【第3章|闇の継承者】〔第3章:第2節|人の形をした「何か」〕

「……アア……ホンットに来やがった……」

 女はその真っ暗な瞳で、四人を見返していた。
 ウェーブ掛かった黒髪には細い稲妻のようなプラムカラーのメッシュが、左右それぞれの触覚を割る。目元は隈が濃く、痩せた頬に青白い肌と、かなり不健康的であり、その顔立ちは異国の造形であった。分厚めの本を何冊か積み上げ、両腕で抱き抱えている。
 ――と。
 ソウガが観察し終えたときには、クルキは『秋の楔』を放っていた。
 小さな刃物は縦に回転しながら、真っ直ぐ女の顔に――刺さらず。
 寸前で何かに阻まれ、女の顔前で宙に停止。そのまま落下――軽い金属音が響く。
「……いきなり、何?」
 首を傾げた女は――無気力そうに、気怠そうに訊いた。
「……姉の方、だな――グリベラ・アンバー・ウォーレンの」
 『冬の楔』を右手に持ちながら、クルキが静かに告げる。
 女は興味無さげに、鼻から短く溜め息を吐く。
 答えはなくとも、全員がわかっていた。抱いている積本の脇から見えるのは、最近よく見たフードマントだった。四人は警戒し、武具を構え続けていた。
「……はいはい、そうですよ。……ワタシはヤ……いいや、めんどくさい……」
 女は言う――無気力に。気怠げに。
「……それ、妹がちょっと弄ったの。……遊んだら……まあ……そしたら、帰っていいから。あとは、妹によろしく……」
 ――無気力に。気怠げに。
 女は本を落とさないよう、左手で抱え直ると、右手を立方体に伸ばす。指を鳴らした。「何の話だ? というか、どういうつもりだ? お前は――」
 クルキは訊いたが、女は肩を竦めるとドアの先へ。どこかへ行ってしまった。
 四人が顔を見合わせると、ドアが強く音を立てて閉まる。
「――どういう、ことだ?」
 ソウガは訊く。クルキは首を振る。
「魔女は……魔女は個体差が激しく、性格や嗜好の傾向も、あまりよくわかっていない。グリベラ・アンバー・ウォーレンは、話が通じる方だったらしい」
 クルキはドアに向かったが、ドアノブに手をかける前に、何かが焦げるような、解れるような薄いノイズが走り、こっちに振り返った。
 四人が見ている中、檻の幾何学模様は一つずつ、蒸発するように溶け出した。
 浮いて光り、粒子のような余韻を瞬き――小さな炸裂を見せ、溶け消える。
 一つ、また一つ、またまた一つ、と――徐々に、透明な面が薄くなっていく。
 薄くなるにつれ、中で力なく倒れていた者たちが力が湧き出したように静かにゆっくりと――歪に立ち上がった。関節から立ち上がるようなぎこちなさで、しかし二本の足が床を踏み締める。
「……ファンショ?」
 立ち上がり切った三人。クルキが呼ぶと、向かい合っていたその顔が上がる。
 目は覚ましていた――その瞳には、光がない。
「すっごい、嫌な予感がするわ……」
 シダレがボヤいた。三人は剣を構える。
 クルキは『秋の楔』を拾うと、『冬の楔』と腰に戻し、背中の槍に手をかけた。
 三つの檻は溶け切ろうとしていた――中の三人は、身体が思う通りに動くようになったらしく、それぞれ落ちていた自分の武具を拾う。
 幾何学模様の全てが消えた。
 現れたのは、オレンジ髪のポニーテールの和装男子と、全身装甲鎧の少年、性格の悪い黒人の三人――全員細かい傷が見えるが、虚ろな目で四人を見返している。
『……それ、妹がちょっと弄ったの。……遊んだら……まあ……そしたら、帰っていいから。あとは、妹によろしく……』
「思ったより元気そうだ」
 クルキが言った。
「クルキ――」
 ソウガが続きを言う前に、アンテツが続けた。
「――殺さずに、どう対処したら良い?」
 二本の槍と三本の十字剣が、一本の短剣と二本の十字剣に向き合う。
「――さあな。試してみよう」
 三人が、檻から飛び出した。

