【第3章|陰謀の肌触り】〔第3章:第4節|界線よ此処に〕
ジード・ジェイ・ファイアは、外套の中に素早く手を入れた。炎ごと。
途端に深淵の暗さを取り戻した地下道は、吐息も聞こえぬ静寂に包まれ、誰もなにもどうにも、一切の挙動を見せなかった。
…………。
…………。
ジードは出している方の手で、二人を背後に退がるよう示し、フェリアルとヤンドールは足音を立てないよう、ゆっくりと片足ずつ、石造りの地面を後退した。
外套から手を出したジード。小さくともまだ点いていた炎が、ジードの手の動きに合わせて、その頭上で炎舞を見せた。そのまま胸の前に引かれると、ジードは両手を前に突き出し、行先に向かってその炎を押し出した。
炎はあの『白い光線』のように、こもったような音と肌を起こすような熱を放ちながら、地下道に真っ直ぐ伸びた。爆炎は3人の行き先を照らし、地下道の形状を教えてくれた。もしその先に誰かいたのであれば、消し炭にされたであろう威力があった。火炎放射は徐々に弱くなり、再びジードの手に収まる。
「気のせいだったらしいが、警戒はしとこう」
「私が先に」
偕老の二人はすぐに目的を思い出したらしく、裾を翻させて歩き出す。フェリアルも続く。方向的には城の外へ行きたいものだが、フェリアルの方向感覚が正しければ、3人は今、城の中央に向かって進んでいる。
「地下道は全て、城の中央付近から伸びています。他の道に行きたかったら、まずは中央まで近付かなければなりません」
フェリアルの思考を読んだらしいヤンドールが前を見たままそう言った。
「それは……私たちの場所がバレませんか?」
「そしたらまた、私の夫がなんとかしてくれますよ」
「保護者だって話を、さっき聞きましたが……?」
「うちの夫は虚言癖があるのです」
「無視れ。……誰か来たら、対処はするさ。まあ、ここは地下だから、酸素不足の方が心配だが。あまり『神秘』は使わずに出たい。……次の角は左だ」
ジードが示すと、二人は角を曲がる。
フェリアルはヤンドールに訊く。
「貴女が道を知っているのではないのですか?」
「これは夫のお陰です。一介の魔法師が地下道の入り口を探そうとすれば存分に怪しまれますが、繋がっている先から逆に城までを調べる方は、割と安易にできます故。どっちにしても城の防犯対策は、もっと強いものが必要でしょうけれど」
「出るとき多少の苦労はあるが、道は覚えてるから迷うことはない。なんなら、また侵入することもできる」
「……それは勘弁したいところですね」
3人の足音だけが、カツーン、カツーン、と響いている。騎士団棟の階段を思い出した。あそこの階段も石造りだった。また登れるのかは分からない。
今更ながら、とんだ事態に巻き込まれてしまった。
今更ながら? 自分で思っていながらも、自分で思い直す。
私はきっと『白い光線』が発生した時点から、結局はこうなっていたような気がした。共にいる二人やトーウェンタリスがどんな思惑で動こうと、チャーグが消えていなかったとしても、或いはペノンやヴァシーガが消えていたとしても、自ら首を突っ込んでいたことだろう。
この状況は意外と、近道の結果なのかもしれない。
「次、右だ」
神の遣いの導きにより、揺らぐ炎しか光源のない狭い石の道を進む。
意外にも(地下だから意外ではないのかもしれなかったけれど)、地下道の造りは頑丈で堅牢だった。ネズミ一匹、雑草一つ見当たらない。人の手が入っていたようにも思えない。
「……これから、どうするのですか?」
フェリアルの声が、地下に響く。
取り敢えず、でここまで来たが、3人は逃亡者だった。しかも、団長に「攻撃」と思われるような行動を取ったばかりで、そのうち二人は警備棟と警備兵を崩した重犯罪者。一人は重罪未遂だが勾留中だったはずの、現逃亡者。この件を解決するか、懸命に誤解を解かなければ、シンカルンにフェリアルの居場所はないだろう。
「エルテランでアイツに会ったか?」
「……はい。正しくは、アイツらでしたが」
「本当に会ったみたいだな。そうだ。アイツらと合流する」
