…………嗚呼。爆破。
矢を――網の結び付けられた矢を、中に放る。
あとは――起爆。
視線を上げる――みんな……みんな? とにかく、全員離れたようだ。瓦礫の中腹に、ぼんやりと人の姿が見える。
少年の装甲――確か……右手を伸ばす――あっ…………。――十字剣が――胴体の――『魔力の器』へ、落ちた。矢の近くに、真っ直ぐ突き刺さる。――もう……。
左腕を見る――紫色の、毒々しい血のようなものが流れ始めた。かつて血だった、何か――却って、意識を集中しやすい。装甲を左手に持つと、右手でスライド――『手斧』の形状に変化させ、さらに隠しギミックを起動――彼がお喋りで良かった。何かを作る度、自慢げに語っていたのを思い出す――。…………思い出せない――。……ふんわりと、記憶は…………いい。
スイッチを押す――斧頭の曲線が点滅し始めた。そのまま胴体の中へ――落とす。
猶予は何秒だった……っ?
振り返りかけて、脳に――神経信号のような何かに呼ばれて、気づく。
――左腕が落ちた――――!
木屑のように裂け崩れ、肩から離れて、胴体の中へ――それを右目で視認した瞬間に、脳が浮くような感覚が……上体のバランスが崩れ――ソウガ本人も、穴の中へ――――。
…………マァジ?
投げ出され、左半身が緑色の水溜まりに浸る。不思議と、痛覚は無かった。
――目の前には、十字剣が突き刺さっていた。鍔の紋章が、ソウガを見下ろす。刀身に映るのは――、
――フフッ……酷い顔だ。あの頃から、だいぶ変わったな……フフフッ。
片腕を失った――両腕を失った魔女よりは、軍配が上がった……? フッ……。
熱い蒸気に囲まれて。誰もいない空洞の中で――――ずっと上に見える、地下全体を照らしていた照明の一部が、遠い光と――遠くなる光となって。
――嗚呼……グレンは間に合ってくれたんだけどな…………俺は、結局、
間に合わ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?