 グリベラに先に辿り着いたのはクフリだった。
 十字剣を構え、屋根からセンター通りへと飛び出す――が、グリベラはそれを待っていた。ベンチごと地面を滑るように後退し、ロータリーの手前まで退がる。クフリの刺突は地面に浅く刺さり、クフリはすぐに魔女に向かって駆け出す。そこに、屋根から放たれた『十字弩クロス・ボウ』からの『弾針』が――しかし、グリベラはそれも座りながら避けた。
 キキは屋根を走りながら、鞘を背負い直す。二本の剣が刀身を露わにし、グリベラに向かって『蛇腹剣コイルソード』を伸ばす。が、届かず。
 グリベラは手を翳した――近くの軒先の看板に。
 魔術が展開――その指の弾くような動きに合わせ、看板は真っ直ぐ突っ込んだ――左手に『蛇腹剣コイルソード』を戻した、屋根の上のキキ目掛けて。お返しにと『弾針』がグリベラへ――ベンチごと右に滑り、余裕の笑みを返される。
 クフリは真ん前から、グリベラに斬りかかる。グレンは屋根から飛び降りると、十字剣を抜いた――混戦になると、『十字弩クロス・ボウ』は使えない。
 看板を避けたキキは、さらに北上する。村の通りの先や左右が見渡せる高さだ。救出班の姿は見えず、どこかで争っている様子はない。
 グリベラはクフリの斬撃を、またもベンチごと退がり回避。中央ロータリーに入る。目の前にはクフリが迫り、その後ろからグレン。左の屋根の何メートルから先にはキキが。
 ベンチから立ち上がったグリベラは、そのベンチに手を翳す。
 クフリが刺突を繰り出そうと構える。グリベラは魔術で、ベンチをクフリに向かって飛ばした。クフリは叩き斬ろうとしたが、四本足に絡まれ、後ろへ飛ばされる。グレンの横を通り、地面に投げ出された。
 キキが屋根から『蛇腹剣コイルソード』を展開――真っ直ぐ伸びた鋒は、グリベラが跳ね避けた直後の地面に突き刺さった。グレンがそこに斬りつけようとしたが、グリベラの左手は近くの民家へと伸びており、既に魔術は展開されていた。
 一本の竹箒が、その頭を向け、グレンに突進――グレンは斬り払おうとしたが、それを操っていたグリベラは、当たる寸前に指を回した。十字剣が空を斬り、竹箒は袈裟のようにグレンを跨ぐ。グリベラは構えていた掌を押すと、グレンは竹箒に押され、ロータリーの西側へと弾かれた。『蛇腹剣コイルソード』が、グリベラに再び――グリベラは滑り避けると、右手で竹箒を引き寄せ、左手はキキに向けられる。
 キキの足下の瓦屋根が、一列ずつ崩れ落ち始めた。キキは慌ててロータリーに飛び降りる。グリベラは滑り旋回しながら、竹箒を右手にすると、左手に持ち替え、穂先の境に左足を掛けた。――そのまま浮遊し、回りながら噴水の上に。
 箒に弾かれたグレンと、看板に投げ出されたクフリと、屋根から飛び降りたキキ――三人はセンター通りの前に一度合流し、正面からグリベラに向き合う。
「空飛ぶのはずるいよね」
 キキは『蛇腹剣コイルソード』を展開。グレンは『十字弩クロス・ボウ』を向けた。
 グリベラは笑うと、宙を舞って回避――噴水の上を回りながらも、右手はセンター通りへ――群衆へと向ける。
 メイロとドンソウに群がっていた村人たち。その手前に――三人側にいた数人が、呻き声を上げた。
「――クフリ、任せた」
「了解」
 クフリは振り向いて走り出す。
 一人が離脱――グリベラは近くの店先に出ていた幟の四、五本を呼び寄せる。
 白くて丸いフォントの「フルーツ」――ではなく、「食事処」や「そふとくりーむ」だった。幟は地面から浮き上がると、グリベラの周りに集う。手首を回すグリベラ――その動きに合わせて、幟が自転し始めた。
「――姉には殺すか追い返せ、と言われていますが、少しお楽しみの時間です。――人間で遊べるのは、人間の上位存在の特権ですので」
 勢いづいて加速する旋回――その幟全てが、グレンとキキに放たれる。