「それは……彼らは、ここに来るのですか?」
「次を左だ。まずは、ここを出てからだな。今日は来るはずだが……」
3人で角を曲がる。その先は緩やかな坂になっており、下は僅かに明るくなっているように見えた。
「……外ですか?」
フェリアルは小声で、ジードに訊いた。
「違う。下水用の竪穴だ。蓋がかなり頑丈な上狭い。魔法を使えば蓋は破壊できるだろうが、人体の大きさでは外に出ることはできないだろう。目的は、その先だ」
小声で返ってきた。3人は慎重に進み、足音も小さく連なる。
見えている先は、徐々にはっきりとしてきた。木漏れ日のように真っ直ぐ伸びていた、細い円柱型の月灯りが明るさを増してきた。
「止まってください」
ヤンドールが言った。ジードとフェリアルは足を止める。
「……誰か、居ます…………?」
小声ではなかった。告げるようだった言葉尻は、疑念に終わった。
「……誰だ?」
ジードは、今度は手を隠さなかった。ヤンドールが小声でなかったことが、その必要がないことを告げていた。寧ろ警戒を超えて、片手だった橙色の揺らぎを、両手に分けて燃え上がらせた。剣を持っていないという致命的なデメリットを抱えた女騎士は、二人よりも控えめながら、肌で感じられる気配に気を張った。
「――嫌われたものね。こんなに顔見知りなのに」
こんな状況で、よりにもよって会いたくない筆頭の女が、柱状の細い光に、姿を現した。
第四魔法師団団長、トーウェンタリス・ティー・アルバン。
青色のローブを羽織り、長杖を手に。
傾斜の上側に立つ3人と向き合った。
「不思議ね」
声が響く。
誰から始めるか定め合う4人。
「侮られているのか、見下されているのか……。身長差で言えば、私は大抵見下されているのだけれど。まあ……そんな笑えもしない冗談を、言ってる場合じゃないわね」
トーウェンタリスは杖で地面を突いた。
二度。
それだけだった。
それだけで3人の傍を、妙な風が通り抜けていった。稲妻のような光る破片のようななにかを、散りばめた風だった。
「『過激な・地盤沈下』――!? 無詠唱で!?」
フェリアルは魔法に精通してはいない。が、杖の長さと魔法の強度が比例するのは知っている。威力が高い魔法であればあるほど、杖の長さを必要とする。
魔法師は魔法の精度をより高めるため、定型としての呪文を詠唱する。
「魔法師団長」の名は、伊達じゃない!!
「逃げますよッ!」
「言われなくても!!」
口を開いたヤンドールとフェリアルより先に、ジードが両手をトーウェンタリスに向けながら走り出した。二本の火炎放射が魔法師団長に伸び、シンカンの背後に二人の女がついて走る。3人は明確な「敵意」に向かっていたが、その背後の地下道は振動し始めていた。戻ることも立ち止まることも許されはしなかった。
トーウェンタリスは、ジードの放った火炎放射にも、杖を二度ついただけで遮断した。放射された炎は見えない障壁によって阻まれる。
フェリアルの背後に向けて、ヤンドールは振り返らずに掌を向けた。
「『刺突的な・蜘蛛の巣』」
ヤンドールの伸びた5本指に沿って放たれた、格子状の魔法の糸。3人の背後を封じると、地下道の振動が遮断される。
「やるわね。――『見開き・解けよ』」
「『天からの・突出息吹』」
3人の脇を小さな光の糸が突き抜けると、ヤンドールの手からトーウェンタリスに向かって、竜巻が放たれた。竜巻はジードの炎を巻き込んで、爆風となる。威力があまりに強過ぎる所為で熱と揺らぎの範囲が広く、3人の足がトーウェンタリスから少し離れた場所で止まった。
魔法師と魔法師の戦いだった。
ヤンドールが焦った顔で、怪我した両手を構わずに広げる。
「『あらゆる法を・停滞せよ』、『扇状の・見えぬ盾よ』、『共々を・停滞――」
トーウェンタリスは両掌で、杖を挟んだ。
「『止めどなく・解け続けよ』」
魔法を認識することしかできないフェリアルでさえ圧を感じるほどの魔法が、トーウェンタリスの杖から放たれた。トーウェンタリス自身が生み出した障壁やシンカンと魔法師の合わせ技の爆風も、そして3人が全部まとめて吹き飛ばされた。