 メイロとドンソウは、まだ南の方で、クフリは一人、村人を張り倒す。
 その背後から、勢いづいた白い塊――二本の剣を握った『基本戦闘服ステータス』が飛んできて、通りの西側に構えられていた美容室へ。背中から激突し、窓ガラスを破壊――姿が見えなくなった。
 手助けに行きたかったが、クフリにも村人が迫る。
 一人を殴り、一人を踏みつけ、顎に肘を――もう一人に回し蹴りを喰らわし、そのまま振り返る。
 ロータリーではグレンが一人で、グリベラに『十字弩クロス・ボウ』を向けている――旋回する幟を避けながら。グリベラは竹箒で、自在に空中を飛び回っていた。互いに互いの飛び道具を避け、グリベラは箒に乗ったまま、グレンに接近しようとしているように見える。
 クフリは伸びて来た腕を掴むと、脇腹を蹴り、肩を起点に、固め技の要領で、傀儡の一人を背中から地面に突き倒す。
 『大剣バスタード』を握ったメイロが、押されるようにして傍に。
 クフリは近くの二人を蹴ると、その勢いでもう一人の顎を蹴る――魔女に取られていなければ、脳が揺れたはずだった。確認する間が惜しく、真正面から蹴りを一発。
「心配。――あれはやり過ぎでは?」
 割れたガラス窓の美容室。クフリはその方向に、村人を突き飛ばす。
「村人じゃないわ。キキよ。――ノビてなければ、そのうち出てくるわ」
「援護。――グレンに必要か?」
「ちょうど、あなたにお願いしたかったの」
 クフリが蹴り飛ばした村人――倒れる前にメイロが掴み、地面に引き回すと、一瞬浮かしたその瞬間に、拳を打ち込む。
 グレンの援護はクフリが行っても良かったかもしれないが……二、三度対峙して理解した。あまり効果的ではない。メイロは迫る二人の村人を、その身体を纏めて蹴り飛ばす。
「了解。――こっちは任せた」
 察したというより従順であったメイロは、村人に背を向けて走り出す。幟を一本叩き斬るも、別の幟に胸を突かれて弾け飛んだ、グレンの援護へ。
「――大変そうだね」
 いつの間にか美容室が近く、キキがガラスを踏んで出てきた。両手は抜き身の剣を持ったままで、一度背負い納めると今度は鞘ごと抜く。ままに、近くの村人を叩き飛ばした。
「大丈夫?」
 クフリが腰を蹴り上げた村人に、キキはそのつんのめった顔を蹴り上げた。
「大丈夫。幟に吹っ飛ばされただけだよ」
 村人を押し返すと、近くで数人が薙ぎ倒される――いつの間にやら、近くでドンソウが『四方盾シールド』を振るっていた。
 キキが近くの村人の顔に、回し蹴り――威力調整はきちんとできていた。村人はその場に崩れ落ちる。ドンソウが突進し、村人数名が唸るような悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい」
「謝るクセが抜けないよね、ドンソウ」
「えっ、あっ……ご、ごめん、なさい……」
「ほらまた」
 キキが面白がり、ドンソウは謝りながら『四方盾シールド』を構えた。クフリは村人の腕を捻り上げ、背中を向けさせ、勢いよく蹴る。その隙に背後を見る――箒に跨り、左手は箒を握っているグリベラ。右手は下に向けられており、グレンに四角い透明な箱――水槽をいくつも立て続けにぶつけている。その間にメイロが入り込み、『大剣バスタード』を構え、水槽を薙ぎ払う。その背後から、グレンが『十字弩クロス・ボウ』を射出――グリベラは噴水の上まで離れ、旋回してメイロを躱すと、一直線にグレンへ向かった。
「ドンソウ?」
「は、はい……?」
 ドンソウは返事をした――右手に抱きつくような村人を振り払う。
「キキと二人で、魔女の方に。――奇襲なり何なりで、接近戦に持ち込めるように」
 クフリは、『突出剣カタール』改め小盾の左腕で、同じように村人を振り払う。
「えっ、で、でも……」
「クフリは一人で、大丈夫?」
 キキが二本の鞘で押さえた村人を、クフリは
「何とかするわ。それに一人じゃなくて――」
 と、苦闘する三人の足元に、『大剣バスタード』を盾のように構えたメイロが、背中を引き摺って流れて着いた。
 構えたまま三人を見上げるメイロ。三人はメイロを見下ろす。
「羨望。――俺も女子会がしたい。魔女の接待じゃなくて」
 ドンソウの『四方盾シールド』が村人を弾き、キキは腕を掴み、胸を殴る。
「――『女子会』なんて言葉、よく知ってたね」
 感心を示すキキに、クフリはなるべく端的に告げる。
「やり方は任せるから。――魔女をぶちのめさないと、話にならないのよ。キキはドンソウとグレンの援護を」
「了解――行こう、ドンソウ。ちょっとした考えがあるの」
「えっ、あ、はい……」
 クフリはメイロに手を差し出し、メイロはその手を取って、起き上がった。
「――残念ながら女子会は終わりよ」
 クフリは村人に向かって、小盾を振り上げる。
「でも接待も終わり。私と握手会をお願い」
 メイロは、ドンソウとキキに続こうとした村人の腰を掴むと、そのまま別の村人に投げ飛ばし、二人纏めて蹴り飛ばす。別の村人が、横から腕を伸ばしてくる。
「残念。――噴水で手を洗ってくれば良かった」

 秋のヴァイサー・ファンショは、汚れた和装の上半身と、洋装に見える履き物で――おそらく『巡回任務』用の格好で、襲いかかってきた。
 ――直後、クルキが槍の穂先で殴り、ファンショは頭から倒れる。ソウガにはかつての同志――しかも性格の悪い黒人の方が、十字剣を振り下ろしてきた。なんたることだ。
 仲間に剣を向ける苦痛――ではなく、単純に嫌悪している、妙に波長の合わない戦闘スタイル――相手にしたくない上、バンキは背が高い。
 剣撃は全て、ちょっと上から来る――少し腹が立つ。
 刀身が弾き合い、救出班は狭い部屋の中で応戦する。
 クルキはガンケイの首根っこを引っ張ると、部屋の隅に放る――一対一に持ち込む気だ
ろう。アンテツはソウガが鍔迫り合っているバンキに向かうが、斬ることができないために、十字剣を構えていても、殴る蹴るのみの攻撃しか出ない――が、バンキだって仮にも戦士。簡単には殴らせてもらえない。巧みに避けながらソウガに剣を叩きつけようとしている。ファンショは起き上がると、近くにいたシダレに向かって、持っていた『秋の楔』を振るう。シダレはそれを避けるが、脇からはガンケイが迫る。そこへクルキが槍を振り回し、ファンショを柄で殴ると、ガンケイに一本投げた――勿論、刺さらないように足元に向かって。バンキはそれに足を引っ掛け、ソウガは隙を付いて、十字剣を持つ手首を抑える。が、アンテツがファンショにタックルを受け、四人は重なりもたれこむ。シダレがガンケイを弾くと、ファンショが最初に這い出てきたが、クルキがその襟を掴み、槍を振りかぶる――ファンショが再び部屋の隅に。クルキは槍で間合いを取りつつ、叫んだ。
「そっちの二人は、どうにかして失神させろ! ――数時間の精神干渉なら、それで一旦なんとかなるかもしれん!」
 ソウガは「了解」と叫んだが、バンキの十字剣に絡まれて、体勢を下に向かされ、そのまま弾かれる。バンキは足でアンテツを蹴り飛ばすと、左腰の自身の『個有武具』に手を伸ばそうとした。
 ――そこに、シダレが蹴り飛ばした、ガンケイが倒れ込む。ソウガは腕を引っぱられ、男三人は転倒する。
「こいつら、妙だ‼︎」
 と、クルキが叫んだとき、倒れながらもガンケイの手から十字剣を弾いたソウガに、ファンショが襲い掛かってきた。傍で立っていたシダレが、その足首を掴むと、引き摺ってソウガの上から退かす。
「そんなんわかってるんだけど! 具体的に、どういうことよ!」
 立ち上がったファンショは両手を構えた。シダレはそれを躱し、ファンショはソウガの前に。ソウガは十字剣を手放すと、ファンショの両手を両手で受け止める。力に押され、足裏が床を滑る。顔が近い――ファンショは獣のように口を半開きにして、唸るような、吠えるような曖昧な意志を漏らす。
 掴み合いの背後では、ガンケイがアンテツに斬りかかりながら、左腕で左腿の装甲を外していた。あれは知っている――ガンケイの『手斧ハンドアックス』の、『基本装手斧ベーシック零一二ゼロイチニ』。機能は……聞いたことがあった気がするが、今のソウガには思い出せない。ファンショはソウガを押し続け、背中が壁に着く。アンテツはガンケイの剣を弾くと、ガンケイは反動で後ろに倒れかける。が、その姿勢から『手斧ハンドアックス』をアンテツに向けて投げた。アンテツの顔前で、その『手斧ハンドアックス』は――シダレの十字剣によって弾かれ、あらぬ方向へ。ファンショを押し返しているソウガの、後ろの壁に、ちょうど『手斧ハンドアックス』の斧頭が刺さった。固い素材の壁であったが、突き刺さると思うと、脆くはなっているのかもしれない。
 刺さった『手斧ハンドアックス』は柄の尻尾から、火柱が噴き出す。
 ――なんだその機能? どこで使うんだ?
 クルキが槍でファンショの膝裏を突く。膝を付いたファンショはソウガを振り解くと、後ろ返りでクルキの顔を蹴り上げた。そのまま顔を上げようとしたファンショに、ソウガは上から飛び乗った。多少無遠慮だったかもしれないが、多少は我慢してもらう。
「ファンショは――クソッ! ……こんなに強くはなかったぞ!」
 鼻を押さえて、槍を杖代わりに立ち上がったクルキ。ソウガがファンショを抑えているのを見ると、騒がしい背後に振り返った。
 シダレに襲い掛かったバンキは、アンテツのドロップキックを受けて、阻まれる。そこにガンケイが斬りかかろうとして、シダレは『鉤爪クロー』で刀身を掴んだ。ソウガの尻の下でファンショが踠き、ソウガを見上げると、元々持っていた『秋の楔』を抜いた。ソウガはその手を押さえようとしたが、ファンショはその隙をついてソウガから這い出る。振り向きざまに斬り返してくるのを、十字剣で外へ弾く。
 ――立方体のフレームと角だけが残った、細長い一室。
 てんやわんやの、大騒動だった。ガンケイを突き飛ばしたシダレが、起き上がりかけのバンキの顎を蹴り上げた。