吹き荒れた空気の中で、煌めいた歪な稲妻が轟き、ガラスの破片のように風景を歪める。
「あれはなんの魔法ですか!?」
フェリアルが叫ぶと、
「あらゆる結合を解くもの、です!! つまり――」
「走れ!!」
ジードの言葉は聞くまでもなく。
迫り来る背後の石造りの崩壊は、3人と発端の距離感を無関係に巻き込む。トーウェンタリスは「我が身を・後退させよ」と唱えると、3人に向いたまま背後に滑り始め、闇の先に見えなくなる。
「残念なことに、俺らも行くぞ」
トーウェンタリスを追う形で、3人も竪穴を通過し、暗闇の中を走る。ジードの手にある炎は小さく、後ろを走っていたフェリアルには、その背中の、外套の輪郭しか見えていなかった。ヤンドールは夜目が利くとのことであるから、たぶん大丈夫なはずだと、フェリアルは背後だけを気にしていた。地下道が崩れ続ける音が、弱まりつつも、響いてきている。
「『見えぬものは・見えぬままで』!!」
ヤンドールがなにかの魔法を放ち、暗闇に先んじて、緑色の魔法陣が壁伝いに走って行った。薄く光ったその光だったが、トーウェンタリスはとうに先に行ったらしく、僅かな照明に照らされたトンネルは、その先まで無人に見えた。そしてその先が、近いことも分かった。
「出られるぞ。警戒はしろよッ!」
三たび目の火炎放射。それは空気を意識してか、威力ではなく距離に特化していた。攻撃ではなく探索を優先してのことだった。3人の響く足音に合わせ、細々と伸びたその距離はすぐに縮んでいく。燃える匂いが収まってくると、湿り気の強い匂いがしてきた。コケやカビ、魚、水草の、不快感の強いなだらかな匂いが。
そして3人は、月明かりが収束するように淡く明るい場所に出た。
下から見るのは初めてだったが、なんとなく場所は分かった。
「『テーゼリエッテ広場』、ですか?」
3人は立ち止まる。フェリアルがジードに訊くと、ジードは頷いた。
「そうだ。夜になったら断水するよう、昼間のうちから水を減らしていた。今がチャンスだ」
シンカルンの城下町を象徴するように、城の正門前には、噴水と広場が設けられている。それがテーゼリエッテ広場であり、その中央にある巨大な噴水が、『ホレイトン噴水』と呼ばれるものだった。
通常は水に浸っているのであろう長い竪穴は、今は湿っているだけになり、その横穴からやってきたフェリアルたちの、さらに下の方から、微かな水音が聞こえていた。
トーウェンタリスの姿はなかった。
水の通り道である大きな竪穴越しに、また横穴が見えていた。そこへ渡ったのかもしれないし、上で待ち構えているかもしれない。3人とも、警戒は続けていた。
「まさか、城の地下に直通の出入り口が、こんなところにあるだなんて」
「しばらくは誰も使ってないはずです。少なくとも、最近水を抜いた記録はなかったです」
ヤンドールが短杖を取り出した。その先端を、3人の立っている濡れた床の石材へ向けた。
「四方の陣地よ・上昇せよ」
四角形の魔法陣が展開され、フェリアルもジードも、その上に。3人を乗せたまま、ヤンドールの杖の指示に乗って、魔法陣は浮上した。浮遊感は、フェリアルにとって初めての感覚で、慌ててヤンドールの肩に手をかけた。
「すみません」
「構いません。それより、待ち構えられていることを警戒してください。この魔法は長時間は使えません」
噴水の中心は巨大なモニュメントのようで、竪穴の中央で長く伸びていた。周りをくり抜いて造られたようで、3人はその隙間を上昇する。
杖を持つ手は魔法陣に。ヤンドールは空いているもう片手を、上に向けた。
「行きますよ――『逆に・作動せよ』、『天からの・突出息吹』」
噴水の落下防止用の格子から、かんぬきが落ちた。さらに、ヤンドールの手から放たれた小さな竜巻が、格子の蝶番を動かして開く。
「魔法が使えないことが、実に悔やまれますね」
フェリアルが自嘲混じりに言った。コンプレックスがあったわけではないが、全くの才能がなかったことは、常々惜しいと思うようになってきた。特に最近は。