「――だったらシダレかバンキか、居て欲しかったね」
「全くの同感だ――来るぞ」
 ロータリーの南側。中心にて。
 『十字弩クロス・ボウ』を構えたグレン。隣で『蛇腹剣コイルソード』を唸らせるキキ。
 物理的――環境的な障害が大きく、致命傷を与えるどころか、接触の敵わない相手に対してキキは、
「――精神攻撃ならどうかな? 人間特有のやつ」
 と言ったが、それが得意な者たちは、残念ながら救出班に行ってしまった。グレンにはキキが合流するも、グリベラにとって何も変わらず、囮班は村人たちに苦闘を強いられている――と思っているはずだ。
 竹箒に乗ったグリベラは、真っ直ぐグレンに向かって来た。『蛇腹剣コイルソード』の鋒と連接刃を躱し、勢いは殺さずに箒から飛び降りる。地面を滑り――本人はグレンの目の前に。箒は進行が屈折し、キキに突っ込む――十字剣と鍔迫り合う。
 『十字弩クロス・ボウ』の間合いに入られても、グレンにも十字剣がある。が、グリベラはその刀身を袖で弾くと、胸の金十字に掌を当てた。
 刺されたわけじゃない――が、ただ触れられただけにも関わらず、グレンは強い衝撃に突き飛ばされる。尻目に見ていたキキには、体に覚えのある攻撃だった。グレンは噴水の前まで流れた。
 箒と鍔迫り合ったまま、キキはグリベラの顔目掛け、『蛇腹剣コイルソード』を展開する――しかしグリベラは半歩引いて躱すと、箒越しに右手を構えて、キキに向かって飛び出す。
「――人間風情が、よくやりますね!」
「風情があるのは、人間の特権だよッ!」
 グリベラが迫ると、キキは箒をくぐり十字剣を突き出した。グリベラは躱す。キキは左腕を揺らし、『蛇腹剣コイルソード』を刀身に戻すと、十字剣でグリベラに斬りかかる。
 グリベラは一閃を躱し、十字剣を持つキキの右手首を掴む。キキはグリベラに蹴りを入れるが、グリベラは一歩退くと手首を引き、自身は一瞬浮き上がり、回転してキキを放り投げる。投げられたキキに手掌を向けると、何かの魔術が展開――キキはさらに弾かれ、大きく吹っ飛び――ながら、『蛇腹剣コイルソード』を展開。その先端を避けたグリベラに、背後から『弾針』が掠めた。グリベラは舌を打つ。一瞬屈むと飛び跳ねて、『十字弩クロス・ボウ』――グレンに向かう。
「さっきまでの余裕はどうした? 昼間も思ったんだが、もしかして姉がいなければ、自分の威厳も保てないのか?」
 迫るグリベラに『十字弩クロス・ボウ』を向け、鼻で笑うグレン。グリベラは地面を滑り、射線から外れ続ける。
「逃がさないとか言って、結局取り逃してしまうような、甘ったれた――」
 安い挑発であったが、グリベラは眉をピクつかせ、離れて落ちていた竹箒に手を翳し、魔術でグレンに向け弾き飛ばす――横に跳んで回避したグレンに正面から滑るように接近し、間合いの中へ。グレンの両手首を掴み上げる。
 睨み合う二人。互いの力が均衡し、どちらも進まず、どちらも退かず――。
「……あなた方に殺された、ワタシの姉――キバメラ・ビクトリア・ウォーレンは、身体強化の魔術が得意でした。ワタシはそれほど得意ではありませんが……」
 ――!
 グレンの両足が地面が離れた。グリベラはグレンの両手首を強く握り、グレンを引っ張るように浮遊し始めていた。
「ですが多少は教わりましたので。あなた方程度の――」
「戦闘に関しては、教わらなかったみたいだな」
「――はい?」
「知欲の亡者のクセに、視野が狭いぞ」
「――?」
 グレンは両手の武具を、それぞれ落とす。二人は噴水の高さほど浮いており、剣も弩もロータリーの地面に落ちる。
 グレンの顔が、僅かに翳る――否。
 グリベラの背後に、何かが覆い被さった――気付いたときには、グレンはグリベラの手首を掴み返し、両足を腹に目掛け、思いっきり蹴り入れた。大した威力ではない――グリベラのマントは剣を弾けるほどの魔術的な防御によって、護られていた。数回だったが、袖で剣を弾いたのを見ている。
 グレンはそのまま、宙返りのように跳ねた。
 ――「何か」を避けるように。
 グリベラの手から、グレンの手首が離れる。グリベラの背後――紫色の空の下が、大きな影に覆われた。
 振り返ったグリベラ。

「――ご、ごめん、なさい……!」

 目の前に、巨大な金十字が迫っていた。

 気付いたら背負い投げられて、その拍子に、十字剣がファンショの顔を切り裂きそうになった。ソウガは慌てて右手を止める。そこにバンキとガンケイが、背中から放り出されてきて、クルキが起き上がったファンショに足払いをかけた。アンテツがガンケイを殴りつけるも、それを躱したガンケイの『手斧ハンドアックス』が、シダレの脇腹を掠める――お返しに繰り出したシダレの刺突。本気じゃねえか――「殺すなよ!」――念の為叫んだが、起き上がったソウガは、バンキの十字剣を弾き、間に入ったファンショに体当たり――転んだガンケイの前にクルキが槍を突き刺し、シダレがバンキの十字剣を、『鉤爪クロー』で掴むと、アンテツがその脇を殴り、迫るガンケイをソウガは遮る――。
 入れ替わり立ち替わり――十字短剣が三本飛んで、短槍が一本床に突き刺さる。もう一本の槍と十字剣が舞い、十字短剣が落ちては拾われ――掴み合いや殴り合いが幾度か、重なり合い、もつれ合い、入り乱れて。
 シダレの十字剣を持ったガンケイに、バンキの十字剣を持ったシダレが斬りかかる。
 ソウガはアンテツの十字剣を手に、壁に刺さった自分の十字剣まで走る。
「グヲゥ!」
 壁を蹴って三角跳びしたクルキ――勢いのままバンキの顔を槍の柄で殴ると、バンキが悲鳴を噛み締めた。――バンキらしい声だった。
 掴みかかってきたファンショ。ソウガはそのまま押される形で、背中から床に寝る――掴んだまま頭上に放り上げ――所謂「巴投げ」をお見舞い。だがファンショは、ソウガの両手を掴んだまま倒れ、両手を防がれたまま、仰向けになったソウガ――そこにちょうど垂直に、足をもつれさせたバンキが倒れ込んだ。
「ぎゅウェいッ!」
 腹を押され、悲鳴のような息が吹き漏れた。暴れ出そうとするファンショ。ソウガは逆に指を握り潰すよう強く止める。
 倒れたバンキの上に乗ったアンテツ――両膝で肩を押さえつけると、バンキはアンテツの首に手を伸ばす。アンテツはそれを脇に挟むと、バンキの両耳を両手で掴んだ。
 「悪い!」と言って、後頭部を固い床に叩きつける。
 ――ガン!
 ――ガン、ガン――――ガン!
 無機質な音が止み、白目を剥いてバンキは動かなくなった。アンテツは深く息を吐き、バンキから退く。
 ソウガと掴み合っているファンショ――暴れていたその手が突然止まり、掌が強く握り返される。
「なんだコレ!」
 細胞が逆撫でされるような、ゾワゾワとした感覚が掌に伝わり、ファンショに触れている自分の肌に、奇妙なむず痒さが広がっていく。
 痛くはないのに、血管を引き抜かれていきそうな感覚――異常な気持ち悪さに、思わず手を離してしまった。幸運にもファンショも離し、互いにすぐ立ち上がった。その先で、ガンケイがクルキの槍で殴られたのも見え、シダレがこっちに来るのも見えていた。
 ファンショが掴みかかってくるが、アンテツはその胴の真ん中に、真っ直ぐ蹴りを――腰を曲げて退がったファンショ。シダレがその髪を掴むと、ほんの一瞬の躊躇も見せず、側頭部を壁に叩きつけた。が、ファンショはそれでも手を伸ばし、クルキは、右腕を壁に槍で押さえつけると、シダレは左腕を押さえながら、ファンショの顔に、短く『怨波砲おんぱほう』を打った。ファンショは呻き、クルキは拳でその後頭部を壁に強く打ち込んだ。

 ――――。

 散々だったが、ようやく静かになった。十字架があちこちに落ちており、ソウガは気持ちの悪い感触の、両掌をそれぞれ握り擦る。
「――大丈夫か?」
 アンテツが自身の十字短剣を納め、両手を気にするソウガに、ソウガの十字剣を渡す。
 ソウガは何とも言えず、両手を擦っていた。皮膚が乾燥し、それこそ乾燥肌のように、細胞が崩れていく感覚がある。――これが正しい感覚かはわからない。
 クルキが来た。槍を二本とも左手で持ち、渋い顔を見せている。
「――秋の『心恵』に触れたんだろう。ファンショの『心恵』は低い――少なくとも、低かった。だが魔女に手を加えられた所為で、『心恵』自体も少し影響を受けたらしい」
 掌の奇妙な感覚が――この部分だけの乾燥肌が、一生抜けないような感覚。妙にずっと気になってしまう。――ソウガはアンテツから十字剣を受け取る。アンテツはシダレと、気絶した仲間たちの対処へ――ソウガは十字剣を強く握ると、神経は大丈夫そうかと、指を動かし、認識する。ふと心配になって、クルキに訊く。
「――これ、一生じゃないよな?」
「ファンショの『心恵』は、『枯れ』や『乾燥』を司る。どっちにしてもしばらくは、手負いの感覚が続くだろう。大体は二、三日くらいで治る。――細胞が正常に入れ替われば、もうそれで終わりだ」
 『心恵』が弱い方で、運が良かったな――と、クルキに肩を叩かれたが、心底では喜べはしない。本当に細胞の話だった。きちんと再生するのだろうか。
 と、心配と共に、自分が救急キットを持っていることを思い出し、ソウガもクルキと、床に転がる気絶した仲間の対応に向かった。