「ヤンドールは別だ。先天的な種族才能だからな」
「杖は必要としますよ。3人持ち上げるときなんか特に」
シンカンにサキュバスと特殊な者たちから言われると、特に「能力」や「才能」に関しては、フェリアルが語れるようなことはなかった。
3人を乗せた魔法陣が、噴水から飛び出した。
「「「「起点屈折・縄縄しい縄よ・弾けよ!!!」」」」
案の定、地上に飛び出した3人が見た景色は、長杖を向ける魔法師団の魔法師たちが、噴水を取り囲んでいる光景だった。
長杖の先から放たれた無数の光る縄が、小さな魔法陣に乗った3人に容赦なく巻き付いた。その全てが意思を持っているように荒々しく、投石用の縄のようなキレのある屈折した動きで、一切の挙動を許さず、ぐるぐる巻きにした。
「浮遊の・機構よ・崩れ去れ」
3人の足元から魔法陣が消失し、3人は縄によって一緒くたに、広場の石畳に投げ捨てられた。
「何十年も前だけれども、私は現役で紛争を止めていた世代の魔法師よ。皮肉なことに、実戦経験と戦闘系の魔法に関しては、今の魔法師よりはるかに得意なのよ」
「結局、貴女が一番ネックみたいです……」
フェリアルは横になって動けないまま、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるトーウェンタリスを睨みながら言った。
「そんな顔しないでほしいわ。私は貴女ほど真っ直ぐじゃないし、『魔法師』である前提としていうけれども、貴女に嘘を吐いたように、貴女に疑いを掛けていたように、汚い真似はいっぱいしてきたわ。そうやって、この国を護ってきたのよ。だから」
長杖が石畳を叩く。三度も。
魔法陣が展開され、その輝きは芋虫のように動けない3人の下に滑り込む。
「だからまず、その彼が誰なのかは、聞いても良いかしら?」
フェリアルの顔のすぐ側にある魔法陣。その形を構成している光っている魔法の線から、小さな稲妻が「バチッ」と炸裂した。
「魔法師団長が、随分と攻撃的ですね」
体勢が横倒れになって、トーウェンタリスに正面から向いているのは、フェリアルだけだった。ヤンドールもジードも、フェリアルにその姿は見えていない。
広場は夜の静けさに塗れ、星々は綺麗であったが、観測者たちにうっとりとする余裕はなかった。
「フェリアル・エフ・マターナ、答えなさい。その者は何者ですか?」
数十年生きた魔法師でも、シンカンの顔までは知らないらしい。だが、数分前にその目で『神秘』を見てはいる。「魔法師」か「特異能力」か、それとも他の種族なのか――そして「シンカン」かは、そのうちにバレることだろう。
フェリアルも詳しくは知らないが、外套で身を包み、数百年ほど身を隠していることを鑑みるに、ジードは自分の素性を知られたいとは思っていないはずだ。王国へ属することが認められていたヤンドールも、自身が世界に唯一の希少種族とは触れ回っていないはず。
また耳元で、「バチッ」と音がした。自分のことも心配もするべきであった。
「彼は協力者です」
「貴女の脱獄の?」
「貴女が邪魔したから、こうなりました」
「想定していなかったとしても貴女が招いた事態なのです。その者は、どういった協力者ですか? 具体的な理由もしくは、貴女がその者を必要とした、理に叶った言い訳を告げなさい」
トーウェンタリスは一定の距離を空けて、3人を乗せた魔法陣の外側に立っていた。露骨に脅すように、長杖で地面を突く。魔法は展開されていないが、いつ展開されてもおかしくない。トーウェンタリスは振り返ると、一人の魔法師になにかを促した。
「赤き花火よ・打ち上がれ」
長杖の先端から、細い赤色の打ち上げ花火上がった。閑静たる夜を突き破ったその大きな火花は、シンカルン王国では「緊急事態」の注意を促すものだ。音に気付いた住民が気を張って外を伺うまでに数分、城から花火を見た警備兵たちが、団に報告し、ここまで来るのにも数分。もし逃げられるとしたら、精々あと一分ほどで横向きからは立ち上がらなくてはならない。