 土埃が少しだけ舞い、『四方盾シールド』とドンソウによって、ロータリーの地面に押し潰されたグリベラ。傍に来たキキが、落ちていた竹箒を十字剣で斬る。
「――ッれ?」
 と、グリベラに乗っていたドンソウが、『四方盾シールド』ごと飛び上がった。ドンソウはそのまま、グレンとキキの前に、その素晴らしい体幹で、『四方盾シールド』を構えたまま着地した。
 上体から、浮くように起き上がったグリベラ――驚愕か憤怒か、目を見開いたままの硬直した真顔で、三人を見る。そのすぐ傍に、グレンの十字剣と『十字弩クロス・ボウ』が落ちていた。
 『四方盾シールド』を構えて迫るドンソウ――背負っていた十字剣を抜いた。グレンは十字短剣を右手に。キキは『蛇腹剣コイルソード』を展開する。
 グリベラはドンソウの剣を躱すと、その手首を蹴り、反転――『四方盾シールド』の縁を両手で掴むと、何かの魔術を込めた。――そのまま、衝撃波を解き放つ。
 接近していたグレンが、吹き飛ばされるほどの衝撃――ドンソウはロータリーの外側の――民家の家屋を突き破ると、数十分前のキキのように、姿が見えなくなった。
 グリベラは、迫るグレンと『蛇腹剣コイルソード』を無視――浮遊して玄関が崩壊した民家に接近。――その三角屋根に手を翳し、一気に下へ。
 玄関全体が崩れ落ちた。
 「ドンソウ!」――キキの声だ。
 グリベラは鼻から、短く息を吐いた――「ひと仕事」と言うように。
 ――その頬を『弾針』が掠める。
 振り向くと、十字剣と『十字弩クロス・ボウ』を手にしたグレンが、グリベラに迫っていた。

「――起きた」
 ソウガを見上げるのは、〈四宝ソレット〉の秋のヴァイサー・ファンショ。
 疲労と不調を浮かべるその表情――瞳の奥には、小さな光が見えている。
「…………〈十字ソレット〉…………エィンツァー……だ」
 細い声だが、意識ははっきりしているようで。ファンショはそう呟いた。
「ソウガだ。お前は秋のヴァイサー・ファンショ。――わかるか?」
 ファンショは瞬きを数回――徐々に意識と、身体にも力が入る。
 そして、床に寝かされていることにも気付いた。
 ガバッ! と起き上がる。
「ウゥウウーー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
 急に動いた三半規管が悲鳴を上げた。
 それしかできない――全身をぎっちりと硬い紐で結ばれていた。上半身は起こせたが、芋虫が曲がっているだけのようだった。その感覚に気づいたファンショは、辺りをキョロキョロと見渡し、戦闘装備の〈十字ソレット〉と、〈四宝ソレット〉の見知った冬のヴァイサーに気付いた。全員、どことなく疲弊している。
「――釈明はあるか?」
 と、左目の下に薄く青痣を作ったクルキが、静かに冷たく、言い放った。ファンショは如実に慌てた様子で、口を開いた。
「針子村! ま、魔女が! ――リ、リウワン――」
 と、捲し立てかけた途中、天秤のヴァイサーが一拍。
「落ち着け、秋のヴァイサー。――君が魔女と遭遇して、もう五日経っている」
 口から出て行こうとしていた言葉が、アンテツの言葉を聞くと、喉の奥までスーッと戻っていった。同時に、全身が冷たくなっていく感覚が、喉から広がった。
「……いつか? ……五日? 五日? ――待って、五日って……?」
 アンテツは檻だった物――残っていた、紫色の立方フレームを指差す。
「――俺たちは、君の﹅﹅『捜索任務』に来た」

 応急処置と栄養補給――持ってきた救急キットを使い、簡単な情報交換をした。ファンショの話は、至ってシンプルなものだった。
 『巡回任務』を終えて、『針子村』自体に異常は感じなかった。が、帰ろうとした森の中で、『東の茂み』にてフードマントに襲われた、とのこと。『秋の楔』はその際に、抵抗しようとして使ったものだった。もう一本はそこから南西へ向かった際に、西の川――二日目の夜の『捜索任務』で、四人が入ったあの川の、さらにその先で、捕まる直前に使用したとのこと。
「めちゃめちゃ走ったね」
 正気に戻った――額の左側を押さえたガンケイが言った。
「デも結局、捕まッチまッた」
 同じく正気に戻った――妙に痛むらしい後頭部を摩っているバンキが言った。縄を解かれて座ったファンショは、首を振り、肩を竦める。
「僕がもう少し、立ち回りが良ければ……と言いたいところだけど、一人で『巡回任務』に出たのが間違いだったよ。みんな、本当にごめん」
 座り込んで、落ち込んでいるファンショ――目が醒めて困惑した通り、捕まってからの記憶はなかった。ガンケイとバンキもだ。
 アンテツが『秋の楔』を差し出す。
「きっかけは君かもしれないが、未登録の魔女が二人いて、村ごと乗っ取ってる。エィンツァーがあと二人いたとて、どう転ぶかなんてわからないし、どっちにせよ――」
 クルキが続ける。
「――『サバト戦争』を生き延びた魔女だ。救出が済んだ今でも、もう放っておくわけにはいかない」
立ち上がるファンショ――既に立っていたガンケイとバンキも、各々掌を開閉したり、足首を回したり――数時間の洗脳くらいなら、体力的には問題ないようだった。散々使って散らばっていた武具も、元の持ち主のそれぞれの手に――準備はできていた。
「――ダメ。通じない」
 左前腕を見ながら、通信を試みていたシダレ――部屋のあちこちに移動していたが、首を横に振って諦め、戻ってきた。
「ここが地下なら、電波環境的にも、あまり良くないだろうね」
 ガンケイが言った通り、だいぶ下まで下がってきた気がする。
「あんたの腕の所為じゃないの?」
「頭を乗っ取られてたからね。何かやっててもおかしくないけど?」
 喧嘩腰のシダレに、喧嘩腰で返すガンケイ。
「正確に言えば、頭を乗っ取られたわけじゃない――」
 クルキが補足しかけるが、アンテツが一拍。
「救出は完了した――一応、全員が無事だ。ひと段落ではあるがこの奥に――」
 閉められた扉の先を指して。
「――魔女がいる。少なくとも、いた。洗脳に関連している以上、あの魔女は殺さなければならない」
 ファンショがクルキを見る――〈四宝ソレット〉の方針として、伺いたいことがあるのだろう。だがクルキは、決まったことだと言うように頷いた。一応ヴァイサーであるファンショも、特に異論はなさそうだった。
「――囮班の状態を知りたい。誰か地上と合流を頼む」
「ならおれが行く」
 言ったのは、ガンケイ。
「できたら、電波障害を調整するよ。みんな連絡が取れるように」
「――できるのか?」
「さあね。でも、外の方が可能性が高い。余裕があったら、色々と探してみる」
「わかった。南の円弧の入り口が怪しいらしいから、余裕があったらそっちに向かえ。でも、一人じゃ行かせられない」
「おレは? ――正直、少シ太陽を浴ビテエ」
「もう暮れよ。あと村の中は薄紫よ」
 シダレの突っ込みは、バンキの首を傾げさせた。
「ファンショ、君は外に出たいか?」
「いや。僕は贅沢言える立場じゃないし、君らがさっき言った通りなら〈十字ソレット〉は全員で来てるだろう? なら、連携が取りやすい方がいい」
「よし。――ガンケイ、バンキ。囮班の援軍、情報交換と、通信の復旧を頼む。ドアを上ったら道なりで『北の岩崖』に出るから、東から村の中に――」
 「了解」――二人は十字剣を手に、ドアの奥へ。
「――俺たちは、魔女退治だ」
 全員頷いて、反対のドアへ。
 クルキは背負っていた槍を一本、ファンショに渡した。

 蹴り飛ばされて、地面を打ち転がるグレンを通り過ぎて、キキはグリベラに斬りかかった。グリベラのマントはあちこち裂け始めていたが、気にする様子はない――器用にも、『蛇腹剣コイルソード』の揺蕩うような軌道を避け、十字剣の刺突を袖で弾いている。
「まず一人殺せば、どれほど揺らぎます?」
 どうやらとってもブチギレているらしいグリベラは、キキの首を掴み真っ直ぐ放る――へし折るとか潰すとかしない当たり、魔術的なものはやはり、法則として由縁しているものなのだろうと、土の味を味わいながら実感する。
「――大丈夫か?」
 地に伏せたキキに右手を差し出し、グレンの左手は引き金を引いていた。キキは手を取って立ち上がる。
 グリベラは箒を使わず、自在に飛んで『弾針』を躱す。クルキの話では、魔女は道具や薬品をを使わないのであれば、自身の『魔力』を消費する――はずだったが。
 接近してきたグリベラに、グレンが十字剣を振るい、キキは十字剣を突き出す――と同時に、左手の『蛇腹剣コイルソード』を展開。連接はグレンの背後を周り、グリベラに向け、グレンを囲うように曲がる。右脇からは十字剣を出し、グレンの左外から『蛇腹剣コイルソード』を、グリベラの首まで伸ばす。
 人は怒りに駆られると、周りが見えなくなる――そこは魔女も同じだった。
 グレンの十字剣を弾いたグリベラ――反動で弾かれたグレンと入れ替わりで、その首に『蛇腹剣コイルソード』が巻き付いた。キキは左腕を引くと同時に、右腕を突き出す。
 首を引かれ、マントの裾をはためかせ、宙返りで翻ったグリベラ――グレンが斬りつけ袖が斬り裂ける。続いて迫る斬撃を、グリベラは両手の袖で挟み込む。
「――大丈夫か? パターンが読めてきたぞ」
 嘲笑うグレンに、グリベラの眉間に皺が寄る。
 グレンの左手は腰に――素早く『十字弩クロス・ボウ』を抜くと、そのまま銃口だけを上に向ける。
 ――グレンの戦闘スタイルは、サポート特化のもの――中距離をカバーしつつ、近接戦においては十字剣を使用する。距離が空いていない限り『十字弩クロス・ボウ』は使わない、と――敵の無意識に刷り込むスタイル。
 グリベラが驚くとほぼ同時に、その顔に向けて下から『弾針』が発射。
 ――至近距離からの射撃――グリベラの両手は動く間もなく――かろうじて、顔を上に向けるのみ。
 三発の『弾針』が、グリベラの白い肌を――その顎へと――。

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