時間がない。
「動くなよ」
耳元でジードが囁いた。フェリアルとヤンドールには聞こえる声が、トーウェンタリスには聞こえていない。
「……本当に、良いのですか?」
ドン、ドン。
杖が近づいて来る。あの先端が触れると魔法陣が活性化する、と告げているようだった。
静かに。
ただ静かに焦る。
フェリアルにできることはない。
神の遣いが言うなれば、動かない方が身のためにあった。
「まだ待てよ」
ずっとそうだった。
最近はずっと。
フェリアルに。
フェリアル一人に。
できることなど、なかった。
「そう……。議会での弁論が楽しみだわ」
長杖が持ち上がる。あの先端が地に着けば、なにかが発動し、それはきっとフェリアルたちに害を成すだろう。
フェリアルの意識は、その先端だけを視ていた。スローモーションのようにゆっくりと下ろされて――その先端は、地に――――、
着かなかった。
「なっ!?」
トーウェンタリスが驚愕めいた声を出した。
音はしなかった。
気配もしなかった。
しかし、第四魔法師団長の驚愕の声を聞き、内心少々嬉々としたフェリアルの背後から、確信めいた声がした。
「遅かったな」
杖の先端は、石を突いた。
つもりだったが、それは阻まれた。
石畳の陰から伸びた、真っ黒の影のような掌によって。
トーウェンタリスの目の前で、まるで質量などないかのように、その黒い掌は、影から伸び上がって、出てきた。
杖先を捉えた掌が真上に突き出した状態のまま、トーウェンタリスの目の前に、一人人型の影が見られた。
「……あ、貴方は、誰です……?」
フェリアルが一度だけ目にした、黒い影。
薄く存在のない影に、凹凸と人肌の質感が現れる。目の前で、陰から人間が出来上がっていくようなその姿は、その場にいた誰も彼もを、動かせはしなかった。
その者はジードのような外套を纏っており、目深に被ったフードの下で一言、
「失せろ」
と。エルテラン湖のほとりで見たあの男は、トーウェンタリスにそう告げた。
それだけだった。
第四魔法師団長は、魔法など放つ間もなく、弾き飛ばされた。フェリアルが見知った妙齢の魔法師は、その姿が見えなくなるほど石畳を転がっていく、ただのローブの塊となった。師団長の強制退場に、残された魔法師たちは、互いの表情が見えぬまま、しかし、驚愕と困惑を伝染させていた。
フェリアルたちを引き付けていた魔法陣が、消えた。
「なッ……は、破綻者め!」
最初に動き出した魔法師は「円陣より来たる・稲妻よ・吠え――」と、詠唱を始めたが、突如陰から現れた外套の男は、軽く手を払っただけで、その者を宙返りさせた。頭を強く打ったのか、その魔法師は動かなくなった。
「弱まれ・解けよ」
ヤンドールの声に応じて、フェリアルたちの身体に巻き付いていた縄が解け出した。その間も魔法師たちは影の男に杖を向けようとし、都度都度、よく見えぬ陰によって、翻弄されていた。
縄が解けても、3人の出番はなかった。ジードはいつの間にやら、フードを被っていた。
全員立ち上がった頃には、ヤンドールを除いて、まともに立っている魔法師は、一人もいなかった。
というか、3人(+1人)の周りには、敵意のある魔法師の姿はなかった。十人近くいたその悉くは、あらぬ方向彼方此方へと、その身を放られていた。
広場の真ん中に残った4人。
男が三人を向いた。
「……結果は、どうだった?」
訊いたのはジードに、だった。
「厄介なことに……後者だった」
ジードが告げると、男は苦々しげに溜め息を吐いた。
「それで……どうする?」
ジードが口を開く前に、フェリアルが挙手する。
「すいません。……では、貴方も…………?」
フェリアルは男に尋ねたが、男は目を細めると、「話してないのか?」と言うように、ジードを見た。
外套を纏った二人の男が、同時にフードを取る。
ジード・ジェイ・ファイアは、黒髪、黒目、白い肌の、陰鬱な印象の深い男を、二人に紹介した。
「お察しの通りだ。こいつはルヴィスト。ルヴィスト・アール・シャドウ。俺と同じく、影の国・メイノーンの、シンカンだ」